ユィン
【ユィン】
「舐めるなよっ!」
〈片目〉の怒号が轟いた。
(ユィン!)
(分かっているよ)
〈オメガ〉の叫びに、ユィンは落ち着いて応えながら転移の術で後方に飛び、〈片目〉から距離を取った。
(肉を切らせて骨を断つか……。奴も歴戦の兵だな。お前の転移攻撃を見切れぬと悟ると、左腕を犠牲にしてお前を仕留めに来るとはな)
(ああ。だが奴はこの術をまだ見切れず、捨て身の策も通じないとなれば……)
(結界を張って様子見か)
〈オメガ〉がユィンの言葉の先を口にし、更に言葉を続けた。
(ならば、結界を張られる前に一気に押すか)
(いや、結界が張られるのを待つ)
(なに!?)
ユィンの言葉に、〈オメガ〉が驚きの声を上げた。しかし、直ぐに慣れた様子で言い直した。
(はいはい。お好きな様に)
(止めないのか?)
(馬鹿になら忠告もするが、大馬鹿には何を言っても聞くまい。それにな、俺の融合者ならば、あの程度に手こずってもらっては困る。例え変化していなくてもな)
〈オメガ〉の言葉に、ユィンは笑って答えた。
(はははは。しかし、奴はあの程度って相手には思えぬが……)
(イディオタなら変身せずとも楽勝だな。ああ、お前も変身していないイディオタに負けたのだったな。じゃあ、同じ位の相手か? まあ、頑張れ)
ユィンは〈オメガ〉の言葉に答えずに、忌々しげに唇を噛んだ。
(はっはっはっはっは。怒ったのか? 怒りは奴にぶつけろ。ほれ、結界の準備が整った様だぞ)
憤慨するユィンが〈片目〉を見ると、〈オメガ〉の言う通り結界が張られたようであった。それは、〈片目〉の周囲に漂う黒い輪の中を、風を寄り合わせて創られた槍が無数に飛び交い、〈片目〉の間合いに入る者を貫く結界となっていた。
(あれは、風の槍か……)
ユィンは〈片目〉の張った結界を目を細めて注意深く伺うと、先の言葉を改めた。
(いや、違うな。あれは疾風の槍か……。しかもあの数とは厄介だな……)
(あの術者の力量で造られた疾風の槍ならば、間違いなく今のお前の装甲など易々と貫かれるな)
(ああ。でも、まあ何とかなるさ)
〈オメガ〉の言葉にユィンは軽口を叩きながら、ゆっくりと〈片目〉に向かって歩き出し、数歩進んだ所で、魔力と闘気を爆発させながら転移の術で飛んだ。
ユィンが〈片目〉の右側面、真横の位置に飛んだ瞬間、ユィンの頭を狙って疾風の槍が空気を切り裂く甲高い音を響かせながら襲い掛かってきた。
(ユィン! 更に来るぞ! 三つ!!)
〈オメガ〉の怒号と同時に、ユィンを狙って疾風の槍が更に三本も飛び迫った。
(〈オメガ〉、手足の装甲に魔力と闘気を集中する。制御を頼む!)
ユィンはそう言うと、頭部に迫った疾風の槍を紙一重で交わすと、次に迫る三本の疾風の槍のうち、一本目を右腕の刃で弾き、二本目を右脚で蹴り弾くと、三本目は右脚の蹴りの勢いで体を回転させて避けた。そして、ユィンは次に来るであろう〈片目〉本体の攻撃に備えたが、〈片目〉本人は後方に退がってユィンの間合いから逃れながら、またも三本の疾風の槍をユィンに向けて放ってきた。
(策無しで何とか成る訳無いだろう。一旦引け)
ユィンは〈オメガ〉の忠告に従い、転移の術で一旦〈片目〉の結界から逃れ出た。
(おいユィンよ。どうせ至近で隙を見せれば〈片目〉が色気を出してお前を仕留めに来るとでも思ったのだろうが、当てが外れたな)
〈オメガ〉の言葉に、ユィンは沈黙した。
(図星を突かれて無視かよ。力が足りない分、頭を使えよ。頭をよ)
〈オメガ〉の言葉に、ユィンは大きな溜息をつくと、〈オメガ〉に懇願した。
(〈オメガ〉、お前の知恵を貸して欲しい。頼む)
(お前がそういう態度なら俺も知恵を貸してやろうじゃねぇか。よく聞けよ。お前の体術はかなりの域に達しているし、イディオタ同様に頑強な肉体も持っている。しかしな、お前の持ち味はそれでは無いだろう? イディオタとの戦いを思い出せ)
ユィンは〈オメガ〉の言葉に、己の得意とする本分を思い出した。イディオタとの戦いでも師に褒められたのは、その並外れた魔術に対する才であった。
何かに気付いたユィンに、〈オメガ〉は更に言葉を続けた。
(奴の結界を構成している黒い輪を使った次元通路は優れた術だが、こっちに通じていると言う事は、あちらにも通じていると言う事だ。ここまで言えば分かるな?)
(ああ!)
ユィンはそう言うと、両足で大地に魔法陣を二つ描きながら両手で印を組み、幾つかの呪文の詠唱を唱えだした。それらの術式を凄まじい速さで組上げると、頭部の角に集積された巨大な魔力を全て注ぎ込んで一気に発動させた。
大地に描いた二つの魔法陣から一つずつ、真っ赤に燃え盛る灼熱の巨大な火炎球が出現した。
その火炎球はユィンの眼前で互いが互いを飲み込む様に融合すると、一気に縮んでユィンの頭位の大きさへと変化した。しかし、それは小さいながらも白い炎を燃え上がらせていた。その白い火炎球は、内部で白色に輝く炎が燃え渦巻き、その白い炎が暴れる度に天に輝く陽光の様に煌いた。
ユィンが両手で印を結び魔力と闘気を漲らせると、その白い火炎球は弾け飛び、小石ほどの大きさの無数の白炎の飛礫へと分裂し、ユィンの周囲を凄まじい速度で縦横に回転し始めた。まるでその光景は、ユィンが白い炎の中に取り込まれた様であった。
(〈オメガ〉、行くぞ!)
ユィンはそう言って駆けると、今度は〈片目〉との間合いの半ばに達した所で一気に転移の術で間合いを詰め、〈片目〉の前面に転移して真正面から〈片目〉に襲い掛かった。