過去に揺れるナツノネ 《1》
━11年前━
遠くから太鼓の音が聞こえてくる。
六歳の美琴は今年も、その音が合図と言わんばかりに窓に貼り付き外を眺めた。
外には、色鮮やかな浴衣を身に纏い、下駄をカラコロと鳴らしあいながら楽し気に歩き行く女子高生、ユラユラ揺れるように歩きながら手を繋ぎ仲睦まじく寄り添う男女の姿、逸れないようにと繋いだ手を上下に振りながら燥ぐ親子、射的が先だ焼きそばが先だと笑顔で言い合いながら駆けてゆく男児、生まれて間のない赤ん坊を抱え歩く夫婦等沢山の人々が行き交っていた。
今日が夏祭りというのは言うまでもない。
今も尚、窓に貼り付き外にいる人々を、目を輝かせながら眺めている美琴もまた、生まれた時からこの夏祭りに参加している一人だ。
薄紅の浴衣に身を包み、黄色の帯を腰でキュッと結び、毎年見る風景に飽きもしない姿は何んとも愛らしい。
普段から活発で明るく、時折悪戯を仕掛けては二カっと歯を見せ笑う姿も愛らしいが、普段とは違う愛らしさを感じられた。
美琴自身の『遊ぶのに邪魔だから』という理由で短く切られ『整えるのも整えられるのも嫌だ』という理由で常に寝癖のついた髪も、毎年夏祭りというこの日は寝癖一つ残すことなく整えられている。
だが美琴は、ふと何かを思い出したかのようについ先程まで輝かせていた目を悲しげに伏せ俯いた。
「美琴ー!真琴の準備できたよ!早く降りておいで~!」
突然、階段を伝い聞こえてきた声は美琴の母親の声だった。
大好きな母親の声にハッとした美琴はすぐさま返事をし、慌てるように階段を下りる。
玄関につき外に出ると既に幼馴染である真琴、真琴の両親、美琴の両親が待っていた。
「まぁ~、真琴も美琴も可愛いわ~」
そう言いながら真琴の母親は、頬に手を当て微笑んだ。
「今日は、美琴と真琴の二人だけで行くんだからな。喧嘩しちゃだめだぞ〜?」
茶化すように美琴の父親が言う。
美琴の両親と真琴の両親は学生時代からの付き合いで、美琴たちが生まれてからも家族ぐるみで関係を持っている。
この夏祭りも毎年、誰も欠けず皆揃って参加することが両家の恒例だった。
だが、今年は美琴と真琴の二人だけで行くことになった。
「え?おかーさんもおとーさんもこないの?」
小さな手で、母親の手をキュウっと掴みながら、真琴が尋ねた。
うるうると目を潤わせ見上げる。
今にも泣き出しそうな真琴の目線に合わせるように母親はしゃがみ込んだ。
そして真琴の頭を撫でながら、微笑む。
「そんな顔しないの真琴。お母さんもお父さんも、美琴のママとパパも大切な用事があってどうしても行けなくなったの。美琴も居るんだからいいじゃない。男の子が女の子の前で泣くなんて格好悪いわよ?」
だが、真琴の表情は晴れなかった。
でも・・・いつもみんなで行ってたのに・・・と呟く。
「なによ真琴!わたしと二人じゃいやなの!?」
真琴が泣きべそをかく様子に耐えきれなくなった美琴は、牙をむくように喝を入れた。
美琴は、近頃はお姉さんになりきって真琴を叱ったり、励ましたり慰めたりしてよく世話を焼いている。
一方で真琴は元々、大人しい性格なため、美琴を特に拒絶することもない。
が、勿論、全く言い返さないわけでもなく・・・。
「ちっ違うよ!寂しいだけだもん・・・」
「男のくせに寂しいとか言わないの!」
「こらこら、喧嘩するなよ」
言い合いを始めた二人に、美琴の父親が『言った側から』と半ば呆れたように仲裁に入る。
「さ!今日は二人の晴れ舞台だ!なにせ二人の初めてのデートだからなっ!写真を撮ろう!家族写真と真琴と美琴のツーショットね!」
明らかに一人だけ違うノリで真琴の父親がカメラを構えた。
一瞬その場が凍りついたが、直後その場は笑い声に包まれた。