イディオタ
【イディオタ】
イディオタの挑発に怒ったのか、ユィンは全身から黒い闘気を溢れさせながら、恐るべき速度でイディオタへと駆けてきた。
(あの小僧の闘気を見よ。儂の言うた通りじゃろうが)
勝ち誇って話すイディオタだったが、〈アルファ〉の言葉ですぐに間抜け面を晒す事となった。
(よく見ろ! 奴は既に全身を強化骨格と闘気で覆っているぞ。嘗めてていいのか?)
そう言われてイディオタはユィンを注意深く見ると、全身が凄まじい勢いで漆黒の鎧で覆われ始めており、更には両腕の肘の辺りから黒く鈍く光る何かが、長く鋭く隆起した。
(げげっ! 強化骨格で全身を覆った上に、両腕の骨に闘気を恐ろしいまでに練り込んでおる! この短時間で一体どうやって!?)
無様に驚くイディオタに、〈アルファ〉は冷静に答えた。
(東方の国に伝わる闘気術を修得しているのだろう)
(あんな小僧がか?)
イディオタの言葉に、〈アルファ〉は溜息をつくように言った。
(あいつがお前の言う通りの者なら、あの若さで修得していてもおかしくはあるまい。大体、年齢だって見た目通りか分からんぞ。お前がよく分かっているだろうが)
イディオタへと駆けるユィンは、まだ間境のかなり先から、叫び声を上げながら一気に跳躍して襲い掛かってきた。
(くるぞ! 得物くらいだせ!)
〈アルファ〉の怒鳴り声に、イディオタは余裕の体を装った。
(あんな小僧など無手で十分じゃわい)
(得物を出し忘れただけだろうが! 詰まらぬ事を言ってないで、さっさと出せ!)
イディオタは短く何か呟くと、右の手に魔力を集めた。
(小僧の腕を叩き落としてやるわ!)
ユィンの跳躍にあわせて魔力の剣を具現化させたイディオタは、ユィンの動きを見切り、絶妙の戦機で剣を振り下ろした。しかし、その剣は虚しく空を斬った。
(ぬうっ!?)
一瞬ユィンを見失ったイディオタの頭の中で、〈アルファ〉の声が響いた。
(後ろだ!)
一瞬ユィンを見失いはしたが、その闘気の動きを感知していたイディオタは、〈アルファ〉の声が響くのと同時に、体を反転させて魔力の剣でユィンの一撃を受け止めた。
ユィンの腕から生える黒い刃を受け止めた魔力の剣は、硝子が砕ける様な音と共に、光の破片を撒き散らしながら砕け散った。
(〈イオタ〉を出せ! 〈賢者の石〉の剣でないと奴の刃を受けられぬぞ。急げよ、次がくる!)
(おう!)
イディオタは体内から〈賢者の石〉の一つである〈イオタ〉を呼び出した。細長く真っ直ぐなその石は、見る者によって異なる色彩に見えるであろう程、様々な色合いの光に包まれていた。
その〈賢者の石〉の〈イオタ〉をイディオタが右手に掴むと、それは剣へと変化した。その剣は長く細く鋭く、刀身から淡い輝きを発していた。
イディオタの魔力の剣を砕いたユィンはさらに跳躍し、イディオタの周囲の空中を駆け飛んでイディオタの死角から襲い掛かってきた。
ユィンの二撃目がイディオタを襲う前に、辛うじて〈イオタ〉の剣を手にしたイディオタは、その剣に魔力と闘気を注ぎ込んでユィンの腕の刃をまたも受け止めた。
ユィンの腕の刃とぶつかった〈イオタ〉の剣は、耳の奥まで揺らす程の衝撃音を発して黒い刃を受け止めると、今度は逆にユィンの腕の刃に小さな割れを生じさせた。
(お粗末な事をしたな、イディオタ。あの程度の割れだと、逆に強度を増すぞ)
(強度を上げようと、次は叩き折ってやるわ!)
〈アルファ〉の言う通り、ユィンの腕の刃は、割れ目に闘気を吸い込むと一瞬で亀裂が塞がり、その太さと強度を増したかの様に見えた。
(あの小僧め、儂の周りに足場を浮遊させて、それを使って飛び回っておるようじゃ。ご丁寧に、気づかれぬように透き通った氷を造りだして足場にしとるわい)
(じゃあ、その足場を全て壊すか?)
(いや、奴の動きも足場も見切った。次に仕掛けてきた時に、逆に叩き斬ってやる!)
イディオタはユィンの動きに翻弄されているかの如く振る舞い、ユィンに気づかれぬ様に詠唱を唱えながら、ことさらに隙をつくってやった。
ユィンがその誘いにのって、透明の宙に浮かぶ氷の足場を蹴り飛んで右腕の刃をイディオタの急所めがけて繰り出した瞬間、身を捻ってその刃をかわすと、魔力を集めて先ほど詠唱しておいた呪文を発動させた。
イディオタの周囲の大地から小さな尖った鏃の様な形の飛礫が飛んだ。強化骨格で体を覆ったユィンを貫くのは無理でも、周囲に浮かぶ氷の足場を砕くには十分であった。
(かかったわい!)
イディオタは氷の足場を一気に全部砕くと、〈イオタ〉の剣を両腕で構え、恐るべき速度で横に薙払った。
空中で足場のないユィンに斬り掛かったその刃を、ユィンは両腕を合わせ二つの黒い刃で辛うじて受け止めた。
強度が増したのか、ユィンの腕の刃は、今度は割れなかった。だが、ユィンはイディオタの剣を受けた衝撃で、後方に吹き飛ばされた。
(生意気な小僧め、思い知ったか!)
(おい! イディオタ!)
慌てる〈アルファ〉の声で、イディオタは己の周囲に浮かぶ物に気づいた。
それは小指の爪ほどの小さな白い光であった。まるで蛍の様なその小さな光は、イディオタの周囲に無数に漂っていた。
(うげっ!)
イディオタがまたも無様に驚くのと同時に、その小ささからは想像もできぬ程の火炎を発して、小さな光は一斉に爆発した。
宜しくお願いします^^




