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戦士の宴  作者: 高橋 連
二章 前編 「黒き魔獣」
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コンジュエ

【コンジュエ】


「僧兵管長様、ユィンが現れました!」

 崇山寺の周囲を見張らせていた僧兵から、ユィン発見の報がコンジュエにもたらされた。

「ユィン一人か? タオジンの姿は見えぬか?」

 コンジュエの問いに、報告を持ってきた僧兵は首を振って答えた。

「いえ、タオジンの姿は見えないとの事です。ユィン一人の様です」

「そうか……」

(タオジンの姿はないか……。恐らくタオジンは死んだのであろう。それがユィンの変化した原因か。しかし、朝廷軍の兵士に死者は居ないと言う事は、怒りの感情に支配されてではなく、冷静な判断によって変化したと言う事だな……)

 コンジュエはしばし沈黙した後、報告を持って来た伝令の僧兵に指示を伝えた。

「よし、待機している僧兵達はユィンを刺激せず、逃走しない様に周囲を警戒しながら様子を見るのだ。決して手出し無用ぞ! 手出しして万が一にも取り逃がしては、崇山寺の存亡に関わる故な」

「ははっ! かしこまりました」

 コンジュエの指示に、報告を持ってきた伝令の僧兵は緊張の面持ちで返事をすると、命令を伝達するため駆け去った。

(ユィンよ、やはり戻ってきたか……)

 コンジュエはユィンがこのまま逃げ出してくれればと、頭の片隅で考えていた。

崇山寺の手でユィンを捕らえ処刑できなければ崇山寺の嫌疑は晴れないが、崇山寺からユィンに対して逃亡するように連絡を取っていない事は崇山寺に訪れているハンロン将軍が証明してくれるであろうし、当の魔物であるユィンがいなければ、朝廷も崇山寺に対して厳しい処分はできぬだろうと考えていた。なによりユィンと戦わなくて済む。

 しかし、ユィンは崇山寺に戻ってきた。

さもあらん。ユィンが魔物に変化し、ましてや朝廷の兵士に襲い掛かるなど、タオジンもついている状況から考えて余程の事があったと考えざるを得ない。しかも怒りの感情に激発されてではなく、相手の兵士も殺していないと言う事は理性が完全に残った状態での変化という事であった。

(恐らくは朝廷の兵士が村を襲って略奪や虐殺を行っている現場に遭遇し、村人を助ける為に変化したのであろう……)

 だが、ユィンが皇太子殺害の黒い魔物であると言う事が知られた以上、もはや朝廷軍への暴行の罪などと言う問題では収まらない状況となっていた。その為、この事件の対処如何に崇山寺の何千という僧の命が掛かっていた。コンジュエは決断した。せざるを得なかった。

(私と変化したユィンとの戦いとなれば、ただでは済むまい……。戦いの場は、修練場が良いだろう)

 崇山寺武術や法術の修行僧が、術の各段階の修練試験を受ける為の場所が修練場であった。

大きな円形の闘技場であり、周囲には草木しかない場所である為、コンジュエとユィンの戦いによって周囲を巻き添えにする心配はなかった。

「伝令を頼む」

 コンジュエの声に、待機していた僧兵数名が駆け寄った。

「ユィンを修練場に誘い込む。武僧は姿を現さぬようにして周囲を警戒、法僧は修練場の周囲に法術結界を張るよう伝えてくれ。それと遺房の学僧に、普段の通りにユィンに接し、修練場まで案内する様に伝えてくれ」

「はっ!」

「伝令後は、お前達も周囲の警戒任務に当たれ。修練場には誰も近づくではないぞ!」

「ははっ!」

 伝令の僧兵達は、コンジュエの指示を伝える為に周囲に散っていった。そして、コンジュエは足早に修練場へと急いだ。

 その表情には怒りと悲しみによる皺が深く刻まれ、体から闘気が漲っていた。それは凄まじい闘気の奔流だったが、まるでコンジュエの悲しみが体から溢れている様でもあった。

 荒れ狂う奔流の様な闘気を纏ったコンジュエの待つ修練場に、遺房で共に研究をしている顔見知りの学僧に案内されたユィンがやってきた。

 言葉を交わさずとも、その心の内がコンジュエには伝わってきた。深い悲しみに包まれたユィンの心の叫びが聞こえる様だった。

(やはりタオジンは死んだか……。だがユィン、お前は激情に流される事無く、己の信ずる正義の為にその力を使ったのだな。良い子じゃ……)

「案内ご苦労! 巻き添えにするやもしれぬ故、他の者は修練場より退避せよ!」

 コンジュエの言葉に、ユィンを案内した学僧と、修練場周囲を警戒していた武僧達も、その場より急ぎ離れた。そして、コンジュエ以外の者が退避したのを確認した法僧達が、法術によって修練場の周囲に強力な結界を張り巡らせた。

(結界を張ったか……。これで無駄な血が流れずに済む……)

 結界が張られた事を確認したコンジュエは、ユィンに向かって叫んだ。

「ユィン! その方を朝廷への反逆の罪で処刑する!」

 コンジュエの言葉に、悲しみにくれていたユィンは更に衝撃を受けた様であった。

「ま、待って下さい! 朝廷の兵士達は……」

 ユィンの言葉を遮って、コンジュエの怒号が響き渡った。

「問答無用! 納得出来ぬのであればその拳で抗うがよい!」

 そう言うと、コンジュエは全身の闘気を爆発させた。体中の経絡を巡らせて闘気を増幅させると、それを両の手の拳に凝縮した。

崇山寺気功術の奥義、金剛掌である。

「ユィン、金剛掌は金剛掌でしか受けられぬぞ!」

 両の拳に恐るべき破壊の力を宿らせたコンジュエは、拳を構えながらユィンとの間合いをゆっくりと詰めていった。しかし、ユィンは闘気を巡らせるどころか、構えさえとらずに、ただ狼狽する様子であった。

「コンジュエ様! 私の、私の話を聞いて下さい!」

(まだ気持ちを切り替えられぬか。優しい子じゃ……。しかし、それでは駄目だ!)

 決意漲るコンジュエの瞳に、恐ろしいまでの殺気の輝きが宿った。それと同時に、コンジュエの体から周囲を歪ます程の殺気が流れ、ユィンを刺し貫いた。

 コンジュエの殺気に刺し貫かれ、冷や汗で全身を濡らしたユィンだったが、それでも未だ決意がつきかねている様子であった。

(ユィンよ、闘うしかないのだ……)

「愚か者め! 貴様には成すべき事があったのではないのか!」

(これ以上はまてぬ……、ユィンよ、行くぞ!)

 コンジュエはユィンとの間合いを詰める足を止めた。まだ距離は大分とある様に見えた。

「愚か者は、そのまま呆けて死ぬるが良い!!」

 そう叫びながら、コンジュエの脚が大地を蹴った。大分とあると思われた距離は大地が縮まったかの様に狭まり、コンジュエは一気にユィンとの間境を越えた。

 ユィンの間合いに踏み込んだコンジュエは、左の掌を右の拳に重ね、闘気を右拳に全て注ぎ込むと、腰を低く落とし、体毎ぶつける様に真っ直ぐに打ち込んだ。

(ユィン、受けろ!)

 コンジュエの心の叫びが聞こえたのか、ユィンは遅れながらも闘気を集中し、コンジュエの金剛掌を受け流した。しかし、コンジュエが闘気を漲らせた金剛掌を、ユィンの技量では完全に受け流せるわけがなかった。

 ユィンはコンジュエの金剛掌を受け流せずに、その威力で後方に吹き飛ばされた。

コンジュエの拳を受け流そうと出したユィンの右腕の肉は裂け、骨が砕け、数回転する程捻り曲がっていた。更に、受け流せなかった分の威力はユィンの体の中を駆け巡り、内蔵を損傷させた。ユィンは血反吐を吐いて地面に倒れ伏した。

(ユィン! ………………)

 コンジュエはしばし目を閉じると天を仰いだ。そして、目を開くと、静かな声でユィンに向かって話した。

「次が最後ぞ。恨むなら我を恨め…………。参る!」

 コンジュエは闘気を込めた拳を固く握り直し、ユィンに向かって大地を蹴ろうとした瞬間、ユィンから黒い闘気が溢れだした。

 コンジュエはその様子を、足を止めて警戒しながらも見守った。

(ユィンよ……、そうするより他は無いのだ……)

 恐ろしい程激しく凶々しい黒い闘気は一気に広がると、渦を巻いてユィンを包みこんだ。そして、その闘気の渦の中から、巨大な影が立ち上がった。

 その巨大な影が立ち上がった姿を見た時、愛するユィンだとわかっているコンジュエでさえ、背中に冷たい汗が流れた。


昨日アップできなかったので、本日2話アップします。

まずは昨日分です。


師弟の悲しい戦いが始まりました…。

コンジュエとユィンが熱く激しく戦う、戦士の宴!


是非読んでやって下さい!

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