第八羽 恋の対価
満天の星空の下、四人は海辺にいた。
「ちあきちゃん。あの夜、二人でここにいたよね」
「空、星いっぱいで。
コーヒー、淹れてくれた」
ずきりと胸が苦しくなる。
「牛乳混ぜて、飲もうって言ったよね」
「わたし、て手を滑らせて、割っちゃって。その破片が」
「牛乳瓶に、油を塗ってたのよ」
(油?)
いく先輩が、顔をゆがめた。泣きそうな表情で。それでも泣かなくて。
そんないく先輩を、ちあきは好きになった。
「瑠璃ちゃんと、賭けをしたの……よ」
瑠璃は何も言わない。
「ちあきちゃんは、……誰にでも、優しくて。
瑠璃ちゃんも、ちあきちゃんが好きって、知ってたから。
下駄箱の手紙の秘密も、瑠璃ちゃんが教えてくれたのよ」
驚きの顔で瑠璃を見る。けど、そこには何の感情も見えない。
まるで人形のようで。どんな感情も、閉ざしているようで。
いく先輩の声に力がこもり、震える。
「先に、どうしようもないほど、ちあきちゃんを傷つけたら。ちあ、きちゃんは、その人のことで頭が、いぱいになる。負けたほうは身を引く」
そういう賭けなんだと。
絶望したような瞳で自嘲する。
「演技だったの。のどに傷ができたふりをして。病院には通ったけど、沈黙のための精神科だった。
そしたら。
「ちあきちゃん、悪魔憑きになっちゃった」
「傘の手紙は……」
「私よ」
瑠璃の声を聞いて、悲しくて身が引き千切れそうに痛む。小さく呻いて俯く。
いく先輩が目を伏せる。
「あの日の翌日、学校に来なかったから、もしかしたらと思って」
瑠璃を呼んで、一緒に探して。
そして
「この浜辺に、ちあきちゃんが倒れていて……手首に傷があって、カッターが転がっていて」
「ああ。死んじゃったんだなって」
「自分が殺しちゃったんだなって」
――どうして私じゃなくて、貴方なのっ!
激した瑠璃の声を思い出して、ちあきに焼きつく痛みを感じさせる。
あの日、遠のいていく意識の中で、確かに聞いた気がする。
もう何も驚かない。そう思った時だった。
「いいえ。ちあを殺したのは、あたしよ」
凛然とした声。
雅だ。
「先輩?」
「あの日から次の日まで、ちあはカッターナイフを持っていたと思う?」
瑠璃といく先輩の顔色が変わる。
にっと狡猾に笑う。それでいて愛情に燃えて。
「掛けには、こっそり参加させてもらったわ。
あの夜、ちあに生きる価値なんてない、って言ったのよ。カッターを渡してね」
「あたしの言葉の前で死んだ」
でも。
「結局、あたしのものにはならなかった」
寂しく微笑む。
「最後の言葉は"いく先輩”。ちあ。何を、悪魔に願ったの」
わたしは本当に死んだのだろうか。思い出せないことに、愕然とする。
左の手首を見る。
『お前の罪を知っている』
『お前の願いも』
「ちあき先輩の願い。ワタシが叶エマス」
琥珀の声がしわがれた声と重なり、混じり合う。
「アなタノ願イハ、とテモ人間的」
姿がぶれ、形を失った後、再構築する。
ロバの姿だ。
「ワタシの名は、ガミジン。罪に死シた者の魂を呼び寄せ、願イヲ叶エル者」
恐怖を通り越して、震えることもなく。呆然と悪魔を見る。
(私の頭、いつおかしくなったんだろう)
心にストッパーがかかり、逃げ出せない。それとも、これが悪魔の力か。
「アナタの願イ。面白かッタ」
「わたしの願いは、後悔をなくす事」
「ソノ通リダ。本当ハ対価トシテ魂ヲ持ち去る契約。でモ、今友達と別れるのは後悔するね」
「コれを貰っテゆこう」
暗転。
ここは夢だ。
夢の中で本当の記憶をたどる。
現実は別にある。
わたしは死んだ事はない。
手首も切ったこともない。
誰かを傷つけた事も忘れた。
そして。
今日がある。
「琥珀ちゃん。おはよー」
朝。
夢を思い出すことはなくなった。
遅刻すれすれの死に遅れた毎朝が続く。




