イディオタ
【イディオタ】
イディオタは、若者の瞳によぎった感情を見逃さなかった。
「おい若造よ。名は何という」
イディオタの問いに、若者はこの国の言葉にまだ慣れぬのか、少しぎこちない口調で答えた。
「レンヤ……」
「レンヤか、変わった名だのう。東の果ての海を渡って来たのか?」
「は……い……」
(イディオタ、この若者を許してやる気になったのか?)
(違うわい。こやつ、己の得物がもう少し業物ならば、儂に一太刀浴びせられたものをと思っている様なのでな……)
(それが許せないってか? お前は本当に凄い様で凄く無いな)
(うるさいわい!)
「レンヤよ、貴様、己の剣が自分の力に耐え得る物で有れば、儂に勝てぬまでも、一太刀位はと思っておるじゃろう!」
「己の得物を揃える事も……武人の力量と心得ます……。老師に私は遠く……及びません……」
素直に己の力量の無さを認め、負けを認めたかの様な口ぶりだが、若者はイディオタの言葉を決して否定はしなかった。それが、イディオタの心を波立てた。
「ぬぅ! 厚かましくもまだ言い張るか。よかろう。儂の剣を貸してやる。今一度掛かってこよ!」
そう言うと、イディオタは手に持っていた光輝く剣をレンヤの足元の大地に投げ刺した。
イディオタがレンヤに渡した剣は、七色の虹の様に輝き、何色かと問われれば、視る者によってその答えは変わるほど、不可思議な光を纏った宝剣であった。
(おい、良いのか? あの剣は……お前……。それに、今まではレンヤとかいう若者の力に剣が耐えきれない為、剣を気遣って本気を出せていなかっただろうが、あの剣をもったら全力でくるぞ。片腕のままで大丈夫なのか?)
〈アルファ〉の忠告に、イディオタは余計むきになった。
(儂が負けるわけが無かろう!)
「老師、お借りします……」
そう言って、レンヤは死力振り絞って立ち上がると、地に刺さるイディオタの投げた剣を掴みぬいた。そして、今までとは格段に質の違う闘気を漲らせて剣を構えた。




