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戦士の宴  作者: 高橋 連
一章 後編 「シャンピニオン山の戦い 其之壱」
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イディオタ

【イディオタ】


 王都北方に標高は然程では無いが険峻で知られたシャンピニオン山があり、その頂にはイディオタの居城であるグロワール城が聳え立っていた。

 イディオタは先の戦乱で、放浪の戦士でしかなかったアルベール王につき従い、数々の戦いに功を上げて現王朝の礎を築き、現在は宮廷魔導師の長の職にあった。

 〈栄光〉の名を冠するこの城は、そのイディオタの功に報いる為にアルベール王が古代遺跡の上に建てた城であった。

グロワール城の構えはそれ程大きくは無かったが、造りはその名に恥じぬ贅を凝らした立派な物であった。しかも、グロワール城が聳え立つシャンピニオン山の険しさによってこの城は難攻不落の山城と化していた。

しかし、イディオタはその栄光の名に恥じぬ城を、ただ〈山塞〉とのみ呼び、先の大戦を共に戦った配下を率いて居を構え、周辺諸国や不平貴族達に睨みを利かせていた。

 その〈山塞〉に戻っていたイディオタを、王太子カミーユが忍びで訪れた。

 カミーユはイディオタに弟子入りして以来、己を一個の戦士として捉えており、今もいつもの様に、飾り気は無いが丁寧になめして作られた丈夫な革鎧に身を包み、腰には細身の剣を提げていた。

しかし、カミーユがイディオタに弟子入りして修練しているのは魔導の術であり、己を戦士と呼ぶよりは魔導師と呼ぶほうが本当は正しいであろう。

だが、カミーユはイディオタや兄弟子達が常々口にしている、「戦士とは戦う者を言うのではない。戦う勇気と戦う力、それらを共に有する者を戦士と呼ぶのだ」という言葉をその胸に刻んでいた。

 だからこそ、父の意志を継ぎ、民の為に戦う意志と力をその身に宿さんとするカミーユは、己を戦士と定め、常にその様な出で立ちで行動していたのである。ただ、カミーユの容貌は父であるアルベール王ではなく、今は亡き王妃に似て金髪碧眼の華奢な体つきであった。しかも未だ十代半ばのカミーユがその様な出で立ちをしていては、到底戦士には見えなかったが。

 イディオタはカミーユからヴィンセントとの話を聞き、押し黙っていた。

「叔父上はイディオタ様から何か聞いていないかと仰っていました。イディオタ様もやはり私の考えは甘いとお考えでしょうか?」

 イディオタは重い口を開いた。

「カミーユよ、お主は次期国王として、国政を長きに渡って支え治めてきた宰相である叔父の考えより、己の考えが正しいと思っているか?」

「はい。私は叔父上に比べ、確かに才乏しく未熟者ではございますが、こればかりは己が間違っているとは思えません」

 カミーユは静かだが強い意志を感じさせる声音ではっきりと答えた。

「ならば何も言うまい……。儂はお主を支えるだけじゃ」

 師の言葉に、年若き時期国王は、澄んだ瞳を輝かせて礼をのべ、イディオタの居城の〈山塞〉をあとにした。

(ヴィンセントよ、覇道を行くか……。すまぬが、儂にはアルベールとの約束があるでな。王太子としてではなく、友人の忘れ形見として守るという約束がな……)

 イディオタはヴィンセントの心に芽吹いた野心を感じ取っていた。しかし、イディオタはそれを責める気にはなれなかった。

 イディオタがアルベールではなく、先にヴィンセントに出会っていたら、彼こそを王として支えたであろうし、ヴィンセントはその野心に相応しい理想も能力も持っていた。

王としてなら、アルベールよりも優れているとさえイディオタはヴィンセントを評価していた。王とは慈母であると共に、厳父であらねばならない。アルベールにはそれが欠けていた。

 おそらく、廷臣の大半も、そういったヴィンセントの英器に惹かれているのであろう。

(だがカミーユなら、その甘っちょろい理想を成し遂げるやもしれん。その器に賭ける気にはなれなんだか……。それも致し方あるまい……)

「誰ぞ、〈刀鍛冶〉を呼んでまいれ」

 イディオタは部下にそう命じると、高弟の一人である〈刀鍛冶〉を呼びにやらせた。

しばらくして姿を現した弟子に、イディオタは何事かを命じたあと、魔導兵器開発の為に兵部省に出仕している弟子の一人、レオナール宛の書状を託し、カミーユの後を追わせた。


今回のお話で、有能な王弟と、若き王太子との衝突が描かれています。


これから物語は熱き戦い、「戦士の宴」へと突き進んでいくので、是非宜しくお願い致します!


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