表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦士の宴  作者: 高橋 連
序章 前篇 「建国の英雄王」
5/211

イディオタ

【イディオタ】


 イディオタの頭の中に〈アルファ〉の声が響いた。

(いきなりその呪文で、詠唱は間に合うのか?)

(奴との会話の中に詠唱を散らしておいたわい。もう終わる)

 イディオタがそう答えるのと同時に左手に膨大な魔力が集まり、小さいが凄まじい力を秘めた雷の塊となった。そして、それは急速に分裂して長く延びると、無数の雷の槍へと変化した。

(雷の呪文なら、例え剣で受けようと奴の体は黒こげじゃ)

 イディオタの左手から、蠢く白蛇の様に放電しながら光輝く無数の雷の槍がアルベールめがけて放たれた。

(おい、あいつ突っ込んでくるぞ)

(自棄になっとるんじゃろ。この間合いでは避けれぬからのぅ)

 イディオタの言葉通り、雷の槍がアルベールの体を貫いた。無数の雷の槍がアルベールの体に吸い込まれる様に突き刺さり、消えていった。しかし、アルベールは倒れるどころか、その速度を増しながらイディオタに迫った。

「げっ!」

 今度はイディオタが無様な声を上げた。

(イディオタ、受けろ!)

 イディオタの頭の中に、〈アルファ〉という名の〈賢者の石〉の声が響く。

(おぅ! 〈デルタ〉の剣で受けて、奴の剣を叩き折ってやるわい!)

 金属同士がぶつかったとは思えない、鈍く痺れる様な音が響いた。

 イディオタはアルベールの強烈な斬撃を右手の剣で受け止め、その反動を利用して後ろに飛んで距離を取った。

(おい、奴のも只の剣じゃなさそうだな)

(ああ、抜かったわい。それに、儂の呪文を呑み込みよった)

(あの呪文を呑み込む結界は……。もしや、すでに覚醒しているんじゃないか?)

 〈アルファ〉の問いに、イディオタはアルベールの様子を伺いながら答えた。

(確かにあの結界はちと引っ掛かるな……。だが、奴の自我は消えておらぬどころか、侵されている様にも見えん。それに奴のあの剣、古代兵器の様だが……、見た事がない型じゃな)

 イディオタはアルベールの持つ剣を訝しげに観察した。

 アルベールの持つ大剣はかなり古く薄汚れていたが、その刃は鈍い輝きを放ち、恐ろしく斬れそうに見えた。

それによく見ると、大剣の柄の先と中央には小さな宝玉の様な物が幾つか嵌め込まれており、汚れに見えたものはその周囲に描かれた魔力制御の術式の様だった。

(驚いた。あの紋様の術式は……)

(イディオタ、どうした。あの剣、そんなに有名な古代兵器なのか? 俺も見た事のない型だが)

(古代兵器はどうやって造られたか知ってるおるな?)

(当たり前だろ、俺らも古代兵器の一種だからな。古代兵器は、古代文明がわずかに残っていた神世の遺物を真似てつくった模造品だろ?)

(そうじゃ、そしてあれがその模造品の元になった物の一つじゃよ)

 そういってイディオタはアルベールの持つ大剣を顎先で指し示した。

(まさかあれが神世の遺物だってのか? 古代兵器でさえ今の時代にはその殆どが失われていると言うのに、古代文明の時代にさえ失われていた遺物が今の時代に残っているわけが……)

(儂は今までに幾つか神世の遺物を見た事がある。残っていても不思議ではない。それにあの紋様は間違いない。だが、古代兵器ならまだしも、遺物を今の時代の人間が起動させるのは不可能じゃ。起動できなければ、ただの切れ味の良い剣と変わらぬわい)

 そう言って新たな呪文の詠唱を始めたイディオタに、〈アルファ〉が尋ねた。

(遺物が起動したらどうなるんだ?)

 いつも馬鹿にされる〈アルファ〉に己の知識を誇らしげに自慢したかったイディオタは、新たな呪文の詠唱に集中する中、研ぎ澄ました感覚でアルベールの動きに注意しながら〈アルファ〉の問いに答えた。

(あの型式は古代兵器と同じで、起動したら嵌め込まれた魔力制御石に魔力が集まり、制御石が輝き出す。ただ、その後が古代兵器とは少し違うんじゃ)

 イディオタの説明に、〈アルファ〉は更に問うた。

(どう違うんだ? 古代兵器ならば闘気の出力補助か、脳神経系の安全装置の解除による身体能力強化あたりだが……)

(そうだな……。どう言えば良いか……。遺物はそれ自体が完成された兵器といって良くてな。起動後はその使用者の体を……)

 そう説明するイディオタの言葉を〈アルファ〉が遮る様に口を開いた。

(あれか、起動した後、使用者の体と一体化するのか?)

(そうじゃ。一体化して、使用者の体を防御する鎧となりながら、使用者と遺物が直結して魔力と闘気を循環させ、爆発的にその力を増幅させる。古代兵器が玩具に見える程じゃ。しかし〈アルファ〉よ、なんで分かったんじゃ?)

 全て話し終えぬうちに言い当てられたイディオタは、少し残念に思いながらも不思議そうに〈アルファ〉に尋ねた。

(なんでって、奴が起動させているから……)

 〈アルファ〉にそう言われ、イディオタはアルベールの持つ剣を見た。すると、既に肘の辺りまで大剣と一体化していた。

「げげぇ!」

 イディオタの驚愕の声を合図の様に、その手に持つ、いや、今や一体化してその手と化した大剣から強烈な闘気を放ちながら、アルベールは人間離れした速度でイディオタとの距離を詰めてきた。

 イディオタはアルベールの一撃を受け流しながら、先程から詠唱していた呪文を完成させると発動させた。

(おい、呪文はすべて吸収されて無効化されるぞ!)

(わかっとるわい。やつの結界は呪文を吸収できても、呪文で発生した物質までは吸収できん)

 イディオタの呪文が大地を隆起させて造り出した、強固で巨大な岩石の刃が、まるで生き物の如くアルベールに襲い掛かった。

(大地の刃か。しかし、こんなものでは時間稼ぎにもならんぞ)

(わかっとるなら、お前も詠唱補助にまわらんか!)

 イディオタは〈アルファ〉にそう怒鳴って〈賢者の石〉の能力を全力稼働させると、強力な術式を組み上げて新たな呪文を恐るべき速度で完成させた。

(今の奴の融合率なら、これで倒せるはずじゃ! 一気にいくぞ!)

 イディオタの両の手が宙で怪しげに交差し、幾つもの魔法陣が描かれた。その瞬間、イディオタの体が数倍にも膨れたかと思うと一気に弾け、新たに三人のイディオタが姿を現した。

 〈賢者の石〉である〈デルタ〉が変化した剣を手にした本体のイディオタの周りに、魔力を具現化させた剣を両の手に握る三体の分身のイディオタが立っていた。

 本体と分身を合わせた四人ともにそれぞれ違う呪文を詠唱しながら素早く扇状に広がると、先程イディオタが放った大地の刃を全て打ち砕いたアルベールを囲んだ。そして、アルベールが真っ直ぐに〈デルタ〉の剣を持つ本体のイディオタに向かって来るのに合わせ、四人のイディオタも動いた。

 本体のイディオタはアルベールを迎え討ち、他の三体の分身のうち、二体はアルベールの後方に回り込み、残る一体は宙高く飛んで上からアルベールを狙った。

 本体のイディオタは〈デルタ〉の剣でアルベールの剛剣を受け止めると、先程の呪文をもう一度唱え、大地から盛り上がる巨大な刃でアルベールを襲いながらその猛攻を凌いでいた。そこに、後方に回った分身二体も、詠唱していた呪文を完成させてアルベールに襲い掛かった。

 二体の分身は、魔力の剣を更にそれぞれ十本も具現化すると、それらを自身の周囲の宙空に漂わせた。

 そして、両手に持つ魔力の剣を舞の如く閃かせてアルベールに襲い掛かりながら、周囲に浮いて漂う具現化させた魔力の剣をも操ってアルベールに飛び向かわせた。

 具現化された二十本の剣は、まるで空を覆うかの様に宙を飛び交い、飢えた鼠の如くアルベールに襲い掛かった。

(三分身に魔剣の具現化か……)

 〈アルファ〉の呟きに、イディオタは勝ち誇った様子で答えた。

(さすがのあ奴も、この猛撃を凌ぐのに手一杯じゃ)

(そして、最後の仕上げは上の奴か……)

 アルベールの上空で機を伺っていた最後の分身のイディオタが、両腕を体の前に突き出して両の手に持つ魔力の剣を重ねると、剣は輝きながら重なり合って同化し、一つの巨大な槍へと変化した。

 最後の分身の体から爆発的に魔力と闘気が放出され、その巨大な魔槍に注ぎ込まれていった。

 上空の分身の全ての魔力と闘気が注ぎ込まれた魔槍は、その刀身から凄まじい力の波動を漲らせて光り輝き、その様はまるで天に輝く恒陽の様であった。

 時刻が真昼でなく、恒陽が天の真上になければ、あるいはその輝き故にアルベールに気づかれたかも知れぬ程の輝きであった。

(これで終わりじゃ!)

 上空の分身が造りだした輝く魔槍は、地上で三人のイディオタと大地の刃、更には無数の魔剣に襲われそれを凌ぐのに全神経を傾けていたアルベールの死角から、完全に不意を突いて放たれた。

 それは、絶望の唸りをあげ、恐怖の輝きを放ち、破壊の力を溢れさせながら、空気を切り裂いてアルベールを狙い飛んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ