ユィン
【ユィン】
ユィンは周囲を飛び交って狙い迫る疾風の槍を避けながら、白色の火炎飛礫を操り、〈片目〉と至近距離での激闘を繰り広げていた。
あと半歩踏み込めばお互いに間合いに入るという程の距離にありながら、ユィンと〈片目〉は互いに魔導の術で造りだした白色の火炎飛礫と疾風の槍を飛び交わせて戦っていた。近接距離での魔術の戦いは、拳や剣を打ち合う近接戦闘よりも更に激しい損耗を二人の戦士に課した。
(ユィン、白炎の飛礫の維持は魔力の消費が激しすぎる。このまま消耗戦になればこちらが不利だぞ)
〈オメガ〉の言葉に、ユィンは〈片目〉との戦いで極度の精神的疲労にありながらも、笑って答えた。
(分かっているよ。だが、変身した奴にとっては近接での白兵戦の方が有利にも係わらず、俺にとって有利な魔術戦に持ち込んだのだ。それに、仕掛けが整うまでもう一歩なんだ)
ユィンの答えに〈オメガ〉は言葉を返さなかった。代わりに、無言のまま術に集中するユィンを補助すべく全能力で魔力補充と回復に専念した。
近接での魔術戦という極度に精神疲労を伴う戦いの為、転移の術を使用する余裕がユィンには無かった。しかし、被弾を省みる事無く攻勢にでた〈片目〉の放つ疾風の槍は徐々にユィンを捕らえ、遂には数本の疾風の槍がユィンの死角から飛来した。
(ユィン! 左右下方より二本、飛べ!)
白炎の飛礫での迎撃も、体術で避ける事も間に合わぬと判断したユィンは、〈オメガ〉の言葉に従い、白炎の飛礫の攻勢を緩めて転移の術でその急場を回避した。
(ユィン、集中力が乱れているぞ!)
(すまない。もう……少しで完成……するんだ……)
(大馬鹿野郎め……)
〈片目〉との戦闘の最中、更に別の術を組上げるユィンの疲労と消耗は限界に達しようとしていたが、〈オメガ〉はユィンにそれ以上何も言わなかった。融合してまだ僅かの時間しかたっていない二人だったが、死線を潜る戦いが深い信頼と理解を創り上げていた。
火と風の激しいぶつかり合いが更に続き、徐々にユィンも〈片目〉も互いにその身に受ける傷が増していった。共に己の身を捨ててでも相手を討つ覚悟であった。
その命の削りあいの中、今度はユィンの白炎の飛礫が〈片目〉を捉えた。白炎の飛礫は〈片目〉の装甲を貫き、右肩に深くめり込んでその肉を焼き溶かした。
被弾して生じた〈片目〉の隙をついて、遂にユィンが仕掛けを完成させた。
(〈オメガ〉! 仕掛けが出来たぞ! これで一気に勝負をつける!)
(ユィンよ、その前に奴の方がお前を捕らえたぞ)
被弾してその肉を焼き溶かされながらも、〈片目〉もユィンに向かって疾風の槍を放っていた。仕掛けを完成させて気の緩みが生じたのか、またもユィンは〈片目〉の疾風の槍に死角を突かれた。その数は三本。
(転移の術で槍を避けつつ、仕掛けを発動する! 一気に奴を仕留める!)
ユィンは残った魔力を増幅させると、周囲を飛ぶ白炎の飛礫に注ぎ込んだ。そして、それらを〈片目〉の戦輪へと放った。
(来るぞ! 御託はいいからさっさと飛べ!)
〈オメガ〉の言葉に、転移の術で飛来した疾風の槍を避けようとしたユィンの表情が強張った。
(おい! 何してやがる! さっさと……)
(ちぃっ!)
ユィンは転移の術で飛ばずに、瞬間的に脚部を強化して迫る疾風の槍を避けようとした。しかし、反応が遅れた為に飛来した疾風の槍を全て避ける事は出来ず、二本の疾風の槍がユィンを貫いた。
一本は左腕を貫き、もう一本は腹部を貫いた。左腕は辛うじて幾ばくかの肉片によって繋がっていたが、疾風の槍の一撃により殆ど千切れそうになっていた。腹部の方は更に重傷で、疾風の槍に貫かれた傷から損傷した内臓がこぼれ、大量の血が流れ出していた。
(ユィン! 意識はあるか!?)
(砕け……ろ……)
致命傷を負いながらも、ユィンは己が放った白炎の飛礫を操作し、最後の仕掛けを発動させた。その瞬間、〈片目〉の周囲に展開していた戦輪全てが悉く砕け散った。戦輪が砕け散ると、その魔力によって増幅され創りだされていた疾風の槍も全てが霧散し、消え去った。
二人の戦士の間には、白く燃え輝く無数の火炎の飛礫だけが残った。
(ユィン! まずは回復だ!)
〈オメガ〉の怒号に、ユィンは首を振って答えた。火炎の飛礫を操作しようと残った右腕で印を組もうとした時、ユィンの口から大量の血が吹き出した。
「ゴボッ!」
(ユィン!!)
(まだ……だ……)
〈片目〉の疾風の槍によって左腕は千切れかけて動かず、腹部は貫かれて致命傷を負い、ユィンは大地に瀕死の体で横たわっていた。だが、吐血した大量の血によって真っ赤に染まった右腕で印を組み、最後の力を振り絞って白炎の飛礫を操作した。
ユィンの魔力を受けた白炎の飛礫は、天空に昇り集まりながら互いに他の白炎の飛礫を燃やし融合して一つに纏まっていった。そして、遂には拳程の大きさの光球へと変化した。それはもはや白色でも火炎の飛礫でもなく、眩い程に輝く純粋な光の球体へと変化していた。その光は煌きを放ち、周囲の空間を焼き捻じ曲げた。
静かに瞼をとじたユィンが、残された僅かな力で右手の人差し指を軽く振ると、その光球は弾けて〈片目〉の頭上に降り注いだ。