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戦士の宴  作者: 高橋 連
一章 後編 「シャンピニオン山の戦い 其之壱」
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片目

【片目】


 先王アルベール一世が崩御してから、五日が経っていた。

 各国への使者は派遣されていたが、当然国葬には間に合わず、各国大使が参列するのは新王の即位式となる予定であった。

 各国大使が参列する即位式にて、王族の急死などという失態を見せるわけにはいかない。その為には今日、先王の国葬を執り行う神殿への道中にてカミーユを始末せねばならなかった。

 〈片目〉は失敗を許されない任務の重責やそれによってもたらされる己が一族の未来と、仕える英主の覇道に想いを巡らせていた。

「叔父上、〈四肢〉は配置につきましたか?」

「抜かりなく」

 〈片目〉の傍らに控えているシンハは、微塵の隙もない様子で答えた。

 〈片目〉は今回の任務に、一族最強の戦士である〈四肢〉全員を集めていた。暗殺という任務の性格上大人数を動かせぬ為、一族の中でも最も優れた使い手達を集めたのである。

その〈四肢〉とは、一族の中で最も優れた四名の戦士に与えられる尊称であり、優れた順に〈右腕〉・〈右脚〉・〈左腕〉・〈左脚〉の異名で呼ばれていた。かつては〈片目〉の叔父のシンハも〈右腕〉の異名で呼ばれていたが、今は若い世代に〈四肢〉は移り変わっていた。

「しかし、一族最強の戦士である〈四肢〉全員を呼び戻したとはいえ、相手はあのイディオタ伯三高弟の一人だ。気を抜くなよ」

 いつもは大胆不敵なシンハだったが、相手がイディオタ伯の三高弟の一人とあっては、念には念を入れる警戒ぶりであった。そんな叔父の言葉に、〈片目〉は己の気を引き締めるかの如く答えた。

「はい。心得ております。以前会ったイディオタ伯三高弟が一人である〈竜殺し〉の力量を思えば、カミーユ様を警護している〈刀鍛冶〉という者も恐らく尋常ならざる者でありましょう」

「なれば良い。では俺は後方の様子を見て参ろう」

 そう言って、シンハは馬を走らせていった。

(アーナンドよ、イディオタ伯にだけは手出し無用ぞ……)

(俺では勝てぬか?)

 バソキヤの警告は、〈片目〉の警戒心ではなく、闘う者の心を刺激した。

(たしかに、お主は歴代の棟梁達と比べても、儂の力をより強く引き出す事が出来る。だが……)

(だが、それでも無理と言いたいのだな)

(…………)

 バソキヤは敢えて黙った。代々の宿主である棟梁達の中でも、〈片目〉は群を抜いて優れた使い手であった。しかし、己が以前見た〈竜殺し〉は底知れぬ程の恐るべき使い手であり、正直戦って勝てるかどうかは分からなかった。ましてやその師匠ともなれば、その力は弟子である〈竜殺し〉よりも上であろう。

 棟梁を守護するバソキヤとしては、一族を背負う〈片目〉にその様な者と戦う危険を冒させたくは無かった。

(お主の警告、心に止め置くとしよう)

(アーナンドよ、お主の大事は別にあろうが。それを夢々忘れるでないぞ……)

(ああ、分かっているよ)

 〈片目〉は一族と己が仕えるヴィンセントを思い、バソキヤの言葉に頷いた。その時、シンハが〈四肢〉達よりの報告を持って駆け戻ってきた。

「アーナンド! カミーユ様の一行がもうすぐ吊り橋付近に差し掛かるぞ!」

 叔父の言葉に、〈片目〉は落ち着いた様子で答えた。

「来ましたか。では叔父上、後方の〈左脚〉と〈左腕〉に伝令をお願い致します」

 馬上で頷くシンハに、〈片目〉は矢継ぎ早に指示を伝えた。

「〈左脚〉には周囲に霧を起こさせて視界を塞がせ、〈左腕〉には後方で近衛の動きを見張らせながら退路を断たせて下さい。叔父上は〈左脚〉と〈左腕〉への連絡が済んだ後は、〈左腕〉と共に後方の備えをお願い致します。全ての用意が整い次第、私は〈右腕〉と〈右脚〉と共にカミーユ様の一行を襲撃いたします」

「承知!」

 シンハはそう答えると、配下の者に何事かを命じて駆けさせた後、己も馬を駆けさせて走り去った。

 〈片目〉の一族の中でも最強の戦士の名である〈四肢〉の名の一つを戴く〈左脚〉は、シンハからの伝令を受けると、かねてより用意していた魔法陣に魔力を迸らせ、幾つもの呪文を唱えた。その詠唱が終わるやいなや、魔法陣より霧が発生し、瞬く間に周囲は濃霧に包まれた。

 近衛兵を指揮するランヌ将軍より何事か指示が下されているのであろう。カミーユ護衛の近衛兵達は、この濃霧に紛れ、はぐれたふりを装ってカミーユの一行から離れていった。そして、その様子を後方に待機して監視していたシンハと〈左腕〉より、カミーユ護衛の近衛兵離脱の報が〈片目〉に届けられた。

 やがて、濃霧の中でもその人数を確認できるほど、カミーユの一行が〈片目〉達の待ち伏せる付近にまで近づいてきていた。

 護衛の人数は十二名。カミーユの馬車の前方に六名、左右にそれぞれ三名ずつ。板金鎧でその身を固める近衛とは違い、カミーユ護衛の者は全員肩当の付いた白銀の胸甲を身に付け、手足は肘当と膝当のついた革の手袋と長靴を履いていた。

 流石にイディオタ伯配下の者達だけあって、全員がかなりの使い手の様だった。しかし、前方の中央にいる指揮官らしき黒髪の男だけは、その仕草や躯に漲り溢れ出す闘気から他の者とは別格に思われた。恐らくその男が、イディオタの三高弟の一人である〈刀鍛冶〉であろう。

(あれがイディオタ伯の高弟の一人、〈刀鍛冶〉か……)

(弟子に勝てぬようでは、イディオタ伯と戦うなど到底叶わぬ仕儀ぞ)

(分かっている)

 〈片目〉は、バソキヤへの返事を何度も胸の内で繰り返していた。

(では。参るか……)

 〈片目〉は傍らに控える〈右腕〉と〈右脚〉に、最後の確認の声をかけた。

「手筈通り、まずは俺が正面に出る。〈右腕〉はカミーユ様の左側の護衛を、〈右脚〉は右側の護衛を始末しろ。退路は絶っている故、王子は後にして護衛をまずは始末する。抜かるなよ!」

「ははっ!」

 さすがは〈片目〉の一族の中でも、屈指の実力を誇る者達であった。手練の護衛が護るカミーユ暗殺を前に、怯みも恐れも、ましてや少しの油断もない様子であった。

 〈片目〉が腰の左右に吊した二振りの剣を抜いた。その風を切る様な鞘走りの音を合図に、三個の獣は、濃霧に紛れてカミーユ一行の前に躍り出た。

 〈右腕〉と〈右脚〉はカミーユ一行の両端の死角に位置し、その姿を霧に紛らせたのとは対象に、〈片目〉は一行の正面の、しかも目前に位置した。自然、護衛の視線はこの眼前に現れた刺客に注がれる事となった。

「見るなっ!!」

 カミーユ護衛の指揮をとる〈刀鍛冶〉の怒声が飛んだ。

(流石に気がついたか。だが遅いっ!)

 〈片目〉は〈刀鍛冶〉の怒声が護衛達に届く前に、眼帯で覆われていない方の眼、右眼に魔力を集中した。

 〈片目〉の右眼が邪悪な光りを発し、その眼を見る者の精神を断ち切った。

 そこに、左右の死角に隠れていた〈右腕〉と〈右脚〉が放った無数の短刀が飛来した。短刀には極めて即効性の高い致死毒が塗られていたが、その毒は意味を成さなかった。

〈右腕〉と〈右脚〉が放った短刀は、〈片目〉の邪眼によって精神を断ち切られ放心状態にある護衛達の眉間を寸分違わず貫いたからである。

 しかし、〈刀鍛冶〉と護衛兵のうちの五名は、〈片目〉の邪眼に抵抗し正気を保っていた。その者達は、放たれた短刀をかわしつつ、短刀の飛んできた方向から〈右腕〉と〈右脚〉の位置を把握し、馬を降りて素早く反撃に転じていた。

「さすがはイディオタ伯の手勢……」

(感心している余裕はないぞ、お前の邪眼で始末できたのは半数だ。まだこちらの倍の人数が残っているぞ)

 バソキヤの忠告に、〈片目〉は頷きつつ、口笛によって配下の二人に合図を送った。

「刺客は三名だ! 正面は俺がやる、貴様等は左右の者を討て!」

 配下に指示をだした〈刀鍛冶〉が、馬を駆けさせて〈片目〉に迫ってきた。その右腕には、細く反身の異国造りの剣を握っている。

(アーナンド、初太刀は受けるなよ!)

(ああ!)

 〈刀鍛冶〉が人馬一体となって疾風の様に迫った瞬間、〈片目〉は邪眼に魔力を集め、〈刀鍛冶〉の馬をめがけてその邪悪な視線を放った。

 馬は嘶いて立ち上がり、騎乗者を振り落とした。かの様に見えた。

実際は馬が立ち上がる前に〈刀鍛冶〉は馬を飛び降りると、馬の陰に隠れて〈片目〉の眼帯で覆われた見えない左眼の死角より襲い掛かってきた。

「くっ!」

 〈片目〉は苛立ちの声を発しながら、左腕の剣を〈刀鍛冶〉に振り降ろす。しかし、その剣は虚しく空を切った。

(上だ!)

 バソキヤの声が〈片目〉の頭の中で響いた。

 それと同時に、唸り声の様な刃音と共に、陽光に照らされ七色に輝く異国造りの剣が、〈片目〉の頭上に打ち降ろされた。それを〈片目〉は左右の腕にもつ剣を頭上で交差させて受け止めた。

 獣が仕留めた獲物の骨を噛み砕く様な音がし、〈片目〉の頭上の剣は〈刀鍛冶〉の剣に二本共砕き折られ、そのまま頭蓋をも打ち砕かれた。


このお話から、遂に片目と刀鍛冶の戦いが、戦士の宴がまりました!


片目の中にいるバソキヤは何者なのか!?

これは五章前篇で語られることとなります。


各章の前編は、各登場人物の半生を描いているのですが、二章前篇に次いで、

五章前篇は好きなお話です^^

四章前篇もロボ好きな自分的には好きなお話ですねー。


大分と先のお話になっちゃいましたが、是非付き合って読んでやって下さい!


ブックマークして下さった方、有難うございます!

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