表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

Chapter.3 Hunting

 深夜、ニューヨークの寂れた裏路地。昼の光さえ満足に入ってこない為、そこは一日中薄暗い。カビの臭いの染み付いたそこはいわゆる街のアンダーグラウンドで、数人の男たちがいつものようにたむろしていた。しかし、今日は普段とどこか違う。

 彼らが行っている事……それは、「銃の取引」であった。

 執拗に人目を避け、大きめのアタッシュケースに入った数丁のサブマシンガンを数人の若者たちに見せる黒スーツの男。見せられた銃に満足した若者たちはポケットからクシャクシャの札束を取り出し、その男に乱暴に手渡した。黒スーツの男はそれを一枚一枚丁寧に数え、指定の枚数がある事を確認すると、薄く微笑んで若者たちにアタッシュケースを投げ渡した。

 その時――彼らは、路地裏の奥から何かが電光石火の如く迫ってくるのを見た。暗くてよく分からないが、両腕を放り出して走ってくるその影は小さく、どう見ても子供のものだった。だがこんな場所、こんな時間に子供がいるはずはない。道にでも迷ったのか…。

 しかしそんな彼らの考えは、その者が両手に握り締めている物を見て一瞬の内にかき消された。



―――それは、薄汚れた路地に差し込む月明かりに照らされて鈍く光る、2本の小振りなナイフ。



「く、『黒い猟犬』っ!?」

 黒スーツの男は低くくぐもった声で、その恐怖の通り名を口にした。

 そのナイフを持った少女――アイリス――はまず先に、何も知らない若者たちに向かってその2本のナイフをサーカスのように華麗に投げ飛ばし、鋭く尖った切っ先を彼らの喉に突き刺した。

 2人は断末魔の悲鳴すら上げることもままならぬまま、一瞬の内に首から血を噴水のように噴出させて地面に倒れ臥した。それから数瞬後、やっと事態を把握した残りの若者たちが怯えたように顔を強張らせ、すぐに先ほどスーツの男から貰ったサブマシンガンをアタッシュケースの中から取り出して応戦する。マガジンは初めから入っていた。

「…!」

 アイリスは、路地の壁に反響して耳をつんざくような音を立てて繰り出される無数の弾丸を避けようとした。だが到底全てを避けきれるはずはなく、数発の銃弾をその細くしなやかな四肢に浴びた。しかし黒いワンピースに自身の血を滲ませながらも、アイリスは短い金髪を激しく振りながら彼らの方に向かって走り続ける。

 若者たちは倒れた仲間の姿を横目に見て恐怖に震えながら銃を乱射するが、猫のように機敏に動くアイリスを捉える事が出来ず、遂には半径1メートルの距離までアイリスの接近を許してしまった。この瞬間、勝負はついたも同然となった。

 若者たちの目の前でアイリスは前に転がって彼らの間合いに入り、倒れた2人の首から先ほど投げたナイフを引き抜くと、その勢いを利用してしゃがんだままナイフを振り上げた。真下から喉を掻っ切られて1人が倒れ、再び投げられたナイフによってもう1人が死に、残った1本のナイフによって若者たちは次々と倒れていった。少女の圧倒的な戦闘センスによる、まるで演舞のような殺戮。それは殺人というにはあまりに美しく、暗殺というにはあまりに躍動感に満ち溢れていた。

 若者たちを躊躇う事無く一掃したアイリスは、それから間髪いれず最後の獲物である黒スーツの男の姿を捜した。

 既にスーツの男は、アイリスが若者たちと戦っていた隙に、路地裏から大通りへと繋がる道を一心不乱に駆け出していた。少女への恐怖に悶えて、膝をガクガクと震わせながら。大の男が若い少女に怯えて逃げ惑うその様子は、あまりに哀れだ。しかしアイリスは彼を絶対に逃がしはしない。「猟犬」として生きるアイリスには、慈悲の心は存在しない。

 立ち止まって冷徹な瞳でじっくりと狙いを定め、アイリスは男の背後に向けて残った1本のナイフを投げた。


 アイリスの指先から飛び出したナイフは、ダーツの矢のように寸分の狂いのない正確な動きで遠く離れた敵を捉え、その後頭部に深々と突き刺さった。

 

 スーツの男もまた、最後の悲鳴を上げることなく勢い良く地面に転げ落ちた。つい1秒前まで動いていたその体はもはやぴくりとも動かなくなり、ただの肉塊となった。

「…ごめんなさい」

 ―人を殺した時に、決まっていつも言う言葉。

 頬に付いた血を服の袖で拭いながら、アイリスは今自らが奪ったいくつもの命に向かって呟いた。ただ、本当にそう思っているわけではない。アイリスはある原因で、人間としての基本的な感情をほとんど失っていた。だから恐怖心はおろか、罪悪感すら持ち合わせていない。

 では何故そんなことを言うのか?……特に理由は無い。ただ何となく呟いているだけだ、とアイリスは思っている。

 その惨劇の終わりを見計らったのか、ふいに上空から純白のハトが漆黒の闇の中に飛び込んできた。ハトは天使の羽のような羽を撒き散らしながらアイリスの肩に止まった。

「終わったよ、ジェシカ。バールさんに伝えておいて」

「クルルゥ…」

 アイリスからの頼みを聞くジェシカの表情はどこか淋しそうだ。アイリスは薄く微笑みながらジェシカの頭を撫でる。

「ごめんね。でも、これが私の仕事なの。仕方ないんだよ」

 ジェシカの反応を待つ。しかしジェシカは、やはり納得できないようだった。殺し屋として生きるアイリスに。そしてそれをまったく苦に感じないアイリスに。

「さぁ、行っておいで」

 それでも天使のような笑顔を浮かべるアイリスには逆らえず、ジェシカは渋々恐ろしい惨状の広がる路地裏から飛び立った。

 

 足元に転がる多くの死体。漂う腐敗臭。しかし、アイリスの表情は少しも変わらない。

 全身を血に染めたその少女に、人を殺すことへの迷いは無かった。



 *



 ニューヨークの郊外に位置する、バール率いるアメリカンマフィアの溜まり場〈クレイジー・ボンバー〉。

 ウエスタンハットを被るバールはカウンターの上に置かれた固定電話の受話器を頬と肩の間に挟み、ボトルに入ったウイスキーを揺らしながら誰かと話していた。

「……ベイビー、俺の言っていることが分かってるか?もうお前らの首領は死んだんだ。おとなしく俺の傘下に入るしか、お前らの生きる道はないんだよ―――――お、来たか」

 顔を上げて窓の外に目を凝らす。埃にまみれて反対側が見えないその窓を、1匹の鳥らしきものが足でガンガンと小突いていた。契約している殺し屋、アイリスが連れているペットだ。それが来たということは、アイリスが「仕事」を終えたということ。

「ちょうど今、ウチが雇ってる殺し屋がお前らの武器商を殺った。確認してみろよ?―――オーケイ、賢明な判断だ。物分りがよくて感謝するぜ」

 バールは気味悪く微笑みながら受話器を戻し、後ろのテーブル席の方を向いた。

 全て満席。それも全員がバールの部下で、ざっと100人は居るようだった。バールはカウンターに背を預けると、ウイスキーを一口飲んで一息つき、店内を見渡しながら彼らに向けて言った。

「俺が、年端もいかねえガキの殺し屋アイリスを雇って約1ヶ月……。奴は俺が依頼した敵を着々と殺し続け、おかげで遂に俺たちのファミリーはニューヨークのほとんどを掌握した。このままいけば、俺たちがニューヨークのマフィアのトップに君臨する日も近い」

 ボトルをテーブルに叩きつけ、バールはこれ以上ないくらいの不気味な笑顔を全員に向けた。

「あのガキ、今では『黒い猟犬』なんて通り名もついているらしい。黒いワンピースを着て、少しの躊躇もなく敵を殺し続けるからだとよ。まったく、ガキのくせにすげえよなぁ……な?お前もそう思うだろ」

 バールは部下の1人に酔ったようにボトルを向け、同意を促した。そのスキンヘッドの手下は口をつぐんだまま首肯する。彼は、初めてアイリスがこのバーに来た時、アイリスに肩を刺された男だった。当時はアイリスに対して疑いを持っていたが、その恐るべき実力を示された今、彼もアイリスを認めていた。

「だが、俺たちがこのニューヨークを手に入れるのに足りないものがある。それは…………金だ」

 バールはカウンターの上に置いていたアタッシュケースを引き寄せ、全員に示した。

「俺たちにあるのはたったこれだけ。お前らを食わせてやるのに少ないわけじゃねえが、この街を手中に収めるにはまだまだ足りない。そこで俺は、ある計画を立てた」

 未だ窓の外にいるアイリスのハトを見つつ、バールは話を続ける。

「明日の深夜、ニューヨークの中心街をニュージャージー州の銀行の現金輸送車が通りかかる。ニューヨークの銀行に金を運ぶために来るその車には、情報によると約10億ドルの金を積んでるらしい。……俺たちはこれを襲い、10億ドルを手にするって寸法だ。もちろん、サツの心配はねえ。根回しは済んだ」

 徐々に部下の顔が綻ぶ。バールはそれを見て満足そうに、彼らに見せ付けるようにウイスキーのボトルをくゆらした。

「そうすりゃ、うまい酒も飲み放題だ」

 一斉に部下の口から歓喜の叫びが漏れ出し、店内は活気に包まれた。

 さすがボスだ!一生付いて行きますぜ!などのセリフが飛び交う。

「それに、こんな湿気たバーに来なくてもいいんだぜ」

「湿気てて悪かったな。それに、さっさとツケを払え」

 バールの言葉に店のマスターがすかさず突っ込む。バールが若かった時からずっとタダ酒を飲ませていたマスターも、その賑やかな雰囲気を楽しんでいた。

 バールもそんな部下たちの様子を見ながら、今までの薄気味悪いものではない、本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。バールにとって、一度仲間になった部下たちは家族も同然。彼らが喜ぶ様を見て、心底喜んだ。

 ふいに窓の外のハトの存在を思い出したバールは、すぐにカウンターの上で明日の襲撃場所をメモに記し、手近にいた部下に渡してジェシカの足にくくりつけるよう指示した。それからまたカウンターの前でウイスキーを少し口に含み、既に中身がほとんど無くなっているのに気づくと、すぐさまマスターに新しいボトルを注文した。

「もう少しだ……もう少しで、この街は俺の物になる」

 元の薄ら笑いを浮かべ、バールはわが世の春を謳歌していた。

 

 ただ一時の、ほんの僅かな栄華を……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ