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戦士の宴  作者: 高橋 連
一章 後編 「シャンピニオン山の戦い 其之壱」
38/211

片目

(しまった!)

 〈片目〉は己の油断に舌打ちし、叫んだ。

「よけろ!」

 〈片目〉の隙を突いた〈刀鍛冶〉は素早く後ろに跳躍すると、カミーユの死骸の側にいた〈右腕〉めがけて剣を斜めに打ち降ろした。

 〈片目〉の叫びを聞いた〈右腕〉だったが、〈四肢〉最強の〈右腕〉の名で呼ばれる男だけあって、〈刀鍛冶〉の剣速とその軌道を見切ると、敢えて避けずに逆撃の態勢を整えた。

 〈右腕〉は〈刀鍛冶〉の急撃に素早く反応し、その斬撃を右腕の手鎧の剣で受け止め、己の空いている左腕の手鎧の剣で〈刀鍛冶〉の胴を薙ぎ払おうと動いた。だが、〈右腕〉の手鎧の剣は〈刀鍛冶〉の剣を受け止められず、〈右腕〉は左右の両腕と共に脳天から断ち割られ、肉塊となって地に転がった。

(馬鹿な!)

 衝撃を受ける〈片目〉に、バソキヤが落ち着いた声で警告を発した。

(〈四肢〉が〈二肢〉になるぞ)

 〈片目〉の反応は素早かった。

 〈右脚〉は〈四肢〉最強の〈右腕〉が一撃で倒された様を見て凍り付いていた。その〈右脚〉に迫る〈刀鍛冶〉の剣を寸での所で〈片目〉は受け止めると、〈右脚〉に向かって叫んだ。

「退けっ! 退いて目的達成を叔父上に伝えよ、急げっ!」

 その声に我に返った〈右脚〉は全力で駆けた。主君の命によってではなく、鍛え抜かれた戦士の経験からでもなかった。恐怖と生への執着が〈右脚〉を駆けさせていた。

 その無様に逃げる背に向かって、突如現れた刃が宙を走った。

(アーナンドよ、また刃が現れたぞ!)

(しつこい奴だな!)

 〈片目〉は右眼の邪眼に魔力を集中して己の幻影を出現させながら、舞踏のような足さばきで地を踏んだ。すると、その幻影の中に隠れるように、地面から一体の泥人形が盛り上がった。

 〈片目〉の魔術によって大地より造られた泥人形の表面に、〈片目〉の姿の幻影が覆い被さり、まるでもう一人の〈片目〉が現れたかの様だった。

 幻影の〈片目〉は、鈍く響く音をさせ、〈右脚〉を狙い飛ぶ刃を受け弾いた。

「〈右脚〉、急げ!!」

 〈右脚〉は剣と刃がぶつかる音も、〈片目〉の怒号も耳に入っておらぬかの様に、後ろを振り返る事なく駆けていった。

 〈片目〉の幻影が己の刃を受け弾いた事で、〈刀鍛冶〉は〈片目〉への警戒を強めたのか、一旦刀をひいて〈片目〉との距離を取った。

(あの刃は厄介だな……)

 〈片目〉の呟きに、バソキヤが答えた。

(呪文の詠唱もなく、魔法陣の類もなさそうだな。そうなると、闘気の類を具現化させているのやも知れぬ)

(闘気を物質化などと、そんな馬鹿な!)

(たしかに、闘気のみを物質化するとなると、膨大な量の闘気が必要になる。そんな量の闘気など人間ではありえぬな……。だが、仕組みは分からぬが、奴は刃を自在に具現化できるのは事実だ)

 バソキヤの言葉が終わると同時に、〈刀鍛冶〉より凄まじい殺気が溢れだした。

(くるかっ!)

(落ち着け、どうやらあれが奴の能力らしい)

 バソキヤの言葉が終わると同時に、〈刀鍛冶〉の周りに宙に浮く刃が五本現れた。その見た目は、先ほどまで現れては消えていた刃とは明らかに違った。

それはまるで巨大な花弁に似ており、五枚の刃が〈刀鍛冶〉を中心に広がる光景は、まるで刃の花が咲いた様であった。一目で先程までの刃とは格段に違うものだと感じられた。

(どうやら、奴は殺気を刃として具現化できるようだな)

 バソキヤの言葉に、〈片目〉は感心したように頷きながら応えた。

(なるほどな。殺気で刃を造り出す故に〈刀鍛冶〉の異名で呼ばれているのか。しかし、上手い名を付けるものだな)

(アーナンド、馬鹿な事を言っている暇はないぞ。近衛を引き離しておけるのも少しの間だけだからな)

 バソキヤの言葉に〈片目〉は頷き、両の手に持つ剣の柄の先を、背に掛けている別の二本の剣の柄に嵌め込む様に装着した。そして、そのまま背に掛けていた剣を引き抜き、両の手に持ち直した。二本の剣が柄の部分で一つとなったそれは、前後両刃の短槍の様な得物となった。

 〈片目〉はそれを両手に持つと、幾つかの呪文を詠唱しながら、またも舞踏の様な脚の動きで地を踏みながら、魔法陣を素早く書き上げた。

(行くか?)

 バソキヤの問いに、落ち着きを取り戻した〈片目〉は頷き答えた。

(ああ、行こう!)

 〈片目〉は、〈刀鍛冶〉に向かって駆けながら、最後の呪文を唱え、幻影を被せた泥人形を三体出現させた。

〈片目〉は造り出した三体の泥人形と共に、〈刀鍛冶〉に闘気を込めた斬撃を浴びせたが、〈刀鍛冶〉は微動だにする事なく、周囲の五本の刃が〈片目〉と三体の泥人形の猛撃を全て受け凌いでいた。

(化け物め!)

 〈片目〉は呻く様に〈刀鍛冶〉を罵った。

(バソキヤ、魔力と闘気を大分使うが、あれをやる。補助してくれ!)

(分かった)

 バソキヤはそう答えると、〈片目〉の体の中の魔力と闘気の循環を促進させながら、その循環した闘気を凝縮させた後、一気に爆発させて増幅した。

「せぃっ!」

 〈片目〉の気合いの声と共に、〈片目〉の持つ短槍の様な武器の、剣と剣を結びつけていた柄の先の部分に仕込まれていた鎖が伸び、鞭の様に伸び撓って〈刀鍛冶〉を斬りつけた。泥人形達の手に持つ武器も同様に伸び、六本の剣が鞭の様に〈刀鍛冶〉を襲った。

闘気と魔力を込められて鎖が伸びた剣は、まるで生き物の如くうねりながら、あらゆる方向から〈刀鍛冶〉を狙った。

 この攻撃にはさすがの〈刀鍛冶〉も防戦に努めざるを得なかった。五本の刃と自身の右手に持つ刀を駆使し、攻撃を凌ぐのに手一杯の様子であった。

 〈片目〉はその猛撃に〈刀鍛冶〉が気を取られている隙に、足元に魔法陣を描きながら、長大な呪文の詠唱を完成させていた。

(用意は整ったか?)

(ああ、戦いながら地面に描いていた魔法陣も仕上がった)

(ならば、補助を魔力増幅に集中するぞ)

 バソキヤはそう言うと、〈片目〉の体内の魔力を収束と膨張を繰り返させて、凝縮された強大な魔力を作り出していた。

(よし、やるぞ!)

 〈片目〉はそう言うと、〈刀鍛冶〉から距離を取って両の手の武器の鎖を縮めて手元に戻すと、魔力を込めて地面に突き刺した。それを合図に、〈刀鍛冶〉の足元の大地が溶けだして〈刀鍛冶〉の両足を捉えて咥え込むと、元の強固な大地に戻り、完全に〈刀鍛冶〉の動きを封じた。 

 〈刀鍛冶〉と闘っている泥人形達は鎖がついた剣をまるで生き物の様に操り、鎖を〈刀鍛冶〉の手に持つ刀に巻き付けた。

(アーナンド、いまだ!)

 バソキヤの叫びと同時に、〈片目〉が両の手を揃えて前方に突き出すと、そこに目に見えるほどの魔力が集中し、〈刀鍛冶〉に向かって巨大な暴風の刃が死の響きを唸らせながら殺到した。

 それは砂埃を巻き上げて〈刀鍛冶〉を直撃した。

(やった!)

(あの直撃を受けて立つ者はおるまい)

 〈片目〉とバソキヤは砂埃が収まり、暴風の刃で無惨に引き裂かれた〈刀鍛冶〉の肉片を確認できるのを待った。

 しかし、砂埃の中から現れたのは、肉片ではなかった。

足元を封じていた大地を砕き、己の刀を封じていた鎖をも断ち切り、今まさに〈片目〉に襲い掛からんとしている〈刀鍛冶〉の姿であった。


この小説を書くにあたってのこだわりをちょこっと書きます。


まず、魔法の名前ですが、その魔法の効果によって、使用する人や考え出した人が、様々に名前を付けると思います。


ただ、使用するときに絶対その名前を叫ぶ事はないだろうし(設定として詠唱の最後に名前が入っている設定等は別として)、敵からは見た感じで呼び名を付けると思います。


ですので、技名や魔法名を戦いの最中に叫ばせないようにしました。


個人的に、命を懸けた殺し合いをしているなかで、技名を叫ぶのはどうかな?と思っておりまして……。


他にもいろいろありますが、それらはまた今度書きます^^


今後とも宜しくお願い致します!!


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