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戦士の宴  作者: 高橋 連
五章 後編 「シャンピニオン山の戦い 其之五」
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片目

【片目】


 〈片目〉は更に攻勢を強めていった。周囲の戦輪による次元通路を飛び交う疾風の槍を増やして槍の結界を強化し、それとは別に十数本の疾風の槍を直接精神支配下に置いて操作し、ユィンとの近接距離による戦闘の最中にそれらをユィンの死角から狙い放った。

 当然、それらの作業は極度の精神的疲労を伴い、肉体的疲労も蓄積していった。だが、〈片目〉はバソキヤがユィンの転移の術式を破壊した戦機を逃さぬ為、己の限界を超えて攻めに出たのであった。

(アーナンドよ、このままではお主の方が奴の白炎の飛礫に斃されるぞ!)

 〈片目〉は一気に攻勢に出た為、ユィンの火炎球を避け迎え撃つ事が疎かになり、白い火炎の飛礫を被弾する数が増えていた。しかし、〈片目〉は己が必ず死そうとも、敵を必ず斃すという必死必殺の覚悟で戦っていた。

(さっきも言っただろ。明日を見ていては勝てぬと。さあ、行くぞ!)

 〈片目〉はそう言うと、ユィンの白炎の飛礫の迎撃に向けていた疾風の槍までもユィンへの攻撃にまわした。

敵のユィンも、それに呼応するかの様に防御を捨てて攻勢に出てきた。お互いが己の身を死地に置いてまで、眼前の敵を打ち倒そうと必死の攻勢に出た。

 〈片目〉とユィンの周囲に、無数の疾風の槍と白炎の飛礫が飛び交い、互いの術者を狙って唸りをあげ、それらがぶつかり合って相滅していった。

(アーナンド! 直撃するぞ!)

 バソキヤの怒声に、〈片目〉は歯を食いしばった。

(俺が撃たれれば、奴に僅かでも隙が出来るはずだ。そこを突く! 転移の術が破壊された事を知らない奴は、きっと転移の術に頼って俺の攻撃を避けようとする筈だ。それが奴の最後となる!)

 〈片目〉がそう言った瞬間、〈片目〉を狙った白炎の飛礫が飛来した。〈片目〉はそれを、僅かに身を捻って避けたが、急所を逸らせるのが精一杯だった。〈片目〉の右肩に白炎の飛礫が直撃した。

 白炎の飛礫は、〈片目〉の鎧を取り込んで融合強化した皮膚をも易々と焼き貫き、肩から体の内側に向かって肉を焼き溶かしながらめり込んだ。内側より肉を焼き溶かされる激痛が〈片目〉の全身を駆け巡ったが、それでも〈片目〉の集中力は些かも乱れる事はなかった。

(バソキヤ、狙い通りだ! やるぞ!)

 〈片目〉は激痛に耐え、些かも疾風の槍を制御する精神集中力を乱す事無く、ユィンに生じた僅かながらの隙を見逃さなかった。

ユィンを狙うその一点にのみに集中し、その他の事をその視界及び精神から消した。

 十数本の疾風の槍のうち、ユィンの死角に飛ばした三本以外を全て囮にし、己の身さえも無防備にしてユィンを狙った。

一本はユィンの頭上より頭部を、一本は左側面より心の臓を、一本は後背よりこれも心の臓を狙って放った。

それら三本の疾風の槍がユィンに飛び迫った時、一瞬ユィンの体が固まった。それは瞬きをする間も無いほどに僅かな時であった。だが、その一瞬の硬直が命取りになる戦いを、〈片目〉とユィンは戦っていたのだった。

 ユィンの頭上より頭部を狙った疾風の槍は、ユィンの凄まじい反射力と瞬発力で交わされたが、残りの二本はユィンを直撃した。

左側面より迫った疾風の槍はユィンの左腕を貫き、殆ど千切れそうになる程の傷を与えた。後背より狙った疾風の槍は、心の臓を外されたが、腹部を直撃して貫通し、内臓を損傷させた上に大量の出血をユィンに強いた。致命傷と言ってよかった。

(アーナンドよ、やったな!)

(バソキヤが転移の術を破壊してくれたお陰だ。奴め、転移の術に頼って疾風の槍を避ける時に僅かに固まった。それが命運を分けたな)

 〈片目〉がバソキヤにそう言った瞬間、〈片目〉の周囲に漂い展開していた戦輪が、突然全て砕け散った。それと同時に、戦輪の次元通路によって増幅強化されていた疾風の槍も悉くが消え去った。

(なに!?)

 〈片目〉が驚きの声を上げた時、己の血溜りに横たえながら死を待つユィンの動きを、バソキヤは見逃さなかった。

(アーナンド、奴はまだ何か仕掛けてくるぞ!!)

(ば、馬鹿な!? あの傷で奴は一体!?)

 ユィンは大量の吐血をしながらも、右手で印を組んだ。すると、〈片目〉とユィンの周囲にあった白炎の飛礫が次々に天空に集まりながら互いを燃やし合い、やがて拳の大きさ程の光り輝く球体へと変化した。それは今までの白く燃え盛る火炎とは明らかに別物であった。

(あれは……)

 〈片目〉の言葉に、バソキヤが答えた。

(無数の白炎の飛礫を融合させ集約して創り上げたのであろう。恐らくあの輝きは今までの白炎の飛礫とは次元が違う温度に達しているであろうな……)

 それはバソキヤの言うと通り、互いの火炎を喰らい合ってその熱量を爆発的に上げながら、燃え盛る炎を練り上げて創られた球体であった。もはや白色ではなく、真に眩い光と化していた。

(アーナンドよ、あの傷では奴も助かるまいが、その前に我等もあの光球によって焼き尽くされるであろう。まさに必死必殺だな。だが、我等は目的を果したのだ。悔いはあるまい)

 バソキヤの言葉に、〈片目〉はその瞳に強い光を宿しながら、首を振って答えた。

(死を覚悟しようとも、最後まで俺は諦めぬ。まだ終わらぬ!)

(あの光球は先ほどまでとは比べ物にならぬ熱量だ……。恐らく、先程の疾風の槍との対消滅を踏まえて、何物をも貫き滅す威力の光球に組み替えたのであろう。最早疾風の槍では防げぬぞ。一体どうするというのだ?)

 〈片目〉は左腕に魔力と闘気を集めると、その指先を強化して刃と化した。それを己の右肩に突き立て、右肩にめり込んでいたユィンの白炎の飛礫を取り出すと、左腕より一気に魔力と闘気を流し込みながら呪文を詠唱した。

(あれをやるのか!)

 無言の〈片目〉の行動に、組上げようとする術を察したバソキヤは、全力でそれを補助した。〈片目〉が素早く術を組上げ、白炎の飛礫に魔力と闘気を注ぎ込むと、それは赤黒く明滅する球体へと変化した。

 その時、ユィンが最後に造り出した天空の光球は震え、その後一気に弾けて〈片目〉の頭上から無数の閃光を降らせた。それは凄まじい熱量で全てを焼き溶かす光の雨であった。

「せいっ!」

 掛け声と共に〈片目〉はその赤黒く明滅する球体を頭上へと投げ放った。その球体が光の雨と接触した瞬間、それは一気に膨張し弾けた。

赤黒く明滅する球体はただ弾けたのではなく、接触した光の雨を吸収すると、その魔力と闘気を使って無数に分裂しながら弾けていった。。

(お前は本当に素晴らしい戦士だ。尊敬に値するぞ。あの激痛にも集中力を乱す事無く、更にはあの窮地で奴の白炎の飛礫を利用して一気に滅気弾を組上げるとは……。お前の姿をアーユルに見せてやりたいわ)

(褒めるより回復を頼む)

 〈片目〉の右肩の傷口は白炎の飛礫を無理に取り出した事により更に広がって酷くなっていたし、それまでにユィンの火炎の飛礫によって受けた傷も無数にあり、立っているのがやっとの状態であった。

(はっはっはっは! これはすまんな。回復は任せろ!)

 バソキヤはそう言うと、〈片目〉の魔力と闘気を循環させながら、急速に〈片目〉の傷を癒していった。その間も、赤黒く明滅する球体は、光の雨を吸収しては爆発分裂し、その数を飛躍的に増やして〈片目〉の頭上を傘の様に覆っていった。

 やがて、〈片目〉の頭上で傘の様に広がった滅気弾は、光の雨の吸収と自身の分裂を何度も何度も繰り返し、遂には全ての光の雨を消し去った。そして、今度は赤黒く明滅する球体同士で打ち潰し合って全てが消滅した。

 光と闇の争演が収まると、辺りに静寂が訪れた。その静寂の中、〈片目〉は己の脚で立ち、ユィンは血溜りに瀕死の傷を負って横たわっていた。

 一つの戦いの決着がついた瞬間であった。


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