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Chapter.6 Royal New York City 2

ー同時刻、ロイヤル・ニューヨーク・シティ707号室。

クリスに貰った宿泊券で仕事の疲れを癒しに泊まりに来ていたスティーブンは、眠りに落ちる寸前、聞き慣れた破裂音を耳にして飛び起きた。それが銃声だと気付いた時、既にスティーブンは枕元のハンドガンを握り締め、バルコニーへと出られる窓の前に立っていた。彼の耳は敏感に、弾丸が発射される金属音を感じ取っていたのだ。

外で強盗か?

窓を開け放ちバルコニーに出、眼下を見るがさすがに遠すぎてよく見えない。それに、寝る直前だった為にコンタクトは外している。ただ、ぼんやりとはいえホテルの入り口の前で爆煙が上がっているのは確認出来る。強盗にしては、ニューヨークのど真ん中でこれほどの騒ぎを起こすとは大げさ過ぎる。スティーブンは9・11のテロを思い出し、身の毛がよだつ程の寒気を感じたが、それに臆することなく、部屋の入り口へと走った。何よりも先に、事態を把握しなければ。

しかし、そこで予測出来ない事態が起きた。ドアが開かない。内側の鍵は開けているのに、いくらドアノブを回そうとオートロックの頑丈な扉はびくともしない。

「くそっ、どうなってる!」

途端、部屋の天井に吊るされた小型のスピーカーからアナウンスが流れ始めた。

<ロイヤル・ニューヨーク・シティにご宿泊の皆さん、今晩は。おくつろぎの所、誠に申し訳ありません。ただいま当ホテルに、武装した強盗団が侵入致しました。侵入者は十数人と見られ、多数の武器を所持しており、大変危険です。現在7階を移動中ですが、死傷者、けが人ともに出ておりません。ご心配をおかけして誠に恐縮ですが、この事態は私どもの方で責任を持って処理致しますので、どうか混乱なさいませんようよろしくお願い致します。>

「なんだ、このふざけたアナウンスは!」

緊急事態にも関わらずゆっくりと間を置いて、あくまで丁寧に説明するその異常な放送にホテルは騒然となるかと思えば、何故か周りの部屋からは怒号も悲鳴も何も聞こえて来ない。それどころか、隣の部屋からは呑気にベートーヴェンの交響曲第9が聴こえてくる始末。更に、アナウンスは続く。

<尚、万が一侵入者がお客様の部屋に押し入ろうとした場合でも、入り口のドアの横のコントロールパネルを案内板の指示に従い操作すればお部屋の全面に防弾シャッターが降りてお客様をお守りしますので、ご安心下さい。強化チタニウム製でバズーカ砲でもびくともしない設計ですので、お客様の大切な時間を邪魔されることは御座いません。それから安全の為に、入り口のドアはこちらでロックさせて頂きました。事態が処理されれば開錠致しますので、それまではお部屋から出ないようお願い致します。…それでは、引き続きごゆっくりおくつろぎ下さい。

ー続いて、館内の催し物のご案内です。午後11時より、3階フロアにてカフェラウンジを開店致します。深夜から早朝にかけての限定開放ですので、この機会に是非、大切な方とお越しー>

苛立ちを隠せなくなったスティーブンは、腹正しげにスピーカーの音量調節ダイヤルをいっきにゼロに絞る。総支配人と思しき男の馬鹿げた放送を、これ以上聞いていられなかった。

「一体何なんだ、このホテルは…。強盗団を警察の手も借りずに撃退するつもりか。…いや、そんなこと関係ない。俺は刑事だ。黙って見過ごすわけには!」

ドアの破壊が無理だと感じたスティーブンはまずドアノブを狙って銃を撃ち放つ。だが、ドアノブを破壊してもドアは開かない。ドア全体が何かのシステムに制御されているらしい。次にコントロールパネルを撃つが、これも反応がない。

「くそっ、ダメか!」

部屋から出ることもままならず、スティーブンは乱暴に銃を床に投げつけ、ベッドに腰掛けた。あれこれ思案しながら辺りを見回すと、ドアの上方である物が目に入った。

「そうだ。電気で制御してるなら、ブレーカーを落とせば!」

幸運なことに、ここは各部屋ごとにブレーカーが設置されていた。先程投げた拳銃を拾い上げ、もう一方の手で主幹用ブレーカーをOFFにする。一瞬にして部屋は暗闇に包まれ、ブーンという冷蔵庫の機械音も消える。手探りでドアの位置を確認し、思いきり蹴りあげると、ようやく固く閉ざされたドアが開け放たれた。

いくつもの照明が並ぶ煌びやかな廊下に出ると、辺りは不気味な程に静かだった。すぐ下では強盗団が侵入しているというのに、宿泊客の悲鳴も聞こえて来ない。清掃担当の従業員すら見当たらず、ただただ静寂のみである。

スティーブンは今しがたこじ開けた自室のドアをドアストッパーで固定すると、一度部屋に戻って、ベッド脇においてあった黒いスポーツバッグの中から防弾チョッキを取り出してそれを手早くシャツの上から羽織ると、また廊下に出て、エレベーターホールへと向かった。

職業柄、見過ごせなかった。ただそれだけの理由だ。彼にとって、これは最良の行動だったのだろうか。この時部屋から出なければ、あるいはー





「アニキ! ここにはいません!」

「こっちもだ!」

「そんなわけあるか、もっとよく捜せ! …こ、こんなでかいホテルに誰もいないなんて、そんなことあるわけねぇだろ!」

バールは目に見えて困惑していた。何しろ、威勢よくここに踏み込んだにも関わらず、3階まで上がって来て未だに誰とも出くわさないのだ。普段はホテル内を散策しているはずの客も、従業員も、誰一人として。さっきから皆、銃を乱射しているがそれは脅しとアピールの為に適当に撃っているだけで、ホテルの中ではまだ一人も殺していない。サブマシンガンの3、4マガジンは撃ち尽くしただろうか。

先ほどまでは景気よく現金輸送車のエージェント達を襲い、ニューヨークの夜に飛び交う双方の銃声と市民の阿鼻叫喚に酔いしれていたが、今では、自分達の虚しく響く銃声と怒号と、場違いにホテル全体に流れるBGMのクラシック音楽が響くのみ。バール達は、ここがまるで悪夢が具現化した気味の悪い異世界のように感じていた。

ふいに、部下の一人が廊下の方からバールに向けて声を荒げて叫んだ。

「アニキ! ここの客室、全部鉄の壁が塞いでる!」

バールはすぐに自分達が登ってきた非常用階段から、客室のある廊下に走った。廊下から客室を見渡すと、その全てのドアの周辺が分厚いシャッターに覆われていた。あちこちに自分達がつけたらしい銃痕があるが、シャッターは厚さ数十センチはあるらしい。貫通した跡は一つもなかった。シャッターと呼ぶにはあまりに強固過ぎる。

まさに「壁」だ。ここまで上がって来るのに、とにかく誰か人質になりそうな人間を捜すのに必死で気付かなかった。ホテルの犯罪対策などたかが知れてると思っていたが、これはいくらなんでも厳重すぎる。戦争でも始められそうだ。

「こりゃあ、一体…」

「待って下さいアニキ!…何か、聞こえます。」


カンカンカンカンカンカン…


すぐ下の階から、甲高い音が聞こえてくる。ハイヒールを履いた女性が階段を登るあの音。間違いない。バールはアイコンタクトですぐに部下を呼び、階段から廊下へと出る出口の左右に配置させた。自身は廊下の中央にインテリアとして置かれたオブジェの陰にかくれて、その音の主を待ち伏せる。


カンカンカンカンカン!!


音が近づいてくる。そこで気が付いた。一人ではない。複数いる。多分二人だ。そして同時に、耳をつんざくような金切り声が耳に入ってくる。

「助けてぇー! 強盗がぁー!」

毛皮のコートを着込んだ厚化粧の女性が階段を登りきり現れた途端、一瞬の内に左右からバールの部下達が飛び出し、女性を取り押さえる。その後ろにいた、もう一つの足音の主、ヨレヨレのスーツを着た小太りの中年男性も続いて拘束した。

女性は口を手で塞がれ、強制的に黙らされる格好になり、突然現れたことで余計に

目を赤く腫らせている。中年の男性は一言も発する余裕がないのか、両手を後ろ手に縛り上げられ、わなわなと震えていた。

バールは人質が手に入った喜びと、誰もいないと思われた(多分宿泊客は防弾シャッターに守られた客室にいるのだろうが)この不気味なホテルでようやく人を見つけたことによる安堵から、一気に全身の力が抜けるのを感じ、肩を下ろした。そして本来の怖いもの知らずな粗暴な態度を取り戻すと、大仰なリアクションをしながら二人の下に歩み寄った。

「そっかぁ、強盗の現場見ちゃったのかなぁ。可哀想になぁ。トラウマもんだな、そりゃ。でもな、残念。俺らがその強盗団なんだよ。お前らが必死こいて働いて貯金してた銀行の金、全部俺らが頂いちゃったから! お勤めごくろーさん! …俺らのこと恨まないでくれるよな? 世の中、弱肉強食ってやつだから。強いもんだけが幸せになるように出来てんだよ、この世界はな。分かるだろ?」

「フーッ…フーッ!」

言いながらバールは女性の口にポケットから取り出したタオルを噛ませる。その間、部下達は銃のスリングを外してロープ代わりにし、逃げられないように中年男性を縛り上げると、女性の方に近づき下衆な笑みを浮かべながらベルトを引き抜き、ズボンを下ろした。

「ヤーコブ、ジョージ、ロレンツォ。お前ら、好きなだけやっていいぞ。ついでにこの階を見張っとけ。後は俺と上の階に行くぞ。」

「えー、あいつらだけズルいですよ。俺らだってやりてぇよ。」

「つべこべ言うな。何しにここに来たと思ってんだ。心配すんな、これが終わったら全員に女あててやっから。」

「さすがアニキ!」

ケタケタと笑いながら、女性を取り囲む三人を残し上の階へ上がろうとしたバールは、「ほどほどにしとけよ」と言おうとして後ろ振り返った。


ーその時だった。


いつの間にか拘束を解き、女性を犯す寸前の男達の背後に人質であるはずの中年の男性が立っていた。カシャン、と金属の擦れる音がしたかと思うと、その両手には鈍く光る小振りのスペツナズ・ナイフが握り締められていた。男が両手を前に突き出すと、ナイフの刃先の部分が弾丸のように飛び出し、女性の両手を押さえていたジョージとヤーコブの喉に突き刺さる。バール達十数人を含め、殺された二人が倒れるのをまるでスローモーションになったかのように呆然と見つめるロレンツォは、初めて発した男性ーと思っていたー者の声を確かに聞いた。

その者の目は、泣き腫らし真っ赤になった女性の

目を真っ直ぐに見つめてこう言った。

「巻き込んでしまってごめんなさい。もう、大丈夫です。ありがとうございました。」

スーツの上着を脱ぎ捨て、スーツの下に着ていた妊婦体験用のボディスーツの

留め具を瞬時に外す。ボディスーツが落ち、華奢な体躯が現れた。そして中年男性の顔を模したシリコン製のマスクを剥ぎ、自身の素顔を見せないようにそれを女性の上に被せると、女性はショックのあまり気絶してしまった。

その者は小太りの中年男性などではなく、バール達もよく知る少女だった。

何でここに? 何故仲間を殺す?

一瞬にして様々な疑問が脳裏を駆け巡り、そしてバールが我に返った時、背後にいたはずの少女はそこにいなかった。

少女は身をダンサーのように翻し跳躍。階段を飛び越えた彼女がバールの前に立ったのに気付き、バールは反射的に銃を構えた。はずだった。

サブマシンガンを握りしめた自身の右手は肘から先は、足元にあった。

少女のナイフにより殺戮の演舞は疾風の如く速く、バールの反射神経はそれに比べて遅過ぎた。

耳元で少女が、聞き慣れたか細く弱々しい声で囁く。


「…ごめんなさい。」


バールは、憎しみか、哀しみか、恐怖からか、ホテル中に響き渡る程大きく、あらん限りの力を振り絞って叫んだ。


「ーーアイリスぅぅぅぅぅぅうぅぅうぅ!!!!!!」



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