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戦士の宴  作者: 高橋 連
二章 後編 「シャンピニオン山の戦い 其之弐」
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銀の槍

【銀の槍】


 〈銀の槍〉はイディオタの居室の扉を乱暴に叩くと、返事も待たずに扉を開けて中に入った。

「じじぃ、出撃の命か?」

(〈銀の槍〉よ、もう少し礼節をわきまえぬか!)

 〈銀の槍〉と融合している〈賢者の石〉の〈ベータ〉が、叱りつけるように怒鳴った。

(うるせぇ! 今は戦時だろ。急ぎの呼び出しだから急いで来たまでよ)

 〈銀の槍〉と〈ベータ〉の会話が聞こえるはずもないが、何かを察したイディオタが口を開いた。

「よいよい。お主に礼儀を教えるのは骨が折れる。諦めたわい」

「ははははは! わかってるじゃねぇか、じじぃ。それですぐに出撃か?」

 イディオタは頭を振ると、宥めるような口調で答えた。

「敵は思ったより軍備を整えておるようじゃ。それ故この眼で直に王国軍の戦力を確かめてから策を練る。お主はカミーユを守護しつつ、この城館の守備を頼む」

「なんで俺が留守番しなきゃいけねぇんだよ! 偵察に出るなら俺もいくぜ!」

(〈銀の槍〉よ、わがままも大概にせい! あまりに聞き分けがないと、〈竜殺し〉殿がまたお怒りになるぞ)

 〈竜殺し〉の名を聞いた〈銀の槍〉は少し怯んだ様子だったが、この場にいない兄弟子の怒りよりも、戦いに赴く高揚感が上回ったのか、強い口調で〈ベータ〉に怒鳴り返した。

(じじぃは総大将だろうが! 総大将一人で出かけて万が一があったらどうする! だから俺が護衛しようって言ってんじゃねえか)

 〈銀の槍〉は理詰めで〈ベータ〉に抗したが、簡単に覆された。

(イディオタ殿がかなわぬ敵などおるわけなかろう。万が一おったとしても、それならばお主がおれば足手まといになるだけじゃ)

(けっ!)

「〈銀の槍〉よ。山道の砦の守備は〈竜殺し〉が指揮して準備してくれておるが、この城館の備えの準備は儂がいなければお主に頼むしかないのじゃ。ここは聞き入れてくれ」

 イディオタに頭を下げられては、〈銀の槍〉も返す言葉がなかった。

「わかったよ! 留守番してりゃあ良いんだろうが。けっ!」

「すまんが、頼んだぞ」

「だが、〈刀鍛冶〉をやった〈片目〉は俺にやらせてくれよ」

「あぁ、わかった。〈片目〉はお主に頼むわい」

(イディオタ殿はお主の腕に期待しておる)

(わかってるよ。ただ、俺が居るのにじじぃの手を煩わせたくなかっただけだよ……)

(お主は親離れが出来ぬのう)

(そんなんじゃねえ!!)

「じじぃ、用件はそれだけか?」

「あぁ」

「じゃあ俺は行くぜ。じゃあな」

 〈銀の槍〉は図星を突かれたのか、顔を真っ赤にしながらイディオタの居室から足早に出て行った。

 イディオタの居室を後にした〈銀の槍〉は、その足ですぐさま城館の備えを指示すべく城館内をくまなく歩き回った。

「敵が山道から来るとは限らん。周囲に斥候を放って警戒を怠るなよ!」

「はっ!」

 〈銀の槍〉に命を受けた偵察部隊の隊長は、配下を城館周囲に配すべく、急ぎ駆けだしていった。その部隊長と入れ替わりにやってきた物資管理を司る事務方の男にも、〈銀の槍〉は指示を出して走らせた。

「糧食は火災を避ける為に館の外の石倉に移せ」

 〈銀の槍〉が城館内を巡回し終えた頃、守備隊から伝令がやってきた。

「〈銀の槍〉様、守備兵は全員配置につきました!」

「山道の砦には〈竜殺し〉の兄貴もいるし、この険しい山道だ。敵が来るまで時間がまだあるだろう。今は気楽に構えていろ。兵を三交代で休ませておけ」

「ははっ」

 〈銀の槍〉は偵察兵や配下の兵達に矢継早に指示を出し、山頂の城館の防衛の準備が一段落すると自分の居室に戻った。

(イディオタ殿がおらねば、お主も一軍の将として振る舞えるのに、イディオタ殿の前になるとなぜにああも小僧に戻るかのう)

 〈ベータ〉の軽口に、珍しく〈銀の槍〉はのってこなかった。

(どうした? 拗ねておるのか?)

(〈ベータ〉、お前何か感じねぇか?)

(いや、別段感じぬが……。何かあったか?)

 〈ベータ〉の問いに、〈銀の槍〉自身、答えられぬようであった。

(何って事はないんだが……。妙に胸騒ぎがしてな……)

(また小僧っ気がでたか)

 〈ベータ〉のからかいにも、〈銀の槍〉は冷静な口調だった。

(そんなんじゃねぇ。考えてもみろ。山道の砦に〈竜殺し〉の兄貴がでばってるんだぞ。近衛にあそこを抜けるとは思えねぇ)

(たしかに。だが、敵が山道から来るとは限らぬとお主が言っていたではないか。もしそうなら、この城館の守備を固める必要もあるじゃろうが)

 〈ベータ〉の言葉に、〈銀の槍〉はゆっくりと考えながら答えた。

(本隊は山道より来る他はない、絶対にな。だが、少数の奇襲兵を断崖より侵入させて城館を混乱させ、その隙に本隊で正面を攻撃するかもなとお思っただけだ。俺ならそうするからな……。だが……)

(だが?)

 〈銀の槍〉は言葉を続けた。

(だが、そんな事は大した事じゃない。俺が気になるのは、じじぃが自ら山を降りて偵察に出た事だ)

 〈ベータ〉もイディオタ自ら単身で敵情を見に行くというのは引っかかったが、変わり者のイディオタではあるし、近衛軍が新兵器で武装しているとの情報もあり、それを己の眼で確かめたいのだろうと深く考えていなかった。

(敵の使い手は、あの〈刀鍛冶〉を倒しただけでなく、〈賢者の石〉で出来た奴の刀まで砕いたそうだな)

(ああ、〈片目〉とか言う名で呼ばれておる奴らしいな。しかし、イディオタ殿は万が一を思って遠目の術で闘いを監視させておった。その〈片目〉の闘いも見て手の内を掴んでおろう。心配はいらぬと思うが)

 〈ベータ〉の言葉に、〈銀の槍〉は一瞬考えると、何かに気づいた。

(そう……か……。だからか!)

(どうしたのじゃ?)

(〈片目〉の力を見て、己が行かねばと判断したんじゃねぇか? それほど危険な力を持った奴なのか……)

「誰かいるか!」

 〈銀の槍〉の声に、部屋の外に待機していた兵が扉を開けた。

「はっ!」

「急いでカミーユを呼んでこい。急げ!」

「はは!」

 〈銀の槍〉は配下の兵にカミーユを急ぎ呼びに行かせると、己の戦支度を始めだした。

(〈銀の槍〉よ、どうするつもりじゃ?)

(知れた事よ! 俺も出る! じじぃの後を追いかけるぞ)

(イディオタ殿に命じられたここの守備はどうする? それにカミーユの護衛をせねばならぬじゃろう)

 〈ベータ〉の言葉に、〈銀の槍〉は笑って答えた。

(なぁに、ここの防備はあらかた整えた。それに山道の砦には〈竜殺し〉の兄貴とその配下の部隊が籠もっている。あそこが落ちないかぎりここは安全だ。カミーユの奴もじじぃの直弟子なら子守はいらぬだろうよ)

 完全に支度を終え、イディオタの後を追いかける気になっている〈銀の槍〉に、〈ベータ〉はしつこく食い下がって諫めた。

(しかし、イディオタ殿の命に背くのは賛成できん。それに、イディオタ殿の手を煩わせるような人間がこの世にいるとも思えぬが……)

 〈銀の槍〉は珍しくも神妙な面もちで、〈ベータ〉に言った。

(俺もそう思いてぇが、どうにも胸がざわつくんだよ……。〈ベータ〉、ここは俺の勘を信じてくれねぇか?)

 激情にかられて怒鳴るだけであれば、〈ベータ〉も応じなかったであろうが、頭を下げて物を頼む事などなかった激しい気性の〈銀の槍〉が、今は殊勝にも〈ベータ〉に頭を下げていた。

 適応者である〈銀の槍〉と融合してから長い年月と幾多の死線を共に越えた〈ベータ〉だけに、〈銀の槍〉の思いや感情は一心同体と同じように理解できた。

(わかった。ならば急ごう!)

(すまねぇ、〈ベータ〉)

 〈ベータ〉が〈銀の槍〉に同意した時、カミーユを呼びに行かせた兵が戻り、〈銀の槍〉の居室の扉を叩いた。

「カミーユ様をお連れいたしました」

「おう、入れ!」

 カミーユを〈銀の槍〉の居室に案内すると、伝令の兵は退出した。

「〈銀の槍〉の兄さん、何か急用でしょうか?」

「俺は今からじじぃの後を追って出かける。ここの指揮はお前が執れ」

 〈銀の槍〉の突然の言葉に、カミーユは言葉を失った様であった。

「じゃあ、頼んだぞ」

「ちょ、ちょっと待って下さい! 指揮を執れっていっても、どうすればよいやら、私には……」

 〈銀の槍〉は古代兵器の一種である愛用の鈍く輝く銀色の魔槍を手に取ると、カミーユの言葉を遮りながら部屋を出ようとした。

「お前の中には親父さんの〈イプシロン〉もいるんだろうが。そいつに聞け! お前もイディオタの直弟子なら戦士だろう! それとも違うのか?」

 カミーユはイディオタの直弟子と言う言葉に表情を変えた。

「はい! ここはお任せください!」

「頼んだぞ!」

 〈銀の槍〉は子供の様な無邪気な笑顔で笑うと、部屋を後にした。

(子供は扱いやすくて助かるぜ)

(お主が言うな!)

(どういう意味だよ!)

 〈銀の槍〉は部屋を出た後、城館の城壁を蹴りながら跳躍して飛び越えると、尋常ならざる速度で駆けながら山の木々の中に消えていった。


読んで下さって有難うございます^^


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