イディオタ
【イディオタ】
イディオタの前をアルベールが歩きながら、二人は街の外れの森へと移動していた。
(〈アルファ〉よ、今後ろから襲えば楽勝なんじゃないか?)
(お前は本当に最低だな……。俺の見る限りアルベールという男は尊敬できる男の様に思うぞ。命を取るならせめて正々堂々とやれよ)
(ぬぅ。あいつかなりやりそうだからのぅ……)
(お前に勝てる人間が居るとも思えんがな)
(当たり前じゃ! 儂が負けるわけなかろう!)
(じゃあ、不意打ちする必要はないだろうが)
(負けずとも、斬られて痛い目に遭うのは嫌なんじゃよ……)
(…………)
(じょ、冗談じゃよ!)
(じゃあ、ちゃんと声を掛けてから始めろよ)
(分かっとるわい!)
イディオタは〈アルファ〉に諭されて、渋々だったがアルベールの背中に向かって声を掛けた。
「そろそろ始めても良いかのう?」
二人は森の奥深くに入っており、ここならば激しく戦おうとも人に出会って迷惑を掛ける事もないと思われた。
「ああ、いつでも良いよ。黙って後ろから来るかと思ったが、あんた良い奴だな」
「後ろから襲わねば勝てぬ相手なら、躊躇なく不意打ちするわい。儂を見くびるなよ!」
(何を言ってやがる。さっきまで後ろから襲おうとしていたくせに。この阿呆が)
(〈アルファ〉、お前は本当に意地が悪いのぅ。お前は儂と融合している〈賢者の石〉だろう。もうちょっと優しくしてもええじゃろうが!)
イディオタの言葉に、〈賢者の石〉の〈アルファ〉は冷ややかな口調で答えた。
(〈賢者の石〉の機能は、融合者の補助だ。だから俺はお前の僅かしかない常識を補ってやっているのだろうが)
(ぬぬぅ!)
〈アルファ〉の罵倒で怒りに震えるイディオタに、アルベールは自分が怒らせたと勘違いしたのか、笑顔ですまなさそうに謝ってきた。
「ははは。そうか、それはすまなかった。それより、やはり止めには出来ないかな?」
「出来ぬ!」
アルベールは穏やかな笑顔で更に尋ねてきた。
「それなら、せめて俺の命を狙う理由だけでも教えてくれないか」
イディオタはしばし考え込んだ。
(イディオタよ、あいつの言う通りだ。理由くらい話してやれよ。信じる信じないは別として、命を奪われる奴には聞く権利があると思うが)
(そうじゃな……。人一人の命を奪うんじゃからな……)
イディオタは近くの倒木に腰をかけ、アルベールに話し始めた。
「数百年前、南部の街が火山の噴火で壊滅した話は知っとるか?」
「いや……」
「そうか、ならば南部のリスボ火山は知っとるな?」
「ああ、知っているよ。あの火山のせいであの付近一帯は人も住めない不毛地帯になっているとこだろ」
イディオタは頷きながら言葉を続けた。
「あの付近一帯は、数百年前は豊かな穀倉地帯で、人も大勢住んでおったんじゃ」
「その豊かな地が、火山の噴火で壊滅したって言うのかい?」
「いや、本当は火山の噴火ではなく、ある狂った魔導師が放った呪文で街は壊滅し、付近のリスボ火山までその影響で活性化して不毛の地となってしまったんじゃ」
アルベールは訝しげにイディオタに尋ねた。
「初耳だな……。それで、それと俺が命を狙われるのとどういう関係があるんだい?」
イディオタはアルベールの訝しげな様子を見て、このまま話を続けると己が狂人扱いされるのではないかと思い、〈賢者の石〉の〈アルファ〉に相談した。
(こやつ信じるかな?)
(いや、信じないだろうな。しかも、お前を狂人扱いするだろうな)
(やっぱりそうか!)
(それでもイディオタよ、きちんと話してやれよ)
(あぁ、そうじゃな……)
イディオタは真剣な眼差しで、続きを語りだした。
「まあ、黙って聞け。その魔導師はなんとか討ち取られたが、討たれる間際に古代の秘術で魂を転生させたんじゃよ」
「古代の秘術? 魂を転生?」
イディオタは話すたびに口を挟むアルベールに怒鳴った。
「黙って聞けと言うのが分からんのか!」
しかしアルベールは、それでも尋ね返してきた。
「聞いた事も無い魔術だな。まるでおとぎ話の中に出てくる魔術の様だ……。だが、そんな凄い呪文を使う魔導師を一体誰が倒したんだい?」
アルベールの言葉に苛立ったイディオタは、〈アルファ〉に愚痴った。
(こやつ鈍いのぅ! 少しは察しろっちゅうんじゃ!)
(ぐだぐだ言わずに続きを話せよ)
〈アルファ〉になだめられたイディオタは、苛立ちながらも続きを話した。
「魔導師を倒したのは儂じゃ! それで魔導師は死ぬ間際に、さっき話した魂を転生させる古代の秘術で逃げたのじゃよ」
「…………」
アルベールは、イディオタの言葉に言い返すのをやめて沈黙していたが、その顔には呆れた様子がありありと浮かんでいた。イディオタはそれを無視して話を続けた。
「その魂がお主の中に転生しとるんじゃよ! それでその魔導師の魂が完全に覚醒してお主の魂を乗っ取る前に、お主を殺して魔導師の復活を阻止する為に儂がやってきたのじゃ。だから、すまぬがお主には死んでもらう」
「えっと。話をまとめると、あんたは数百年前に悪い魔導師を倒し、そいつがまた俺の中で復活しそうだから、その前に俺を殺して悪い魔導師の復活を阻止するという事かい?」
アルベールは呆れ果てたを通りこし、イディオタを哀れむかの様だった。
(こやつ、儂を妄想で狂っとると思っとるぞ。ぐぬぬぅ!)
(まあ、こんな薄汚れた小男が数百年前の魔導師がどうとか言いだせば、普通はそう思うだろうな。もういいだろう。こんな嫌な事はさっさと済ませようぜ)
(あぁ、そうじゃな)
「信じる信じないはお主の勝手じゃ。命を絶たれるお主からすれば納得できる話ではなかろう。しかし、こればかりはやめるわけにはいかぬのじゃ。恨むなら儂を恨め」
そう言うと、イディオタは揺らめく様に立ち上がり、右の掌から眩く輝く剣を出現させて構えると地を蹴って後ろに飛んだ。そうして距離を取りながら、左手を虚空に翳して何かを口ずさみ始めた。