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戦士の宴  作者: 高橋 連
一章 後編 「シャンピニオン山の戦い 其之壱」
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刀鍛冶

【刀鍛冶】


 〈刀鍛冶〉は〈山塞〉の中庭で、己の愛刀である〈鈴音〉を眺め過ごしていた。

 刀を鞘より抜き放ち、振るでもなく手入れするでもなく、ただただ黙然とその刀身に見入っている〈刀鍛冶〉の姿は、見慣れぬ者が見たならば異様な光景に写ったであろう。だが、〈山塞〉の者達には見慣れた光景であった。

「〈刀鍛冶〉様、イディオタ様がお呼びで御座います」

 部下の声によって夢幻の彼方から現実に呼び戻された〈刀鍛冶〉は、小さく頷くと足早にイディオタの居室に向かって急いだ。

(〈鈴音〉、老師がお呼びとは何であろうな?)

(リーン……)

(そうだな、行けば分かるな)

 〈刀鍛冶〉は、心の中で愛刀の〈鈴音〉に話しかけていた。

 十数年以上前に〈鈴音〉の声――声と言って良いのかは分からないが――を、鈴の鳴り響く様な音として頭の中で聞いて以来、はっきりとした言葉ではないが、〈鈴音〉の発する音の意味を、なにとはなしに理解できる様になっていた。

 〈刀鍛冶〉はイディオタの居室の扉を叩き、イディオタの声がすると扉を開け中に入った。

「老師、お待たせ致し申し訳御座いません」

「よいよい。〈鈴音〉は喋ったか?」

「いえ、いまだ……。ただ、〈鈴音〉の鳴らす音の意味は、大分と解る様にはなりました」

「そうか、お主の資質を持ってすれば、本来ならばすぐにでも〈鈴音〉の声が聞えようものを……。心の傷ばかりは、我が術でも治せぬ故な……」

 〈刀鍛冶〉は己の不甲斐なさに悔しさを覚えた。そして、そんな自分に期待をかけ、更には気遣ってくれる師に、申し訳なく思った。

 〈刀鍛冶〉の気持ちを察したのか、イディオタが改まった態度で、用件を切り出してきた。

「お主を呼んだのは他の用事でな」

「はっ、なんなりとお申し付け下さい」

 〈刀鍛冶〉は気持ちを切り替えて、師の言葉を聞いた。

「カミーユの警護をお主に頼みたいのじゃ」

「警護とは……。何か御座いましたか?」

「先王の国葬を、エヴァンジル大聖堂にて執り行うのは知っておるな?」

「はい」

「十中八九、その道程で刺客がカミーユを襲うじゃろう……」

 カミーユ襲撃の陰謀を掴みながら、何か晴れない表情をしているイディオタの様子が腑に落ちない〈刀鍛冶〉は、その気持ちを言葉として発した。

「そこまでお分かりなら、刺客の雇い主をそれがしが始末しましょうに」

 〈刀鍛冶〉の疑問を感じたイディオタは、より暗い表情で口を開いた。

「刺客は恐らく、〈片目〉であろう」

 〈刀鍛冶〉は疑問の答えを知ると共に、それに対しての返答に窮した。なぜなら、その〈片目〉の異名で呼ばれている男は、ヴィンセントの懐刀として暗躍している男だったからである。

「そうじゃ……。刺客を差し向けてくるのはヴィンセントじゃ」

「…………」

 〈刀鍛冶〉は師の気持ちを察した。

 イディオタとヴィンセントは、共に先王に従って戦った戦友でもあり、建国後は、生き残った貴族達を押さえ、王国の礎を築かんとする盟友であったからだ。

 更には、国政を全て取り仕切り、近衛をも掌握するヴィンセントが、カミーユ暗殺を企てて王位を狙っているとなれば、それは容易ならぬ事態であった。

「儂は穏便に事をすませたいのじゃ」

 押し黙る〈刀鍛冶〉にイディオタは言葉を続けた。

「ヴィンセントの放つ刺客を始末し、ヴィンセントの野心を鎮めたいのじゃよ」

 〈刀鍛冶〉は、師に返す言葉がなかった。言うべき事は解ってはいたが、それを口に出す事は憚られた。

(一度の刺客を倒したところで、あの御方の野心が静まるであろうか……)

(リーン……)

(〈鈴音〉もそう思うか。しかし、その様な事は老師もお分かりであろうな……)

「分かっておる。それで駄目な時は、儂がヴィンセントを討ち取るわい」

 〈刀鍛冶〉の心を読んだのか、それとも己の迷いを断ち切る為か、イディオタは最後の答えを言葉にし、そして〈刀鍛冶〉に指示を与えた。

「〈刀鍛冶〉よ、お主は至急カミーユの後を追って警護の任にあたれ。言っておくが、王宮内も近衛も、すべてヴィンセントに掌握されておる事を忘れるな。念の為、給仕の支度もお主がせい」

「はっ!」

「〈片目〉はもちろん、その一族も手練揃いと聞く。お主なら間違いはないと思うが、気をつけてな」

「はっ! 承知致しました」

「それと、この書状を王城のレオナールに届けてくれ」

「わかりました。レオナールは〈山塞〉に戻らせますか?」

 〈刀鍛冶〉の言葉に、イディオタは手を振って答えた。

「その書状を届けるだけでよい。後はレオナールが己で考えるであろう」

 師の命を受けた〈刀鍛冶〉は、カミーユの後を急ぎ追うべく、イディオタの元を去ろうとした。

「老師、では私はこれにて。急ぎ用意仕ります」

「あと、これをカミーユに渡してくれ」

 師から手渡された物をみて、〈刀鍛冶〉は師の考えを察した。

「念の為じゃ。気を悪くせんでくれよ」

「ははは、お気になさらず。では!」

 〈刀鍛冶〉は明るく笑い、師の元を辞した。

(リーン……)

(解っている。老師があれほど念をいれるのは、刺客が手強いという事だろう)

(リーン……リーン……)

(ああ、頼んだぞ、〈鈴音〉)

 〈刀鍛冶〉は師の密命を受け、手勢の部下を率いて急ぎカミーユの後を追った。その腰には、陽光を受けて燦然と輝く一振りの大刀が提げられていた。


みなさん、こんばんは!


この一章後編から、レンヤは「刀鍛冶」という異名で呼ばれます。


これは、英雄王アルベールが戦乱を鎮め新王朝を打ち立てた戦いの中で、畏怖を込めて敵味方から呼ばれた異名です。


イディオタの三人の高弟は、それぞれ異名で呼ばれています。


お話が進むとでてくるので、是非読んでやって下さい。

宜しくお願いします!


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