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戦士の宴  作者: 高橋 連
五章 後編 「シャンピニオン山の戦い 其之五」
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片目

【片目】


 〈片目〉は、イディオタ伯の直弟子の一人と名乗るユィンと言う若者の言葉を、何度も心の中で噛み締めた。

(あいつはイディオタ様が直弟子の一人、カミーユだ、か……)

(アーナンドよ、もう良いのではないか)

 バソキヤの言葉に、〈片目〉は反論した。

(だが、俺の受けた任務はカミーユ様の暗殺だ。まだ生きているなら殺さねばならん……)

(王子は死に、今居るのはイディオタ伯の直弟子のカミーユだと、あのユィンという黒髪の青年も言っているではないか。それに、ヴィンセント殿も恐らくお主と同じ考えだろう。だからこそ、お主は惚れ込んだのであろう?)

 バソキヤの言葉に、〈片目〉は俯いてかすかに笑った。

(そうだな。では約束通り、奴の話を聞くか。奴が何を言わんとするかは察しがつくがな……)

「わかった。俺の聞きたい事は済んだ。約束通りお前の話を聞こう。だが、時間稼ぎには付き合わぬぞ」

「そんなつもりはないよ」

 ユィンという黒髪の青年はそう言うと話しはじめた。それは〈片目〉が予想した通りの内容だった。〈片目〉にもこの黒髪の青年が言っている事は理解できたし、そう出来るならばそうしたいとも思った。だが、〈片目〉の感情とは別に冷徹な頭脳が、それは出来ぬと言っていた。

(イディオタ伯の弟子でさえこれだけの力量と人物なのだ。師であるイディオタ伯ともっと交わっておくべきであったな……)

 〈片目〉の言葉に、バソキヤも同じ想いであった。

(そうだな)

 〈片目〉ははっきりとユィンに否と答えた。

「それは出来ぬ」

「なぜだ? お前達が組成していた魔法陣から察するに、大規模な山崩れを起こして山を降りるイディオタ様配下の者達を皆殺しにするつもりであろう。だが、麓の村までも巻き込まれるぞ。イディオタ様の配下の兵達はまだしも、何の罪も無い無関係な村人達まで殺すつもりか? それが国を治める者のする事か?」

 ユィンの言葉は〈片目〉の中にある小さな迷いを突いた。〈片目〉はヴィンセントに仕えた時から、汚れ仕事は全て己が被ろうと決意していた。ヴィンセントが創ろうとしている理想郷の為に、〈片目〉は人の心をとうに捨ててもいた。

 しかし、心というものはそう簡単には捨てられぬ様であった。それでも〈片目〉は、己の内に湧いた思いを呑み込み、毅然とした口調で答えた。

「イディオタ伯配下の者達一千名が野に下った後、奴らがヴィンセント様を主君の仇として狙わぬと言えるか? 他国に流れ、フランカ王国の敵には絶対にならぬと言えるか? もし、カミーユ様をヴィンセント様が殺したら、お前はヴィンセント様を狙わぬと言えるか?」

「…………」

 ユィンは応えに窮している様子であった。その様子を見て〈片目〉は言葉を続けた。

「どうやら答えは出たようだな。アルベール王の世継ぎである王子が死んだ今、ヴィンセント様までもお亡くなりになれば、この国はまた戦乱の世に逆戻りだ。しかも、今度はアルベール王の様な英雄はいない。いるのは己の欲望を満たす事しか考えない無い腐った貴族共だけだ。そうなれば、数十万、いや、数百万の民が塗炭の苦しみを味わう事となろう」

 片目の言葉に、ユィンがやっと口を開いた。

「だから、麓の村人数百名の命を犠牲にしても良いというのか?」

 〈片目〉はユィンの言葉に即座に答えた。

「良いとは言わぬ」

「なら……」

 〈片目〉は反論しようとするユィンの言葉を遮って話した。

「無辜の民を殺すのは俺だ。俺は俺の正義を貫く。例えそれが血に塗れ汚れた道であろうとな……。お前も己の信じる正義を貫こうとするなら、その手を血で汚す他あるまい」

 そう話す〈片目〉の言葉に、ユィンは納得するしかないようであった。そして、最後に口を開いて、〈片目〉に尋ねてきた。

「わかった。最後に尋ねるが、お前は何者だ?」

 ユィンの言葉に、名乗っていなかった事を思い出した〈片目〉は改めて名乗った。

「俺の名はアーナンドだ。ヴィンセント様の……」

 その時、黒髪の青年の瞳が怪しい光を発して、〈片目〉の言葉を遮って口を開いた。

「俺が聞いているのはそういう事じゃない。お前は、お前達は何者だと聞いているんだ」

(お前達だと!? こいつは一体……)

 驚く〈片目〉にバソキヤが答えた。

(先ほどお前自身が言ったではないか。奴もイディオタの直弟子の一人なのだ。これ以上話す事は無かろう)

 バソキヤの言葉に、〈片目〉も同意した。

(ああ、そうだな。山を降りた兵達が麓の村を過ぎるまでもうあまり時間が無い。一気に行くぞ! 武装を全て取り込んでの融合をする。いけるか?)

(防具も武具も全てか? お前の本体は人間の肉体だという事を忘れるなよ。防具も武具も全て取り込んでの融合変化は可能だが、その分お前への負担が激増する事になる。お前こそいけるのか……?)

 〈片目〉は静かだが尋常ならざる覚悟を感じさせる声音で、バソキヤに問い返した。

(俺はお前にいけるのかと尋ねているのだぞ)

 バソキヤは数拍の間をあけた後、答えた。

(委細承知……。まかせろ)

(頼んだぞ)

 〈片目〉はバソキヤにそう言うと、表情を険しくし、ユィンの瞳を探るように見つめた後、口を開いた。

「話はここまでだ。参る……」

 〈片目〉は全身の魔力と闘気を爆発させながら混ぜ合わせ、それを左眼に集中した。〈片目〉の体から発する闘気は魔力を吸収して黒く変化し、やがて全身を包み込み、周囲にも黒い闘気の奔流となって渦巻いた。

 〈片目〉のその黒い闘気が左眼に流れ込むと、左眼の中に存在するバソキヤの魂がそれを吸収し、一気にその魂が持つ力を爆発させた。その力を極限まで爆発させたバソキヤの魂と〈片目〉の魂が融合し、二人の融合した魂が〈片目〉の肉体に宿った時、それら全てが合わさる事によって一個の異形の戦士が誕生した。

 それは人外の力である様に見えて、人が持つ無限の可能性を示す形の一つであった。異なった種の力を、肉体のみならず魂までをも強く結び付かせる事によって成しえた融合は、新たな種の誕生といっても良かった。

 その異形の戦士は、〈片目〉が身に付けていた防具や武具を取り込み、それを己の硬質化させた皮膚と融合させた黒き鎧を全身に纏っていた。更には、バソキヤの種族特有の魔力集積器官である巨大な角が、頭部に四本生えていた。まさに、黒き鎧に身を包んだ地獄の魔王そのものであった。

(アーナンド、奴もイディオタの直弟子だ。如何に変化した姿であろうと油断するなよ)

(わかった。行くぞ!)

 〈片目〉はバソキヤにそう言うと己の情を殺して全身から殺気を迸らせ、それを黒髪の青年ユィンに叩きつけると大地を蹴り砕いて一気に襲い掛かった。

 〈片目〉は大地を蹴ってユィンを狙い飛びながら、闘気を凝縮して右腕外側の肘より小指までの皮膚を硬質化し、右腕を巨大な刃へと変化させた。そして、ユィンに向かって飛びながらも素早く呪文の詠唱を終わらせると、ユィンの足元及び周囲の大地から岩石で造られた先端が鋭く尖った石柱を幾本も突起させた。

 〈片目〉は足元より突然現れた石柱を避ける為に生じたユィンの隙を突いて、大剣と化した右腕をユィンの首筋を狙って薙ぎ払った。だが、太く堅牢な石柱をも砕き折りそうな〈片目〉の一撃を、ユィンは苦も無く左腕に装着した黒い刃の様な得物で受け止めた。

(なにっ!?)

 〈片目〉は隙を突いた一撃が受け止められた事に驚いたが、斬撃を受け止めたユィンの左腕を軸にして体を回転させると、ユィンの左後方に突出した石柱へと流れるように飛び、その石柱を蹴って更に別の石柱へと飛び移り、それを繰り返してユィンの周囲を高速で飛び走った。

(バソキヤ、あれを仕掛けるぞ!)

 〈片目〉の言葉に、バソキヤは別の返事をした。

(あのユィンとか言う小僧、一体何時の間にあの両腕の刃を取り出したのだ。いや、そもそも、あの様な長い得物を持っていた様には見えなかったが……)

(奴もあの〈刀鍛冶〉と同じくイディオタ伯の弟子だ。同じように魔力や闘気を用いて刃を造りだしたのであろう。それよりも、精神を集中し、融合率を高めてくれよ。あれをやるが、必殺を期して俺自身で奴を足止めし、威力も極限まで高めて実行する。一歩間違えば自滅しかねんからな。頼んだぞ!)

(承知した!)

 〈片目〉は凄まじい速度で石柱を蹴り飛んでユィンの動きを封じながら、一番外縁にある石柱を蹴り飛ぶ度に、ユィンに気付かれぬ様に魔法陣を刻み込んだ。そして、それが完了すると、魔力を高めながら呪文を幾つか詠唱し、詠唱の終了と同時にユィンの頭上より襲い掛かった。

 〈片目〉が襲い掛かるのと同時に魔法陣を刻み込んだ外縁の石柱から術式が発動し、内側を包み込む様に結界を張り巡らせた。その瞬間、内側の石柱は全て粉々に崩れ落ちた。

それはまさに粉々と言うに相応しく、砂よりも更に細かく小さい粒子状になって崩れ、結界内を細かい粉塵で濛々と満たし、視界を遮った。〈片目〉はその隙を突いて、頭上より襲い掛かり、ユィンの脳天目掛けて右腕の巨大な剣を振り下ろした。

 石柱を崩した粉塵を舞い上がらせてユィンの視界を奪った隙を突いた一撃だったが、さすがにイディオタ伯の直弟子と名乗るだけあり、振り下ろされた一撃を〈片目〉の気配だけで察知し、苦も無く両腕に装着した刃にて受け止めた。

(バソキヤ、くるぞ!)

(承知!)

 バソキヤが〈片目〉の言葉に答えた瞬間、〈片目〉とユィンの刃がぶつかった時に生じた火花が飛び散り、周囲に舞い上がっていた石柱の粉塵と交じり合って爆炎を上げた。それは石柱に込められた〈片目〉の魔力と、周囲に張られた結界による密室という状況により、火炎と爆発の威力を飛躍的に増していた。

最初から覚悟して闘気と魔力により皮膚を硬質化させて爆炎を受けた〈片目〉はまだしも、体に何の防具も身につけず、不意を突かれたユィンには堪えられるものではなかった。

(アーナンド、無事か!?)

(ああ、硬質化させた皮膚を少し焼かれたが、大した被害は無い)

 〈片目〉はそう言って結界を解くと、濛々と煙が立ち込める結界内から飛び退がって、魔力と闘気を循環させて傷の回復に取り掛かった。

(アーナンドよ、如何に相手が強敵といえど、二度とあの様な危険な賭けをするでないぞ、良いな!)

(…………)

(アーナンドよ! 返事を……)

 応えぬ〈片目〉に、バソキヤは苛立ちを隠す事無く更に怒鳴ろうとした瞬間、異変に気がついた。

(まさか……そん……な……)

(回復は後だ! 奴が動く前に先手をとる!)

 〈片目〉はそう言うと、素早く地に魔法陣を描きながら呪文を唱えはじめた。

(奴は……一体……まさか……)

 舞い上がる煙が晴れると、地に膝をつきながらも、眼光を鋭く光らせて強烈な殺意を発するユィンがそこに居た。衣服は全て焼け消えていたが、その全身を両腕の刃と同様の漆黒の鎧が覆っていた。

(バソキヤ、集中力を下げるな! あれをどうやって凌いだかは分からぬが、奴も無傷とはいかなかった様だ。この機を逃さずに攻めるぞ!)

 〈片目〉の激に、バソキヤは落ち着きを取り戻し答えた。

(醜態を見せたな。済まぬ)

(奴に何かあるのか?)

(いや、恐らく取り越し苦労であろう。奴が動く前に決めようぞ)

 バソキヤは完全に得心がいった様子ではなかったが、一先ずは集中力を取り戻した様子であった。

 〈片目〉とバソキヤが話している間に、先程までは地に膝をついていたユィンも幾らか回復したのか、ゆっくりと立ち上がると、呪文の詠唱を始めていた。

(バソキヤ、魔力の収束を頼む! 御神像と戦輪で一気に攻める!)

 〈片目〉はそう言うと、両腕を頭上高く掲げ上げた。呪文の詠唱を終わらせて凝縮した魔力を爆発させると、その両腕の掌で大地に描いた魔法陣の中央に触れた。呪文の詠唱によって術式の発動が始まり、高められた魔力が魔法陣に注ぎ込まれると、動力を得た魔法陣は術式の発動を加速させて魔導の力が大地に満ち満ちた。

 〈片目〉の周囲の大地は一気に隆起し、轟音と共に巨大な三体の石像を生み出した。それは三面の顔と六本の腕を持つ、〈片目〉の故国に伝わる闘神の姿をしていた。

(神像を三体か。無茶をする)

(俺の今までの人生の中で、一、二を争う強敵だ。明日を見ていては勝てぬであろう……)

(この神像を見ていると、お前の一族の祖であるアーユルを思い出す。顔は三つもなかったがな)

(はっはっはっはっは)

 〈片目〉はバソキヤの言葉に陽気に笑うと、腰の回りに連なっていた幾つもの戦輪を両手に取った。そして、魔力と闘気を練り合わせて新たな呪文の詠唱を口ずさみながら、未だ詠唱の終わらぬユィンに襲い掛かった。


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