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戦士の宴  作者: 高橋 連
一章 後編 「シャンピニオン山の戦い 其之壱」
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片目

【片目】


 〈片目〉は鍛え抜かれた褐色の体に簡素な革鎧を纏い、左目の眼帯を隠す様に頭巾を深く被りながら、隻腕の男と共に馬を駆けさせていた。

ヴィンセントの急ぎの呼び出しにより、王城ではなく、王城の近辺に建てられているヴィンセントの館へと向かっていたのである。

幼き頃に両親を殺され祖国を追われた〈片目〉は、一族を率いて安寧の地を求め、長きに渡り各国を放浪し苦難の旅を続けてきた。

その間には、一族を率いて戦場で傭兵として戦い生活の糧を得る事もあれば、一族を護り生き残る為に人に言えぬ汚い仕事に手を汚した事もあった。そうして、いつしか傭兵集団として一族の勇名は高まり、その棟梁のアーナンドも〈片目〉の異名で恐れられる様になっていた。

 そんな苦難の旅も、このフランカ王国の地でヴィンセントという優れた主君に巡り会い、終わる事となった。〈片目〉とその一族は、やっと地に根をおろす事が出来たのだ。

それ以来、異国の者である自分達に住む土地を与え一族を救ってくれたヴィンセントの度量に〈片目〉は心服し、絶対の忠誠を誓っていた。

〈片目〉がその様な事を何とはなく想い出していると、共に馬を駆けさせている隻腕の男が声をかけてきた。

「アーナンドよ、ヴィンセント殿下の急ぎの呼び出しとは、一体何事であろうな?」

 その男は、齢六十は超えようという年齢だったが、その引き締まった体と鋭い眼光からは、老いというものは微塵も感じられなかった。

「叔父上はいつも心配性ですな。きっと前国王陛下の国葬の警護の件でございましょう」

「しかし、内密にしかも火急のお召しとは、ただ事ならぬと推察するが……」

 共に馬を並べるシンハは亡き父の弟で、〈片目〉が幼き頃より後見人として〈片目〉に仕え、更には文武の師でもあった。それ故、余人の居らぬ場所では砕けた口調で話していた。

「あの御方は、その器に水を満たす事を欲してはおりません。前国王陛下の急な崩御があっても、国内はあの御方のおかげで何事もなく治まっております。なんにせよ大した件ではありますまい」

(あの御方が何事かを思って下さる方が、よほど良いのだが……)

「さあ、思い悩んでも始まりますまい。急ぎましょう」

 〈片目〉はちらりと浮かんだ思いを打ち消すように首を振り、我が身と一族を案じてくれるシンハの気持ちを安心させようと、明るい声でそう言って馬を駆けさせた。

 〈片目〉とシンハは、ヴィンセントの館に着くと正面門ではなく裏口の通用門にまわった。何事か指示されているのであろう、一切誰何される事なく、館内に入り、押し黙ったままの侍従に案内されてヴィンセントの居室へと通された。

 案内の者が扉を叩くと、大柄な男が扉を開けた。そして、〈片目〉達が中にはいると、ヴィンセントに一礼し、先程〈片目〉達を案内した者に先導されて退がっていった。

 粗末な服に頭巾つきの外套を羽織り、頭巾を深く被ってはいたが、その腰に提げた得物の拵えは、装飾と実用面と共に、市井の者が買える様な値の物ではなかった。

「今の方は近衛の……」

 シンハはそう言いかけて、〈片目〉の視線に気づいて口をつぐんだ。

「アーナンドよ、急に呼んで悪かったな」

「棟梁、私は外にて……」

 シンハが室内の雰囲気を察して外に退がろうとした時、ヴィンセントが笑いながら〈片目〉とシンハに声をかけた。

「はははは。シンハ、お主にも同席して貰おう。余が信頼するアーナンドが心許す者ならば、余が心を許すになんの問題があろうぞ」

 それは、王弟であり、ましてや一国の宰相を務める大貴族の態度ではなかった。

 出自は貧しい農民であり、若き頃より兵達と共に幾多の戦場を駆け巡ったヴィンセントにとって、身分など何程の物でもないのであろう。しかし、人臣位を極めて十数年たったとてそれが変わる事がない所に、自分を含めた多くの将兵や民達がこの男を慕う所以があるのだろうと、〈片目〉は今更ながらに感じていた。

「殿下がああ仰って下さっておる」

「はっ」

 シンハは〈片目〉の後ろに控えた。

「アーナンドよ、余と共に汚れてくれぬか……」

 ヴィンセントは気さくな態度のままであったが、なにか決意を感じさせる声音で、〈片目〉達に話し始めた。

 ヴィンセントの話しが終わったあと、それぞれの態度と心情は三者三様であった。

 シンハは沈痛な表情を浮かべながら押し黙っており、〈片目〉は満面の笑みを浮かべていた。そして、ヴィンセントは普段と変わりなく見えたが、その瞳には熱くたぎる何かが燃えていた。

「殿下、共に汚れる事はお断り申します!」

 〈片目〉の答えに、ヴィンセントが驚く間もなく、さらに〈片目〉の声が飛んだ。

「泥被りは我らが務め。慣れぬ事にご同行されては甚だ迷惑仕ります」

 その〈片目〉の言葉に、ヴィンセントは瞳を閉じて只一言だけ口にした。

「すまぬな……」

「国家安寧の責を負うが殿下の務め。それに比べれば何ほどの事が有りましょうや。では、我らは準備があります故、これにて……」

 ヴィンセントは深く頷き、〈片目〉達を見送った。そして、〈片目〉達は最初と同様に、通用門から誰何される事なく館を辞した。

「アーナンドよ、あの様な事に手を貸して良いのか……。バソキヤ様はなんと?」

 シンハは息子の様に、それ以上に想う主君の事を心配していた。

「叔父上、俺の我侭をお許し下さい。俺はあの御方と共に夢を見たいのです。バソキヤも賛成してくれております。それに、これは必ず一族の為にもなりましょう!」

 シンハは〈片目〉の言葉を聞くと、全ての懸念を吐き出す様に溜息をついて口を開いた。

「それならばもう何も言うまい……。我らは、棟梁と共に歩むのだ」

 〈片目〉の決意に、シンハの口調も自然と変わっていた。

「叔父上、奴らを急ぎ呼び戻して下さい。これよりは忙しくなりましょう……」

 〈片目〉は空をぼんやりと眺めながら、一族の行く末以外に、己の魂が揺さぶられる物を見つけた喜びに打ち震えていた。

(アーナンドよ、やっとお主が世に出る時がきたようだな)

 〈片目〉の頭の中で、何者かの声が響いた。

(バソキヤ、一族が世にでるのだ。やっとな!)

(だがお前は、あのヴィンセントという人間の男が、野心に目覚めた事の方が嬉しそうだが……)

 バソキヤと呼ばれた者は、〈片目〉の喜びを不思議そうに感じていた。〈片目〉はこれまで、己を捨てて、一族の行く末のみを背負って生きてきたし、それこそが己の運命と定めていたからだった。

 だが、バソキヤは、〈片目〉が棟梁の義務からではなく、ましてや己の野心からでもなく、夢と言って良いかは解らぬが、それらとは違うものに魂を振るわせている事が嬉しそうだった。

(あの御方が、やっと掴む気になったのだ! その器に相応しい生き方を!)

(そうか、まるで子供の様じゃな。はっはっはっは)

 それにつられるように、〈片目〉も声をだして笑っていた。

「はははははっ、はっはっはっははははは!」


このお話では、ヴィンセントの懐刀として暗躍している「片目」の異名で呼ばれる男が登場します。


彼の半生は苦難に満ちたもので、それは五章の前半で語られます。


大分と先ですね^-^


どうかこの先も宜しくお願いします!



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