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戦士の宴  作者: 高橋 連
序章 前篇 「建国の英雄王」
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アルベール

【アルベール】


 激闘の中で何かを掴んだアルベールは、遺物との同調率を更に引き上げると驚異的な力を発揮してイディオタの分身を瞬く間に片づけた。

 先程よりも激しく体中を駆け巡る力の奔流と共に、アルベールは頭の中に響く雑音に悩まされていた。

 アルベールはその雑音を打ち払うべく、闘気を爆発させて力の奔流に身を任せた。その瞬間、雑音は明確な意志を持つ言葉に形を変えていった。

(アル……、ぼ……は、イプ……) 

(誰だ!?)

(良かっ……、ボク……声が……聞こえ……ね)

 言葉はアルベールの体の中の力が激しく駆け巡る度に、より鮮明になっていく。

(俺は力の暴走で頭がおかしくなったのか……)

(はは……は、おかしく……なって……ないよ)

 アルベールの頭の中の声は、アルベールの心のつぶやきに答えた。

(ボク……は〈イプシロン〉)

(〈イプシロン〉? 誰だ!?)

 アルベールが声の主の名前を正確に把握してからは、その声は鮮明に聞き取れる様になった。

(忘れたのかい? 君がイディオタからさっき買った〈賢者の石〉だよ)

(イディオタとは、あの狂った小男の事か?)

(彼は狂ってはいないよ)

(数百年前の魔導師の魂が俺の中にあるから俺を殺すとか、ただの石を伝説の〈賢者の石〉だとか、狂人としか思えん)

(いま君は、その石と話しているじゃないか)

(これもあいつの魔術かもしれない……)

 そう思ったアルベールは、〈イプシロン〉がイディオタと呼ぶ小男に向かって飛んだ。そして、頭の中の言葉を、イディオタを、何もかも全て打ち砕かんと強烈な一撃をイディオタに向かって放った。

 イディオタはその一撃を受けると見せて、右腕だけで剣を操り受け流しながら見事な体捌きでアルベールの死角に回り込むと、逆に急所を狙って剣を繰り出してきた。

(受けちゃ駄目だ。避けて!)

 アルベールはその剣を受け様としたが、頭の中に響いた〈イプシロン〉の忠告に従って避けると、また距離を取った。

 距離を取って冷静さを取り戻したアルベールは、イディオタの足下に怪しく描かれた魔法陣に気がついた。それは漆黒の闇の様に黒くも見えたし、深く濃い深紅にも見えた。

 動揺しながらも疑うアルベールに、〈イプシロン〉が更に語り掛けてきた。

(今の君なら感じるはずだ。胸の皮袋にしまったさっきの石から僕の波動が出ているのを)

 アルベールは確かに感じていた。先ほど小男から買った石をしまった胸の皮袋から、頭の中に響く言葉の波動が出ているのを。

(〈イプシロン〉、なぜ急に君の声が聞こえる様になったのだ?)

 アルベールの問いに、〈イプシロン〉は嬉しそうに答えた。

(ははは。急にじゃないよ。僕の波動を感じて、君は僕を選んでくれたじゃないか)

 アルベールは、イディオタから石を買う時、石が淡く綺麗に輝いていたのを思い出した。

(アルベール、君には元々〈賢者の石〉への適正があったのだよ。その資質が、遺物の、あ、その剣の事ね。遺物の起動や、イディオタとの戦いで完全に目覚めたみたいだね)

(じゃあ、あの小男、イディオタって言ったかな、あいつの言う事は全て本当の事なのか?)

(うん。全部本当だよ。だからといって君に戦うのをやめろとは言えないけど……。でも、イディオタも数百年前の惨劇を繰り返さない為に、命を懸けてでも君を倒す事を諦めないと思うよ……)

 〈イプシロン〉の言葉には、どこか悲しそうな響きがあった。

(そうか……)

 アルベールは国中を旅して目にした光景を思い出していた。

 戦乱や政争によって国は乱れに乱れ、力なき人達の命が草埃の様に踏みにじられていく様を。そして、自分のこの力を、今の王ではなく民を導く新たな王の為に、真の王が安寧な世を築く為に役立てたいと思い、民を安んじる王となる人物を捜して旅していた事を改めて思い出した。

 アルベールは決意した。民の為に使うと決めたこの命。どんな使い方でも、民の為になるなら良かろうと。

 アルベールは構えを解き、訝しむイディオタに言った。

「俺の命をやるよ」

 そして、遺物の起動を停止して同調を解除し、鞘を拾って剣をしまうと腰の留め金に止めなおした。

 言葉だけでなく、完全に武装解除したアルベールの態度に、イディオタは疑うよりも驚いた。

「まてまて、さっきまで右腕を剣にして振り回しとったくせに、急になんでじゃ!?」

「〈イプシロン〉から話を聞いたよ。俺の命一つで大勢の命が助かるなら俺は殺されてもかまわんよ。それに、死ぬのは嫌だが、俺のせいで大勢の命が失われるなんて事はもっと嫌だしな」

「ちょっとまて! 〈イプシロン〉と話せたのか!?」

 アルベールはイディオタの剣幕に驚きつつ答えた。

「あ、あぁ」

 〈イプシロン〉の名前を出した事で信用したのか、イディオタは右手の剣を何処に仕舞ったのか瞬時に掻き消すと、無造作にアルベールに向かって歩み寄ってきた。

「〈イプシロン〉はどこにしまっとる? ちょっと出してみろ」

 イディオタに言われるまま、アルベールは胸にしまった皮袋を取り出し、中入れていた〈イプシロン〉を掌にのせた。

 その瞬間、アルベールの掌にのった〈イプシロン〉は、溶ける様にアルベールの手の中に吸い込まれて消えた。

「えぇっ!」

 アルベールとイディオタは同時に驚きの声を上げた。


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