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戦士の宴  作者: 高橋 連
終章 「宴の終わり」
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ヴィンセント

【ヴィンセント】


 先王と世継ぎである王太子の相次ぐ死や、イディオタ伯の叛乱に乗じて不穏な動きを見せる貴族達もいたが、驚異的な速度と圧倒的な軍事力でイディオタ伯の叛乱を討伐したヴィンセントは、その軍事力を背景に貴族達を黙らせた。そして、王都において即位の儀を執り行い、フランカ王国第二代国王、ヴィンセント一世として即位した。

 国王となったヴィンセントは、名実共にフランカ王国の最高権力者となったのである。

 ヴィンセントの即位式の夜には、国中の貴族や王国に仕える官僚達が参列し、大いに賑わった宴となった。それは、ヴィンセントが国内を完全に掌握した事を内外に示す示威行動でもあった。

 貴族共はヴィンセントの握る近衛軍――特にイディオタ伯討伐戦で見せた〈騎操兵〉――の力を恐れ一時と言えどその不穏な蠢動を止め、官僚達はヴィンセントの類稀な指導力に王国の安定を確信してその幕下に参じた。更には、民の人気が高かったカミーユの仇を討ったと言う事を巧みに宣伝し、ヴィンセントは国民の人心掌握にも成功した。

こうして、先王の死から続いた動乱はすぐに収束し、国内は元より周辺諸国も動く隙を見つけられず、ヴィンセントの即位を認めるしかなかった。


 ヴィンセントの盛大な即位式を終えてから十数日程経ったある日の夜更け、王宮の上空を一羽の烏が飛翔していた。

その烏は、闇夜の中でも眼が見えるかの如く王宮の上空を幾度か旋回したあと、迷う事無くヴィンセントの寝室に大きく羽ばたきながら舞い降りた。だが、不思議と物音一つ立たなかった。

 しかし、ヴィンセントはその気配を見逃さなかった。ヴィンセントは寝台から起き上がると、衣服を整えながら近くの椅子へと腰掛け、烏に向かって口を開いた。

「やはりご無事でおいでだったのですね、イディオタ老様。貴方が死ぬなどと言う事があり得るとは思ってはいませんでしたが、余りにお越しにならないので、もしやと心配致しました。私の読みではもう少し早くお越しになると思っておりましたが……」

 ヴィンセントにそう言われた烏は、暗闇の中でその大きさを変え、やがて姿までをも変えると、一人の老人が姿を現した。ヴィンセントはそれに驚く様子もなく、更に言葉を続けた。

「イディオタ老様、ここにお出でになる途中、宮廷内の護衛や近侍の者達は如何致しました?」

 イディオタはその問いに、鋭い眼光を放ちながら答えた。

「儂の弟子や部下達を攻め立てながら、己の配下の身が無事で済むと思うてか?」

「イディオタ老様、私の罪と配下の者達は係わりは御座いません」

 そのヴィンセントの言葉を遮って、イディオタが口を開いた。

「わかっておる! 空から眠りの呪文を唱えて暫し深い眠りに落としただけじゃ。安心せい」

「そうですか。ありがとう御座います。では、イディオタ老様、はじめますか……」

 ヴィンセントはそう言うと、暗闇の中で瞳を閉じた。元より先の大戦でイディオタの力は十二分に知っていた。恐らくこの世の如何なる使い手であろうと、イディオタを一対一で斃せる人間など居ないであろうとヴィンセントは思っていた。

ましてや、如何に鍛えられた精鋭と言えど、近衛の兵にイディオタが討たれるわけがなかった。なれば、イディオタの居城を落とそうが、イディオタ本人を止められぬ限り、ヴィンセントはいずれイディオタの手によって殺されると踏んでいた。

 しかし、それでも、ヴィンセントは動かずには居られなかった。兄である先王アルベールと、イディオタと、三人で苦しむ民を救う為に幾多の激戦を戦い抜き、不完全ながらも旧王家や旧貴族の勢力を排除して新たな王国を建国したのだ。

 それを、甘い理想に走ったカミーユによって打ち砕かれるのは、死よりも耐えられなかった。故に、ヴィンセントは初めて勝算なき戦いにその身を投じたのだ。ヴィンセントの読み通り兵の戦いには勝ったが、イディオタの手がいまその身に伸び様としていた。

「ヴィンセントよ。そなたらしくない手筈であったな。お主ならどんな事があろうと、最後に儂の手が伸びる事を予測しておっただろうに。勝ちの無い手でくるとは……」

 ヴィンセントは死を前にして動じる事無く、イディオタの言葉に応じた。

「イディオタ老様、それは違います。私はこの戦いに勝ちました。この戦いの目的は私が王になる事ではありません。ましてや、この命を永らえさせる事でもありません。只一つ、カミーユの命を絶つこと。これが成れば、私の勝ちなのです」

 ヴィンセントはその命に代えてでも、カミーユの甘い理想でこの国をまた腐った貴族共の私物と化させる訳にはいかなかった。故に、己の命運を懸けてで、カミーユの命を獲りに行ったのだった。

 カミーユは恐らくイディオタの手によって保護され生きているであろう。そんな事はヴィンセントにも分かっていた。しかし、国民や宮廷の貴族達、そして官僚や近衛軍の者達までもカミーユの死をその目で見、その耳で聞き、その身で感じていた。先王と共に執り行った国葬と、先の己の即位式によって、感覚としてカミーユの死をこの国中の者全てが感じ受け入れたのだ。

 今更、カミーユが生きていたと名乗り出ようと、それを信じる者など居りはしなかった。居るとすれば、それを担いで己の野心を果たそうとする俗物だけであろう。だが、その様な輩にこの国を御せるとは思えなかった。

 故に、カミーユの、王太子としての命は果てたのと同じであった。ヴィンセントはそう確信していた。それに、ヴィンセントは己の死後の事までも予測し見通していた。

 己の死によって新王朝は瓦解し、国内は争乱状態になるであろう。だが、それも一時の事とヴィンセントは踏んでいた。なぜならば、己の創り上げた官僚組織は些かの乱れも無く機能するほど磐石であり、一般国民より組織した近衛軍は強力な軍事力とその出自故に開明的で優れた将校団を有している為、ヴィンセントはその二つの組織の中より、必ず己の意志を継いでこの国に平和と安寧をもたらす者が現れると確信していたからである。

 イディオタはヴィンセントの言葉を聞いて、暫し瞳を閉じた後、口を開いた。

「そうか。なるほどな……。王太子であるカミーユは死んだと言う事だな……。では、覚悟は出来ておるな?」

「はい、出来ております。ですから、どうぞ私の首をお取り下さい……」

 イディオタが姿を現した時から同じ様に、些かも動じた様子の無い口調でヴィンセントは答えた。その言葉を聞いたイディオタは、静かに首を振った。

「馬鹿を言うな。今更お主を斬れるわけも無かろう。儂が尋ねた覚悟とは、この先、全てを背負う覚悟の事だ」

 イディオタの言葉を聞いたヴィンセントは、椅子に座したまま、代わらぬ声音で答えた。

「元より、宰相の職を承った時からその覚悟です。まだ戦の傷跡と貧困に喘ぐ民にとっては、兄は建国の英雄で有らねばならなかった。だから、私は全ての泥をその身に被って来た。それはイディオタ老様もご存知のはず。覚悟なくしてできましょうや?」

「なれば良い」

 イディオタの言葉に、ヴィンセントは初めて驚きの声を上げ、イディオタに問うた。

「イディオタ老様は、私の命を奪いに来たのではないのですか? まさか、覚悟を問う為だけにここに来たと言うのですか?」

 イディオタは机の上の燭台に呪文で火を灯すと、疲れた様子で答えた。

「ヴィンセントよ、お主もアルベールやカミーユ同様、儂の家族じゃぞ。あまり儂を困らせんでくれ……」

 その言葉を聞いたヴィンセントは、その瞳から静かに光るものを流しながら頭を下げた。

「申し訳御座いません……」

「今日儂が来たのは、カミーユの死を確認するのと、渡すものがあって来たのじゃ」

「カミーユの死とは?」

「お主の中でカミーユが死んでいるのならば、それで良い。王太子は死に、代わりに身寄りの無い青年が生まれた。それだけ確認できれば良いのじゃ」

「そうですか。それは間違いありません。王太子である私の甥、カミーユは確かに死にました。ご安心下さい。それと、渡すものとは?」

 ヴィンセントの言葉に、イディオタはどうやって仕舞っていたのか、左手の袖より両手握りの大剣を取り出すと、それを燭台の光る机の上に置いた。

「これは……まさか……」

「その壁にぶら下げておる剣も良く出来てはいるが、偽物では格好がつくまい。フランカ国王にはこの剣が必要であろうとおもってな」

 イディオタが机の上に置いた大剣は、先王であるアルベールが使っていた神代の兵器である大剣であった。勿論、アルベールだからこそ起動させる事ができのであって、ヴィンセントには起動させる事は出来ないであろう。

 しかし、この大剣は王の証として臣民全てに認識されており、この大剣を持たねば、如何にヴィンセントといえど王としての権威は失墜せざるを得ない。だからこそ、ヴィンセントは密かに王家の鍛冶屋に命じてこの剣の偽物を造らせたのであった。

 それを知っていたイディオタは、アルベールより託された剣を、カミーユではなく、ヴィンセントに託すべく持ってきたのだ。

 ヴィンセントはイディオタの心に強く打たれた。己の行為には強い信念と覚悟があった。決して正しい行いだとは思ってはいないが、後悔も無かったし、罪悪感もなかった。しかし、今はただ己の心に満たされた感情に従い、イディオタに向かって頭を下げた。

 イディオタはヴィンセントにアルベールより託された大剣を渡し終えると、ヴィンセントに向かって最後の言葉を発した。

「ヴィンセントよ。これは儂よりの最後の教えと思って聞け」

「はい」

「カミーユの理想は、お主の危惧する通り、貴族共を助長させその権謀でいずれこの国を私物化させる危険をはらんでおる。それと同じ様に、お主の理想もこの国を危険に陥れる可能性がある。強き力は人を従わせるが、強すぎる力は、人を恐れ惑わせ狂わせる。追い詰められた鼠でさえ猫を噛むというのに、強大な力に晒された周辺諸国が黙っておるわけは無い」

 イディオタの言葉に、ヴィンセントは己の理論をもって返した。

「仰る通り、周辺諸国は我が国の弱みや強みを見つけてはその時々に応じて様々に囀るでしょう。だからこそ、それを黙らせるだけの力が必要なのです。何も言わせぬ力がこの国を護るのです」

「お主の言う何も言わせぬ力を持つ国が、もしこのフランカ王国の周辺にあれば、お主はどうする? もしその国が、到底聞き入られぬ要求を突きつけてきた時、お主はどうする? 唯々諾々とその言葉に従うのか?」

 イディオタの言葉に、ヴィンセントは珍しく声を荒げて反論した。

「私はこの国の平安を求めているだけです! 周辺諸国を犯そうなどとは決して思ってはおりません!」

「そうであろう。それは儂も重々承知しておる。しかしな、ヴィンセントよ。犬に狼の心が分からぬ様に、小人に英雄の志は分からぬものじゃ……。それを決して忘れる事のなき様にの……。良いな?」

「ははっ。イディオタ老様のお言葉、このヴィンセント、決して忘れは致しませぬ」

 ヴィンセントがそう言って地に跪いて頭を下げると、イディオタは短く呪文を詠唱し、窓から空に飛んだ。その瞬間、その姿はまたも一羽の大きな烏へと姿を変え、闇夜に舞い上がっていった。

(イディオタ様、貴方と兄が建てたこの国は、必ず護って見せます。ご安心ください……)

 ヴィンセントは闇夜の中、月明かりに照らされて舞い飛ぶ烏の姿が見えなくなるまで、夜空を見上げていた。

 

 これより後、ヴィンセントは内政を充実させつつ、レオナールの開発した〈魔導筒〉と〈騎操兵〉の開発研究を重ね、量産化を推し進めた。そして、旧王朝よりの生き残りである貴族共を追い詰めて叛乱に踏み切らせ、それを圧倒的な軍事力をもって粉砕した。

 これにより、フランカ王国は強大な王権を有するヴィンセントの下、強力な中央集権国家へと生まれ変わり、民は潤い幸せを謳歌し、兵は強力な装備によってその強兵を周辺諸国に轟かせた。まさにアルベールとヴィンセントとイディオタが理想とした豊かで強い国となったのである。

 しかし、イディオタがヴィンセントに忠告した様に、その強大な軍事力は周辺諸国の心を疑心暗鬼にさせ、かつて無い繁栄は、国民の心を慢心させていった。


 アルベールとイディオタが戦った先の大戦が、剣士や魔導師達がその力をぶつけ凌ぎを削る「戦士の戦い」であったならば、フランカ王国が開発した〈魔導筒〉と〈騎操兵〉は、それを「兵器の戦い」へと変えていった。

更には、その軍事力は王国内の旧貴族勢力を駆逐し、前例の無い程の強力な王権によって纏められた中央集権国家を大陸に出現させた。それは、新たな時代の幕開けであった。だがそれは、速すぎた時代の幕開けでもあった。

 フランカ王国の王位継承に端を発した様々な事象は、結びつき絡み合い、時代の流れを大きく加速した。だが、その大きすぎる加速はその代償に世を大きくうねらせ、そのうねりが大陸にまたも戦乱という暗雲を引き寄せた。

そして、後の世に「ヴィンセント戦争」と呼ばれる大乱を産み落とす事となったのである。


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