ユィン
【ユィン】
ユィンとコンジュエが旅に出てから、五年の歳月が流れた。
ユィンは普通の子供と同じ様に成長を重ね、十二歳の子供と同じ体格になっていた。
五年の間、ユィンはコンジュエにつれられて各地を旅し、人々の暮らしや生業、人間の街や文化を学んだ。更にはコンジュエに師事し、闘気と肉体の制御法や法術をも修練していた。
「ユィンよ、基礎的な闘気と肉体の制御法は完全に習得したようだな。今のお前なら、怒りの感情に支配されて理性を失う事もないであろうし、闘気を巡らせればあの時の様に変化する事も可能であろう」
「はい! コンジュエ様」
コンジュエの優しい笑顔で褒められたユィンは、気恥ずかしさと嬉しさで顔を綻ばせながら、元気良く返事をした。
「しかし、決してあの姿に変化してはならんぞ。あの力は二度と使ってはならぬ。良いな」
戒めるようにではなく、ユィンの身を案じるかのようなコンジュエの声音と言葉に、ユィンは昔、山で獣達から感じた暖かい感情を思い出していた。そして、今はその感情が何かを学び知っていた。
「はい! コンジュエ様!」
「良い子じゃ! はははははは」
ユィンの笑顔にコンジュエの顔も笑み崩れた。コンジュエから感じる暖かい波動を受け、ユィンは人の子としての喜びを、親に愛される子供の幸せをいっぱいに感じていた。
「ユィンよ、今日はここらで休む事にしよう」
まだ日は暮れてはいなかったが、ちょうど集落にさしかかった所だった。しかし、村は焼き討ちされたかの様に焼け落ちて荒れ果てており、人がいる様子はなかった。
「コンジュエ様、この集落にも人がいませんね。どうしたのでしょうか……」
ユィンがコンジュエと旅を始めた頃は、旅の途中で立ち寄る集落には人間が沢山住んでおり、自分とコンジュエに宿を貸してくれたり、貧しいながらも精一杯の施しをくれたりもした。
しかし、ここ数年、旅の途中に立ち寄った集落は荒れ果て無人の所が幾つもあったし、人間が住む集落であっても、ユィン達に施すどころか、自分達が生きていくのさえ難しいほどの窮状に喘ぐ集落を幾つも見てきた。そのユィンの言葉に、コンジュエは顔を曇らせながら答えた。
「干魃などの天災が続いたところに、北方の騎馬民族の侵略がおこり始めたのだ。ただでさえ収穫の少ない作物を北から襲ってくる騎馬民族が奪っていく為に、民達は困窮しておるのだ」
「でも、民を守るために、皇帝陛下がおられるのでしょう?」
ユィンの素朴な言葉に、コンジュエは更に顔を曇らせた。
「そうだ……。しかし、聡明だった陛下も、皇太子殿下を亡くされてから政に興味を無くされてしまった。それに輪をかけて、亡くなった皇太子殿下の後を巡って権力闘争がおこり、朝廷内もいまや腐敗しきっておる……」
「どうして皇太子殿下は亡くなったの?」
コンジュエは今まで以上に困った顔をし、しばし目を閉じた後、優しい笑顔に戻るとユィンに答えた。
「それは難しい話なのだ。子供は心配せずともよい」
ユィンはいつもの優しいコンジュエの心の波動を感じ、安心した。
「はい!」
「ユィンよ。儂は崇山寺に戻ろうと思う」
コンジュエの言葉に、ユィンは驚き悲しんだ。
「それではもう一緒に旅は続けられないのですか……。コンジュエ様とはもう一緒にはいられないのですか……?」
泰山の麓の村で出会ってから五年、師として、父として、自分を愛してくれたコンジュエとの旅が終わりを告げると知って、ユィンの心は悲しみで満ち溢れた。目から涙が零れ落ちた。
「ははははは。儂の説明が足りなんだな」
そう言うと、コンジュエはユィンの頭を掴み、その黒髪をかき混ぜる様に撫でながら笑顔をつくった。
「ユィンよ。お前はこの五年間で崇山寺武術の基礎どころか、気功術、法術の基礎までをも全て修得した。学問も既に儂が教えられる事はもう無い程じゃ。それ故、お主を崇山寺に連れて行き、修行を行うと共に崇山寺にいる学僧から学問を教授させようと思ってな」
悲しみに満ちていたユィンの心が、コンジュエの言葉一つで、今度は喜びで一杯となった。
「それでは私も一緒に崇山寺に行けるのですね! コンジュエ様とこれからも一緒に居られるのですね!」
「ああ、これからもずっと一緒だぞ。わかったらもう泣くな。はははははは」
「すみません。なぜか嬉しいのに、涙というものが止まりません……」
「はははははははは」
ユィンはコンジュエの笑い声につられて、泣きながら笑った。
「では、行こうか」
「はい!」
コンジュエとユィンは、宛のない旅に終わりを告げ、蓮華教の総本寺でもあり、崇山寺武術でも名高い崇山寺へと向かった。
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