ユィン
【ユィン】
ユィンが麓の村へと続く裏道を駆け下り、木々が薄れて裾野の広がりと沈む夕日がその目に映った時、視界の端に手を振る若者の姿が入った。
ユィンの顔に、笑みが浮かんだ。
(おい、ユィン。これからカミーユと一緒に旅をするのか?)
ユィンの頭の中で問いかける〈賢者の石〉の〈オメガ〉に、ユィンは笑顔で答えた。
(ああ。そのつもりだ。勿論、カミーユが嫌でなければだがな)
そのユィンの答えに、〈オメガ〉は更に問いを重ねた。
(それは、イディオタがお前に遺言としてカミーユの事を託したからか?)
(当然それもある。老師は俺を庇って命を落とされたのだ……。その老師が、最後に俺に託された事を成し遂げねば老師に面目が立たぬ。だが、俺はあの若者が好きなのだ。アーナンドと戦う前の僅かな時間話しただけだが、あの若者の笑顔や瞳には、何物も混じっていない誠心がある。だから、俺はカミーユと共に旅をしたいのだ)
〈オメガ〉はその答えを聞いて、何事か思案しているのか、暫しの沈黙の後、口を開いた。
(そうか。お前がそう思うなら俺もカミーユと共に旅をするのは良いと思う。だがな、そうであるなら、お前は己の全てをカミーユに話さねばならんぞ。変化した姿も含めてお前自身なのだからな)
気重な口調で話す〈オメガ〉に対し、ユィンは溌剌とした笑い声を上げながら、カミーユに向かってその足を速めた。そして、落ち着いた様子で〈オメガ〉に答えた。
(俺は〈銀の槍〉や老師、アーナンドとの戦いで多くの事を学んだよ。どんな姿であろうと、醜くもがこうと、己自身と戦い前に進むしか道は無いんだ。そして、それが生きるって事だってな……。化け物の姿でしか成しえない事もきっとある筈だ。だから、俺はもう己に眼を背けない)
(はっはっはっはっはっは。お前は大馬鹿だ。飛び切りの大馬鹿野郎だ。だが、それが良い)
〈オメガ〉の笑いに、ユィンも声を出して共に笑った。
「はっははははははははは」
その時には、ユィンはカミーユの所まで駆け終えていた。
「ユィン兄さん、何が可笑しいのですか?」
ユィンはカミーユの言葉に、もう一度笑うと、その顔に笑みを浮かべながら、カミーユに話し始めた。
「カミーユ、俺と一緒に旅をしないか?」
ユィンのその言葉に、カミーユは興奮した様子で口を開いた。
「はい! 是非ご一緒させて下さい! って言うか、私を置いて行くつもりだったのですか? 私はユィン兄さんから離れませんよ!」
ユィンはその言葉を聞くと、もう一度笑いながら言葉を続けた。
「はははは。そうか、俺もカミーユと旅が出来るなら嬉しいよ。だがその前に、お前に話しておく事があるんだ」
ユィンはそう言いながら、おもむろに衣服を脱ぎ始めた。それを見たカミーユは、慌てて言葉を吐き出した。
「ま、待って下さい! ユィン兄さん、私は兄さんの事を本当の兄と思って慕っていますし、家族だと勝手に思っていますが……。その、何と言うか、私はその……、その様な趣味は無くてですね……あの……」
「はははははははは! 何を言い出すかと思えば。いや、そうだな、突然話があるといって服を脱ぎ始めた俺が悪かったな。違うんだ、安心してくれ。カミーユ、共に旅立つ前に、お前には俺の本当の姿を見せて話しをしておかなくてはならないと思ってな……。姿を変えると、服が破けてしまうから脱いだだけなんだ」
ユィンの言葉を聞いたカミーユは、笑顔で話している筈のユィンにどこか悲しげな様子がある事に気付いたのか、何か言おうと口を開きかけた。しかし、ユィンはそれを遮ると、落ち着いた口調で語り始めた。
「カミーユ、俺は遠い東の国で生まれたんだ。親も知らず、ましてや自分が何者か、人間かさえ分からないんだ。いや、分からなかったんだ」
「分からなかった?」
「ああ、今日まではな。今日、老師やその他の強敵との戦いの中で、俺は分かったんだ。人間か化け物か、それは俺を見る者が感じ、判断して決めればいい。だが、誰が何を言おうと、俺は俺なんだ。だから、兄弟として共に旅する前に、お前に知っておいて欲しかったんだ。ユィンという俺の事を……」
ユィンはそう言い終えると、全身の魔力と闘気を爆発させてそれらを練り合わす様に全身を駆け巡らせた。それと共に、ユィンの全身から凄まじい圧力と禍々しさをもった闘気が溢れだし、それはやがて闇夜をも包み込む程に黒い闘気へと変化しながら、ユィンの体を覆い隠していった。
「ユィン兄さん!?」
カミーユの声と同時に、ユィンを覆い隠した漆黒の闘気が霧散し、その中から黒い巨人、いや魔人と形容した方が相応しい異形の戦士が姿を現した。
身の丈はカミーユの二倍以上もあり、その全身は先程ユィンを包み込んだ闘気以上に黒い輝きを放つ漆黒の鎧に覆われ、手足には巨大な獣をも一撃で屠れるであろう程の大きさの爪が生え、頭部にも巨大な角が五本聳えていた。
まさしく、地獄より舞い降りた魔人としか形容出来ぬ禍々しさと、溢れる出る力強さを放つ異形の姿であった。
ユィンは鋭い牙の生えた口を開き、呆然と見つめるカミーユに話しかけた。
「これが俺の本当の姿だ。もし、恐ろしければ共に旅をせずとも良いんだ。こんな姿の奴が目の前に現れたら、俺だって逃げ出したくなるからな。はっはっはっはっはっは!」
努めて明るく笑うユィンに、突然カミーユも笑い出した。
「はははははは! なんだ、イディオタ様と同じ姿じゃないですか。化け物とか何とかいうからどんな姿に変わるのかと思いましたが。ユィン兄さんは大袈裟だな」
「え……? イディオタ様の変化した姿を見た事があるのか?」
あっけらかんと話すカミーユの言葉に、逆に驚きながらもユィンはカミーユに問い返した。
「ええ、修行中に何度か拝見しました。大分と前なので細かくは覚えていませんが……。少しユィン兄さんとは違う部分もあった様な気もしますが、変身する時の闘気の様子も、変身後の姿も、イディオタ様と同じですね」
カミーユの言葉に、ユィンは暫し呆然としていた。そして気を取り直すと、激しく〈オメガ〉を責めた。
(おい! 〈オメガ〉! お前はカミーユが老師の変身した姿を見た事があるのを知っていたんだろう)
(ああ、当たり前だろ。俺はずっとイディオタの中に居たのだからな)
悪びれずに話す〈オメガ〉に、ユィンは更に語気を強めて怒鳴った。
(じゃあ、さっきはなんであんなに思い詰めた様子で、変化した姿を見せる話をしたんだよ!)
怒るユィンに、〈オメガ〉は鼻で笑いながら答えた。
(ふん、それはお前がまだうじうじと思い悩んでいないか試したんだよ! それに、だから俺は言っただろうが)
(何を言ったっていうんだ?)
(お前は大馬鹿野郎だってな!)
沈黙を続けるユィンの様子を心配したカミーユが口を開いた。
「ユィン兄さん、大丈夫ですか?」
その言葉に、我を取り戻したのか、ユィンは気持ちを落ち着けると、変化を解いて人型に戻ってカミーユに答えた。
「ああ、大丈夫だ。そうか、知っていたなら良いんだ……。なんか、大層に話した自分が恥ずかしいな……」
(何を言ってやがる。汚い一物をぶら下げて突っ立っている方がよっぽど恥ずかしいぞ!)
「ふう……」
ユィンは大きく溜息をつきながら、先程脱ぎ捨てた衣服を身に着けはじめた。
「ユィン兄さん、大丈夫ですか……?」
その様子を心配するカミーユの視線に気がついたユィンは、慌てて衣服を着け終えて答えた。
「ああ、大丈夫だ! では、行こうか」
カミーユはユィンのその言葉に、大きな声で答えた。
「はい! でも、何処へ向かうのですか?」
ユィンは己の衣服を見つめて暫し考えると、真っ直ぐに腕を伸ばして南の方角を指差した。
「北は寒そうだし、南へ行こう! きっと南の国々は暖かいぞ!」
「はい!」
「〈オメガ〉、南で良いか?」
ユィンは〈オメガ〉に、カミーユにも聞えるように声に出して問いかけた。
(ああ、お前等の好きな所に行けばいいさ)
「よし、では南の果てを目指していざ進まん!」
「はい!」
何も考えの無い様子のユィンと、それに嬉々として従うカミーユの姿をみた〈オメガ〉は、溜息混じりに呟いた。
(はあ……。大馬鹿と馬鹿二人のお守りか。まあ、〈イプシロン〉も居るし、何とかなるか……)
こうして、ユィンは様々な強敵と戦い、繋がり、生きるという事を学んだ。そして、新たな温もりに出遭い、新たな道を歩き出した。
戦士の宴、これにて終了です。
読んで下さった皆様、いかがでしたでしょうか。
ブックマークして下さった皆様、本当に有難うございました!
また何か連載することがあれば、宜しくお願い致します。
最後に、いつも感想やレビューを下さった上野文さん、感謝です!
上野さんの七鍵シリーズはSFと魔法の合わさった様な複雑で広大な世界観と、強者も弱者も、共に死力を尽くして戦い生き抜く様が熱いお話です。
読んだことが無い方は是非ご一読ください!
色々シリーズがあるので、お好みな物をチョイスして読み始めればよいかと思います^^
ではまたです^p^




