コンジュエ
【コンジュエ】
コンジュエの金剛掌を受け、右腕は破壊され、内蔵にも致命傷を負っていたはずが、異形の姿に変化したユィンの右腕は再生され、内蔵の損傷も回復している様に見受けられた。
(凄まじい再生能力だな。致命傷でも気の集中により短時間で回復できるのか。良かった……)
回復したユィンは、印を結び魔力を集中しはじめた。
(法術か。あれは……氷の盾だな。しかし、闘気と同じく、魔力の循環、増大、凝縮もなっておらぬな……)
「はあぁぁっー!」
法術を完成させたユィンの周りに、六枚の氷の盾が出現した。
「はっ!」
掛け声と共に、六枚の氷の盾を従え、ユィンが先に動いた。異形の魔物と化したユィンの脚力は凄まじく、恐るべき速度でコンジュエに向かい迫った。
コンジュエの間合いに入ると、氷の盾を爆発させて、その破片を眼眩ましとし、素早く後背に回り込んできた。
(良い動きだ。しかし、気配を消さぬでは眼眩ましの意味が無かろうて……)
コンジュエは素早く後方に身を翻し、その回転の勢いを乗せて、右腕の金剛掌を襲い来るユィンの右拳に叩きつけた。
コンジュエの拳に卵を割るような感触が伝わり、ユィンの右腕を完全に破壊した。
「ぐうおぉ!」
ユィンの苦痛の声が響いた。
コンジュエは更にその勢いのまま、体を独楽の様に回転させると、苦痛に苦しむユィンへ金剛掌を繰り出した。ユィンは必死になってそれを後ろへ退がって凌ごうとした。
(ユィンよ、それは愚策ぞ!)
後ろに退がれば退がる程、独楽となったコンジュエの勢いは増すばかりであった。やがて、避けきれなくなったユィンは、コンジュエの金剛掌を左腕で受け、右腕と同様に砕かれた。
(ユィン、体に刻まれた戦いの記憶を思い出せ! 昔に見せたあの動きを思い出すのだ!)
コンジュエは十一年前にユィンと初めて出会い闘った時の、野生と技術が融合した戦士の動きを思い出していた。
コンジュエはユィンの左腕を砕いた後も、勢いを緩めずにユィンへと迫った。命を懸けて死線を潜る事により、ユィンに何かを掴ませる為に。
コンジュエの猛攻に、ユィンは残った五枚の氷の盾を全て重ねて、襲い来るコンジュエの金剛掌を防いだ。
(愚か者め!! 心の全てを解放するのだ! でなければ死ぬしかないぞ!)
コンジュエの金剛掌にとって、ユィンが創り出した氷の盾など何枚重ねようと薄紙と変わらなかった。
コンジュエの金剛掌が氷の盾を易々と貫いた。
そして、恐るべき闘気を凝縮させたコンジュエの拳が、次はユィンを貫かんと迫った。
(ユィン!!)
コンジュエの心の叫びが届いたのか、迫り来る死がユィンの中の何か呼び起こしたのか、ユィンが叫び声をあげながら、驚異的な動きを見せた。
「うおお!」
右脚で大地を蹴ると、尋常ならざる速度で迫るコンジュエの回転にあわせて体を捻りながら、闘気を左脚に集中させて、コンジュエの金剛掌を受け流した。更に、その受け流した力を利用して大きく後方に飛び退がったのだった。
(回転を見切り、その回転に合わせて金剛掌を蹴り受けただと!?)
ユィンの動きに驚いたコンジュエだったが、ユィンの闘気術の技量ではコンジュエの金剛掌を完全に受け流せなかった様だった。
左脚も両腕同様に完全に破壊され、叩き割られた竹竿の様になっていた。
(ユィンよ、死線を越えて己で掴むしかないのだ……)
コンジュエの闘いに崇山寺の運命が掛かっていた。馴れ合いの闘いで朝廷軍の監視の眼を誤魔化す事は出来ない。命を懸けて闘う中で、掴ませるしかなかった。
「金剛掌は金剛掌でしか受けれらぬと言ったはずだ! この痴れ者め!」
コンジュエはわざと怒気を含ませるように怒鳴った。
「は、はい、私も拳に闘気を収束させたつもりだったのですが……」
「収束では足りぬ。気を循環させて増大し、更に収束させて凝縮する。それを拳に宿して一気に爆発させるのだ」
コンジュエはそう言うと、全身の闘気を循環させて増大し、更にはそれを収束させて凝縮すると、全ての闘気を拳に集めて爆発させた。コンジュエの拳が闘気によって光り輝いた。
(変化した今なら、儂の気の流れがより見えるはずだ。ユィン、師として出来る事はこれが最後ぞ……)
コンジュエの気の流れを感じたのか、ユィンの気の流れに変化が現れた。まだ稚拙だが、闘気が循環して増大し、それを損傷部に収束して凝縮させている様であった。
(そうだ、その流れを忘れるな! お前なら出来ると信じていたぞ……)
一瞬だったが、コンジュエは自慢の弟子を見る優しい光を瞳に宿した。そして、それを打ち消すかの様に口を開いた。
「見よ、崇山寺武術の奥義、金剛掌を! この拳で貴様を葬ってくれるわ!」
コンジュエはそう言うと、闘気を高めて拳に集中させた。それを感じ見たユィンは、闘気の循環増大の作業を丁寧に努め、傷をあらかた再生すると、氷の盾の法術を詠唱し始めた。
コンジュエはゆっくりと腰を落とし、大地に根を降ろした如く構えると、ユィンに向かって叫んだ。
「次こそは成敗してくれん! 来よ!」
(ユィン、稼げる時は僅かぞ)
ユィンはコンジュエの与えた時を最大限に活かし、完全に再生を終え、氷の盾の法術も完成させた様だった。
そして、コンジュエの見せた闘気の流れから何かを掴んだのか、その両拳からは漆黒の闇さえ包み呑む様な黒い闘気が溢れだしていた。
「ガアアァァァァ!」
ユィンの凄まじい咆哮が轟いた。
(回復が済んだか。これより先は心を殺す。ユィンよ済まぬ、さらばだ……)
飢えた獣の如く、コンジュエに向かってユィンが襲い掛かってきた。
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