片目
【片目】
〈片目〉は己自身に薄く土の皮膜を覆わせて、わざと石の破片を飛ばす事により己を泥人形と誤認させ、ユィンの懐に入り込んだ。そして、まずは己に、運動能力を上昇させる魔導の術である速き風を纏わせてその速度を引き上げ、ユィンの眼を撹乱した。
しかし、ユィン程の使い手ならばその速度にも対応するのは想定済みであった。〈片目〉はその予測通りに最初の速度変化に反応してきたユィンに対し、奥の手としてバソキヤとの融合率を強制的に引き上げのだった。
元々、代々のアシュタヴァクラ一族の棟梁とバソキヤの融合率は、棟梁個人の資質によるところが大きかった。バソキヤと融合できるだけでも優れた資質の持ち主であったが、その中でも優れた者ほど高い融合率にて融合をはたした。
〈片目〉は歴代の棟梁の中でもかなり優れた資質をもち、現在にいたっては先代である父をも超える使い手へとなっていたが、それでも、本体である〈片目〉の肉体の耐久性の問題もあり、融合率には限界があった。だが、〈片目〉はそれを己の命の危険をも顧みず、全てを賭けて強制的に引き上げたのだ。
それは、〈片目〉の肉体へ破滅的な損耗と損傷を強いる事になり、最悪の場合はその場で死ぬ可能性も有った。その代わり、成功すれば〈片目〉の肉体へもたらされる力の増幅も危険に見合うだけのものがあった。身体能力や運動能力はもとより、魔力、闘気それら全てが別人と言って良い程に引き上げられるのだ。
〈片目〉はその命を賭した勝負に打ち勝ち、ユィンの反応速度をも上回る力を得てその身に渾身の一撃を叩き込んだのだ。
増幅された魔力と闘気を込めた右腕の大剣は、ユィンの右脇腹の外装を砕き割り、その内の肉体へと喰い込んだ。致命傷とはいかずとも、直ぐに回復できる傷ではなかった。遂に滅気弾を打ち込む穴がひらけたのだ。身体能力、運動能力、魔力、闘気、魔導の術と全てに勝る化け物を相手に、〈片目〉が唯一見出した勝機であった。
(アーナンド! 滅気弾の用意は良いな!?)
(ああ!)
バソキヤの言葉にそう答えた〈片目〉の左の掌の上に、赤黒く明滅する小さな光球が漂い浮かんでいた。〈片目〉はその滅気弾をユィンの右脇腹の亀裂目掛けて放とうとした。
(アーナンド!!)
その瞬間、ユィンの左腕の黒い刃が凄まじい速度で〈片目〉に迫った。
〈片目〉はその黒い刃を間一髪で避けながら、赤黒く明滅する滅気弾をユィンの右脇腹へと投げ放った。
(退がれ!!)
〈片目〉はバソキヤの言葉に従い、後方へと飛ぶように退がってユィンとの距離を取った。ユィンの間合いから逃れた〈片目〉の目に映ったのは、放った滅気弾がユィンの胸部装甲に当り弾け爆ぜる瞬間であった。
(外れたか……)
(違う……)
バソキヤの言葉に、〈片目〉は怒りに震えながら答えた。
(違う! 外れたのではない、外したのだ! 俺が腑甲斐ない故に、俺の覚悟が足りぬが故に外したのだ!)
(アーナンド……)
(滅気弾を放つ瞬間、奴の一撃を避けずに放っておれば、奴を仕留められたのだ!)
〈片目〉の言葉に、バソキヤが応えた。
(だが、その時はお主も死んでおるぞ)
(ああ、だがそれがどうした。俺の使命は奴を殺す事だ! この身が砕けようとも奴を倒すと言いながら、俺は……)
(アーナンド……お主……)
(今更だが、この時に至ってやっと分かった。気付くのが遅かったが……、まだ戦いは終わってはいない。バソキヤ、行くぞ!)
(アーナンドよ、何を気付いたのだ?)
〈片目〉は少年のような微笑を一瞬見せたかと思うと、見る人を射殺す様な眼光を煌かせながら答えた。
(覚悟だ。敵を斃すか斃せぬかは、己の覚悟次第と言う事をだ……)
〈片目〉はそう言いながら、残り僅かな魔力と闘気を集めると、両腕両足の先に集めた。そして、穏やかだが力強く、揺ぎ無い決意が込められた声で呪文を詠唱した。
〈片目〉の詠唱が終わった時、〈片目〉の両腕両足は赤黒く明滅し、不気味な光を発していた。
(アーナンドよ、お主の覚悟、しかと見たぞ……)
バソキヤの言葉に、〈片目〉は笑って答えた。
(俺の覚悟を見せるのはこれからだ)
赤黒く明滅する両足で大地を蹴り飛ぶと、〈片目〉はユィンへと挑み掛かった。戦士としての覚悟と決意をその体に宿して。




