刀鍛冶
【刀鍛冶】
カミーユの一行が、行程の中で唯一の難所である渓谷を渡る吊り橋を通過してから暫くすると、周囲に濃い霧が急に立ちこめ、それと同じくして近衛兵達の気配も消えた。
(退路は吊り橋のみで、左手は峡谷の断崖。右手にも岩肌が迫り、囲むにはこの辺りが絶好か……)
〈刀鍛冶〉は一旦一行をその場で止めると、配下の者に近衛兵を探させたが、カミーユの馬車を護衛する者は周囲を固める〈刀鍛冶〉とその配下の者併せて十二名しか居なくなっていた。
イディオタ伯の部下がカミーユの護衛に付く事に対し、近衛司令官のランヌ将軍から越権行為だとして猛烈な抗議がなされ、カミーユが襲撃される事が分かっていながらイディオタ伯は王子の護衛として部下を十二名しか送り出す事が出来なかったのだ。
しかも、カミーユ護衛の任に就いた〈刀鍛冶〉達は近衛に遠慮をして、白い衣服の上に王国の紋章を刻んだ胸甲を着け、その上から青と赤の上着を羽織るといった通常の近衛兵と同じ軍装でその身を包んでいた。
ただ、今回のカミーユ護衛の任に就いている近衛兵達は、国葬の式典に出席する事も有り、重装備の煌びやかな板金鎧に青と赤色の軍衣といういでたちであった。
「老師の仰るとおり、近衛も承知の上か……」
〈刀鍛冶〉はそう呟くと、配下の者達に周囲を警戒する様に命じ、自分も僅かな気配の揺らぎも見逃すまいと全身に気を漲らせた。
その〈刀鍛冶〉の耳に、微かに刀を抜き放つ音が聞こえた。
「くるぞっ!」
〈刀鍛冶〉の警告の叫びと共に、眼前に長身の刺客が一人現れた。
その刺客は恐れる様子もなく正面に立ちはだかった。動き易さと、動作の音を殺す為か、その身には革の鎧を纏っていた。肌の色は南方の者独特の褐色の肌をしており、左眼には眼帯をしている。
(あれが〈片目〉か……)
その刺客の右の眼が怪しく光った。
「見るなっ!!」
〈刀鍛冶〉の叫びも虚しく、刺客に注意を向けていた配下の者達は、〈片目〉の右の眼の怪しい光をまともに受けた。妖しくも邪悪なその視線は、見る者の心を蝕んだ。そして、眼帯の男の左右後方から、邪眼に心奪われ放心状態となった配下の者達に向かって多数の短刀が放たれた。
〈刀鍛冶〉と邪眼に抗した者達はその短刀をかわしたが、心蝕まれた者達は短刀に眉間を貫かれて死んだ。その数六名。
「刺客は三名だ! 正面は俺がやる、貴様等は左右の者を討て!」
〈刀鍛冶〉は配下の者達に指示を出しながら、馬を駆けさせて〈片目〉に迫った。
その時、またも〈片目〉の右の眼が怪しく光った。
(俺に邪眼は効かぬぞ!)
(リーン……)
〈鈴音〉の警告によって、〈片目〉の狙いが自分ではなく馬であると察した〈刀鍛冶〉は、馬が恐慌を来す前に飛び降り、その影に隠れて〈片目〉の死角へと回り込んだ。
「くっ!」
〈片目〉の焦った声が漏れ、時を同じくして〈刀鍛冶〉に向けて剣が振り降ろされた。しかし、〈刀鍛冶〉はその剣が振り降ろされるよりも素早く跳躍し、〈片目〉の頭上より、〈鈴音〉を輝かせながら渾身の一撃を打ち降ろした。
その一撃は、〈片目〉が〈刀鍛冶〉の刀を受け様と振り上げた二本の剣を易々と叩き折り、更には〈片目〉の頭をも打ち砕いた。
(ちっ! 手応えがない。幻か!)
(リリーン……)
〈鈴音〉の警告が、透き通る様な鈴の音となって〈刀鍛冶〉の頭に響く。
背後から繰り出された剣を受け流しながら、カミーユの馬車を護る配下の方を見ると、二人の刺客相手に苦戦している様子であった。
刺客のうちの一人は常人を越えた体術で配下の者達を撹乱しながら、両腕に装着した諸刃の剣が付いた手鎧で戦い、もう一人の刺客は、その手鎧を付けた刺客の後方より配下の者達の隙を突いて呪文を放っていた。
〈刀鍛冶〉は双剣を両の腕で烈風の様に繰り出してくる〈片目〉の斬撃を右手の刀で全て流し受けていたが、なかなか〈片目〉の隙を見いだせずにいた。その時、〈刀鍛冶〉配下の護衛を全て倒した二人の刺客が、〈片目〉が〈刀鍛冶〉を押さえ込んでいる隙をついて、馬車の中のカミーユに襲い掛かった。
一人の刺客が馬車の扉を開け放ち、中にいたカミーユを地面に投げ出すと、もう一人の刺客が、手鎧の剣でカミーユの胸を刺し貫いた。
カミーユは声一つ発する事なく地面に転がり倒れ、動かなくなった。
その様子に一瞬気を取られた〈片目〉の隙をついて、〈刀鍛冶〉は二つの刀を猛烈な速度で繰り出した。正確には刃を操った、であろうか。
「ぬおっ!」
〈刀鍛冶〉が右腕に持つ刀に注意を払っていた〈片目〉は、〈刀鍛冶〉が突如出現させ、宙を飛ばして放った二本の刃を受けて体勢を崩した。それを狙っていた〈刀鍛冶〉は、素早く後ろに跳躍すると、カミーユの死骸の側にいた刺客めがけて刀を斜めに振り降ろした。
「よけろ!」
〈片目〉の叫び声に気づかなかったのか、それとも反応できなかったのか、その刺客は〈刀鍛冶〉の刀を受けようと、左腕の手鎧を上にあげた。それと同時に、〈刀鍛冶〉の胴をめがけて右腕の手鎧の剣を薙払った。〈刀鍛冶〉はそれに気づきながらも頓着せず、無造作に刀を振り降ろした。
〈刀鍛冶〉の刀を受け止め様とした左腕と、薙払おうと繰り出した右腕は同時に断ち切られ、刺客はその痛みを感じる間もなく、脳天から躯も真っ二つに両断されて絶命した。まるで茹で芋を切る様な滑らかさであった。
それに戦慄し立ち震えるもう一人の刺客に、無言だが、しかし恐るべき形相で〈刀鍛冶〉は迫った。そして、配下の仇を取るべく、その刀を繰り出した。
今度は、茹で芋ではなく、金属同士がぶつかり合う甲高い悲鳴の様な音が鳴り響き、それに重ねて〈片目〉の怒号も轟いた。
「退けっ! 退いて目的達成を叔父上に伝えよ、急げっ!」
(逃がさぬ!)
〈刀鍛冶〉は目の前の〈片目〉の剣を受けながら、左腕を横一文字に払った。すると、宙空に刃が出現し、逃げる刺客の背に向かって宙を走り飛んだ。
その刃が刺客の背を貫こうとした瞬間、今度は金属と岩とがぶつかる様な鈍く響く音がした。〈刀鍛冶〉と打ち合っている〈片目〉とは別の〈片目〉が現れて、逃げる刺客に襲い掛かった宙を飛ぶ刃を受け弾いたのだった。
「〈右脚〉、急げ!!」
〈片目〉の怒号が更に響いた。
(リーン……)
〈鈴音〉は〈刀鍛冶〉に落ち着けと言った。
〈刀鍛冶〉はそれを聞き、一旦刀を引いて〈片目〉との距離を取った。
(老師が使う分身とは違うようだ……。なにより、突然現れ突然消える……)
(リーン……リリーン……)
(魔力は感知したんだね。という事は魔術の類か……。それにしては詠唱も魔法陣も無しでこの速度での分身は解せぬな)
(リーン……)
(なに、あちらも俺が殺気の刃を具現化して操るのに驚いているようだから、まだ五分と五分さ)
(リーン……)
(そうだね。相手の手の内が見えるまでは、受けで様子を見ようか)
〈刀鍛冶〉は〈鈴音〉にそう答えると、逃げる刺客は無視し、〈片目〉だけに集中した。
そして、右腕に握る〈鈴音〉と己を一体化する様に、闘気を刀と躯に駆け巡らせた。
〈刀鍛冶〉の闘気が尋常なく膨れ上がると共に、まるで睨み殺すかの様に〈片目〉に向けられる殺気も膨らんだ。
その闘気と殺気が一つとなり、やがて形を取りだした。〈刀鍛冶〉の周りで宙に浮かぶ五本の刃として……。
こんばんは!連です!
一章前篇で見せた殺気を具現化した刃、その力を更に伸ばした刀鍛冶の戦いが、
この後繰り広げられます。
相手である片目も、尋常ならざる使い手なので、二人の熱い宴をお楽しみください^^




