コンジュエ
【コンジュエ】
崇山寺は日の出の鐘の音で総員起床し、朝の支度を始める規則となっていた。
ユィン達が出発した二日後の日が昇る前、まだ日の出の鐘の音も鳴っておらず、崇山寺が静寂に包まれている時間にコンジュエの部屋の扉が激しく叩かれた。
「僧兵管長様、総寺管長様が至急お呼びで御座います!」
(こんな早くに一体……)
僧兵管長と言えば、武僧法僧によって組織される崇山寺の僧兵全てを束ねる最高指揮官である。その僧兵管長の部屋の扉が朝早くに叩かれるとは、尋常の事ではなかった。また、扉を叩く若い僧の声は酷く緊張し焦っている様でもあった。
それらの事から、事態が急を要する変事だと察したコンジュエは、急いで支度をしながら使いの僧に返事をした。
「すぐ用意して向かう。案内は不要故、お前は急ぎ総寺管長様にそうお伝えしてくれ!」
「はっ、わかりました!」
若い僧はそう言うと、すぐに駆けだして行った。
コンジュエも用意を急ぎ整えると総寺管長の部屋へと急いだ。
「総寺管長様、コンジュエで御座います」
コンジュエがそう言いながら総寺管長室の扉を叩くと、扉はすぐに開けられた。
コンジュエが中にはいると、総寺管長室には、総寺管長以外に、崇山寺の最高統括者である総寺管長を補佐し時にその職務を代行する総寺副管長と、武装した朝廷軍の高級士官を数名従えた将軍らしき男がコンジュエを待っていた。
「コンジュエよ、待っておったぞ」
「コンジュエ! 貴様の弟子と侍従僧が、朝廷に対して恐れ多くも反逆の罪を犯したのだぞ! 貴様なんとするつもりぞ!」
コンジュエに話しかける総寺管長の言葉をふさぐように、総寺副管長の罵声が飛んだ。
事態が飲み込めないコンジュエは、朝廷の将軍らしき男に説明を求めた。
「申し訳ありません。今一度私に事態をお話願えますか……」
高級士官を数名従えた男は、銀の飾りが施されてはいたが実用的に造られた比較的軽装の甲冑に身を固めていた。年齢は初老の様だったが、鍛えぬかれた細身の体つきから受ける印象は、実年齢よりもかなり若く感じられた。
腰には皇帝の代理人として軍を指揮する権限を与えられた事を表す指揮杖が差されている事から、この地方の朝廷軍の高位の将軍と思われた。
その将軍は、コンジュエの言葉に微かに頷いて口を開いた。
「それがしは、北方方面軍副指令官のハンロンと申します。本日参ったのは、貴僧の弟子と思われる若い男が、魔物に変化し我が軍の兵を襲った事について詰問の使者として参りました」
(ユィンが魔物に!? そんな……一体……)
ハンロン将軍の言葉に、総寺副管長の言葉がさらに続いた。
「しかもその化け物は、十数年前に皇太子と泰山麓の村を襲って村人を虐殺した黒い魔物であったとの報告もはいっているそうじゃ! それ故、崇山寺が朝廷への反逆を疑われておる!」
コンジュエは総寺副管長の言葉に驚き、釈明した。
「そんな! 弟子のユィンが反逆など……、ましてや崇山寺が朝廷に反逆など、まさかそんな事は有り得ません!」
「わかっております。蓮華教の総本寺であり、王朝創建にも大功のあった崇山寺が反逆など考えもせぬ事はそれがしもよく分かっております」
ハンロン将軍の表情や声音からは、崇山寺に対して敵意は感じられなかった。それどころか、蓮華教の総本寺としての崇山寺に敬意を抱いている様子であった。
「ならばなぜ詰問の使者として将軍がこられたのですか!?」
コンジュエの言葉に、ハンロン将軍は溜息混じりに答えた。
「私は嵩山寺の無実を信じております。しかし、総指令官のワンティエン閣下はそう考えておられません。閣下は皇太子暗殺と反逆の罪で崇山寺を討伐し、功を挙げようと考えておられます。朝廷内には崇山寺が僧兵を組織する特権を持つことに危惧を抱く者もおりますれば……」
コンジュエは必死になってハンロン将軍に嘆願した。
「ハンロン将軍、なんとか将軍からお取りなし頂けませんか! 何卒!」
この時、沈黙を守っていた総寺管長が口を開いた。
「コンジュエ、お主の弟子であるユィンが魔物と化し、朝廷の兵を襲ったのは紛れもない事実なのだ」
総寺管長の言葉に、コンジュエは黙るしかなかった。
(総寺管長様は、ユィンが皇太子を襲った魔物で、私がそれを改心させて弟子にしたと気づいておられる……)
「しかし、その事を我ら崇山寺が関知しておらぬと証明せねば、ハンロン将軍とて、我らの無実を取りなす事はできぬ。コンジュエ、分かるな」
コンジュエには総寺管長の言わんとする事が分かっていた。それはコンジュエにとって己の命を奪われる事よりも辛い事であった。
「それゆえ、我らの手でユィンを、その魔物を殺さねばならん。それも、朝廷の軍に魔物が討たれる前にだ。コンジュエよ、僧兵管長たるお主に魔物討伐を命ずる。人々に害をなす魔物を退治し、崇山寺の無実を証明しするのだ」
コンジュエは悲痛な面もちで総寺管長の言葉を聞いていた。
(ユィンを手にかけるなど、私には無理だ……)
「コンジュエよ。黒い魔物を討伐できるのは、僧兵管長であり崇山寺最強の使い手であるお主しかおらぬのだ。それに弟子の過ちを正すのは師であるお主の責でもある。このまま崇山寺が反逆罪で焼き討ちされれば、何千もの罪なき僧が命を落とす事になる」
「はい……」
「ハンロン将軍は、お主が魔物を討ち取れば、お主の罪も、崇山寺の反逆罪に関しても、必ず良きように取りはからってくれると言って下さっておる」
ユィンが罪なき者を襲う事など有り得ぬ。きっと何か理由があっての事であったのだろうとコンジュエには分かっていた。
しかし、今は己の行動に崇山寺の何千人もの僧達の命が掛かっている。己の情によって無辜の命を絶つわけにはいかなかった。
「コンジュエ、謹んで拝命いたします……」
「コンジュエよ、頼んだぞ」
コンジュエは総寺管長の言葉を聞きながら、最愛の我が子に想いを馳せていた。
(ユィン、ユィン……)
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