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Prologue

一部残酷描写を含みます。

色とりどりの木々が生い茂る、どこか遠い国のジャングル。

底のない泥沼に潜むワニや、肥えた樹木に群がる何匹ものサルや鳥たちは皆無心に、果てしなく続く雄大な空を望んでいた。

ささやかな音さえもしない密林の上部――木々の枝の上――を、一匹の「獣」が次から次へとムササビのように飛び移っていた。

正確に言えば、それは獣などではなかった。確かに走り方や立ち振る舞いはどう見ても獣であり、一糸まとわぬ全裸であったが、やはり紛れもなく人間であった。…それも、人間の社会で言うと小学校低学年くらいの、まだ幼い少女である。

木がほぼ密着して生えているおかげで、木々の間にそれほど距離はない。少女はそれを利用し、枝から枝へと伝いながら四つん這いになって、葉を掻き分け掻き分け、広大なジャングルを駆け抜けていく。

やがて少女はジャングルの端へと辿り着き、木のてっぺんに立って足元を見下ろした。

―――断崖絶壁。そしてその更に下には、数億年前の地球を想起させる、立っているだけで飲み込まれそうな美しい大自然の風景が広がっていた。芸術を志す者が見れば、あまりの素晴らしさに恍惚として感嘆のため息を漏らすほどの。

少女はおもむろにそこに向かって、天高く吼ゆる獅子の如く、いたいけな少女のものとは思えない凄みのこもった声で気高い雄たけびを上げた。


右の目に深い哀しみを携え、火傷を負い視力と瞳を失った左の目に、怒り狂う獣の魂を宿して。



                 *



「―――――た、助けてくれぇ!誰かっ!」


宵闇に紛れ、漆黒のドレスに身を包んだ少女は飛翔した―――

獲物を追う気高き虎の如く駆ける少女が見据える先は、唯一つ。

それは、灰色のスーツを着込んだスキンヘッドの大男。息を切らせながら脱兎の如く逃げ惑うその餌に、もはや逃げ遂せることは不可能であった。

少女が男を襲う理由は一つ。

それが、男を殺す事が、少女の使命であるが故だ。

…だが何故男は殺されなければならぬのか? その理由は定かではない。

遂に、男は薄暗い路地裏に追い込まれた。四方には壁。振り返ると、数メートル先には少女の姿。逃げ場はない。

意を決して、男は踵を返して少女に面と向かって対峙した。そして焦りの消えない顔にヤケとも思える笑みを浮かべ、懐に手を伸ばした。

懐から手を戻した時、その手には一丁の拳銃が握られていた。

両手を放り出して走る少女の眉間が、ピクリと引きつく。

スライドを引いてチャンバーに弾を込め、男は少女に向けて狂ったように奇声を発しながら発砲した。

一発、二発、三発と、白金の弾丸が撃ち出される。

しかし少女は怯むことなく、姿勢すら変えずに突き進んだ。

すると不思議な事に、弾はまるで少女を避けるかのように、次々とその軌道を逸れていった。


―――狙いを定めない銃の乱射には、かえって下手に動かない方が、当たらない。


少女にあらゆる戦闘の術を教えた者の、言葉だった。

しかし男の目にはやはり、弾が少女を避けているか、もしくは少女の体を擦り抜けているように見えた。

男は得体の知れない化け物でも見たかのように涙と鼻水で顔を歪ませながら悲鳴を上げて後ずさり、最後の攻撃とばかりに、銃を少女に目掛けて力のこもらない右手で放り投げた。

それを少女は、獣じみた凄まじいまでの反射神経でかわし、そして跳躍した。

その両手には、先程まで無かったはずの、鋭く尖ったバタフライナイフがあった。


最後に男が見たものは、流麗かつ優雅、それでいて野獣のような獰猛さを兼ねそろえた少女が突き出した、獣の爪の切っ先。それと、自分の体から噴水のように噴き出したどす黒い血の雨。

…ただ、男は薄れゆく意識の中、耳元で少女がたしかにこう言ったのを聞いた。





―――――――――――「ごめんなさい」

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