依頼
2099年、春。
僕らの国の政治は、多党制を掲げているが、正直、今は閏政党が独裁している。
まるで昔のフランスのような、ひどい独裁政治だ。
そんな雲の上の人々が、ある日突然俺の家にやってきたのは、ほんの数日前。
――まさかこんなことになるとは...。
~数日前~
ピンポーン
「此処は向野 厚樹さんのお宅でしょうか。」
「は、はい。そうですが。」
ドアを開けると、そこには3人の男性が立っていた。
1人はベストを着た、オシャレな感じの男性。もう2人はまるでSPのような格好だ。
「私共は、閏政党の者です。...中に入っても、よろしいですか?」
その言葉を聞いた瞬間、悪寒が走った。
なんてったって閏政党だ。警察よりも権力が高いのだ。
ベストの男性がこっちを見た。すると、何か、頭に浮かんだ気がした。
僕は、はい、としか言えなかった。
その男達はヒソヒソと何か話した後、ゆっくりと切り出した。
「あなたに、ある子の親、兼兄となってほしいのです。」
「...は?」
何言ってんだ、この人たち...!?
「とにかく、普通に暮らしてくれたらいいのです。教育費もだしますし、もちろん他にも...」
「あの...なぜ僕なんですか...?」
男性は少し黙った後、
「あなたにしか託せないのです。ここから先は教えられません。とにかく、よろしくお願いします。」
「え、あの」
「よろしくお願いします。」
閏政党には逆らえない。
それは分かっているけども。
なんなんだよ、コレ...
「後日また、その子を連れて参りますので、その際はよろしくお願いします。」
そう言うと、男性らは黒いスーツケースを僕に渡して帰っていった。
スーツケースには、破格の金が入っていた__
そして、今にいたる。
まだその子は来ていない。
ピンポーン
「うわっ!?」
来たか、いよいよ来ちまったか...。
ドアを開けると、案の定3人の男性と、あと小4くらいの少年。
「お待たせしました。この子です。」
その男性が少年の背中を押す。
黒い髪に銀色の珍しい眼をしている。
「太郎、と言います。どうか、この子をよろしくお願いします。必要な物がございましたら、この電話番号にかけて下さい。」
そう言って立ち去ろうとする男性。
「あ!すいません。」
「...なんですか?」
「あの...これ返します。」
僕は、最初に確認して以来、手をつけていないスーツケースを差し出した。
「...なんですか、これは。」
「こんなにもらわなくても、この4分の1で、教育費は足りると思います。」
「...ははははっ!!!」
いきなり笑い出す男性。
「君はもしや、何も分かってないね?」
「...は、はい。」
「ほら、昔の改革でもあっただろう?人に事を頼むときはね...」
...そういう事か。僕はそういう、いわいるワイロのような汚い金はきらいだ。
「嫌です。いりません。お返しします。」
「...ふぅ。君はつくづく変わり者だね。じゃあ、教育費として使って、余ったら返してくれたらいい。それに、多分余る事はないと思うしね...」ボソボソ
「え?なんですか?」
「いやいや。とにかく、太郎をよろしくお願いします。」
そして男性3人は帰っていった。
「...」
「...」
どうしよう、この空気。
僕と太郎君はシ――ンとして、もう数十分になる。
「...あの、太郎君だっけ?僕は向野厚樹。よろしくね。」
「コウノ...アツキ...理解した。」
な、なんか、不思議な子だな...。
「自分は、太郎と言う。」
「う、うん!太郎君だよね!!あ、僕の事は...」
「お前でいいだろ?」
「へっ!?...あ、う、うん。(お兄さん意識は0なのね...)」
「自分のことは、太郎様と呼べ。」
「...は?」
いやいやいや。
この子年下だよね?
なんか、自分のこと太郎様と呼べって言い出したよ。
「いや、これでも一応、僕の方が年上だからさ、太郎様はちょっと...」
「メンドクサイ奴だな、お前。」
「なっ...!!」
なんだコイツ、なんかめっちゃ腹立つんですけど。
早くも僕は、太郎君を受け入れたことに後悔した。
****
「はあ...」
今日は大学の講義の日だ。
隣には...太郎君。
「...なんでついてくるの。」
「別に、お前についていってる気ない。」
マジなんなんだよ、コイツ...。
あれから一週間。
僕と太郎君は会話をすることはほとんどなかった。
だから、まだ一人暮らしをしているようだ。
それにしても。
この子は一体、なんなんだろう。
どうして僕のところに?
そして、あの頭に浮かんだような、あの感覚は何だったんだろう。
もしかして、僕は何かを――
「キャアアアアッ!?あ、危なーーーいっ!!」
甲高い叫び声で、一気に現実へ引き戻される。
驚いて前を向くと、道路の真ん中に一人の少女が立っていた。
歩行信号は――赤。
大型トラックが、彼女にまっすぐ向かっていた。
――!!
足が動かない。
なんて僕は無力なのか...
すると後ろから目にも留まらぬ速さで太郎君が飛び出した。
「た、太郎!!!」
「――人間の危険察知。オーバーアフェスト。参る」
太郎君はそう呟くと、少女を抱え、空高くジャンプし、8階建てのマンションの上に降りた。
な...どういうことだよ...
太郎は、一体、何者なんだ...?