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戦士の宴  作者: 高橋 連
五章 後編 「シャンピニオン山の戦い 其之五」
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ユィン

【ユィン】


 ユィンは敵が仕掛けていた術式を一目見るなり、それが大規模な山崩れを起こそうとしている物だと看破した。

(奴等、麓にある村まで巻き添えにする気か!?)

 カミーユもすぐにその術式を見て敵の意図を見抜いたらしく、ユィンが敵の動きを牽制している隙に、大規模な山崩れを起こす為の術式の要となっている部分を破壊していた。

 敵の術式の要の部分をカミーユが破壊したのを確認したユィンは、カミーユを退がらせて敵との距離を取った。

「ユィン兄さん、あれは叔父上の懐刀と言われている〈片目〉とその一族の者です。彼等はかなりの使い手と聞いております」

 ユィンはカミーユの言葉に頷くと、敵の一挙手一投足を見落とす事無く注視した。すると、敵の頭目と思われる片目の男が、背に背負った袋から瓶を取り出し、地に落として叩き割った。その中から一瞬、何か黒く蠢く物が這い出た様に見えたが、それは直ぐに掻き消えた。

 その後、片目の男の配下と思われる男が地に膝をついて魔力を高めだした。

「ユィン兄さん、あれは一体!?」

「退がっていろ……」

 ユィンはそう言ってカミーユを退がらせると、凄まじい闘気と魔力、そして常人ならばそれに触れただけで心の臓が凍える程の殺気を全身から放ちながら、敵の攻撃に備えた。

(ユィン、受身で良いのか?)

 〈オメガ〉の言葉に、ユィンは頷いて答えた。

(こちらはカミーユがいる。あの片目の男から、何か油断ならぬ物を感じるのだ……)

(子守しながら戦うのは骨が折れるぞ)

(致し方あるまい)

 ユィンが〈オメガ〉と話しながら、敵の動きを待っていると、突然地に膝をついて魔力を高めていた男が震えだし、絶叫をあげた。

「ぎゃあああぁぁぁぁぁっ!」

 絶叫をあげる配下に、片目の男が駆け寄った。

(どうやら誘いでは無い様だな……。ユィン、どうする)

(一気に行くぞ)

 ユィンが敵の混乱を突いて動こうとした気配を察知した片目の男は、素早く詠唱を完成させると周囲に巨大な炎の壁を張り巡らせた。その炎の壁は山頂の風に吹かれて空高く燃え上がり、周囲を炎の光と熱と煙で満たした。

(ユィン、この隙に)

(わかった!)

「カミーユよ、お前はこの隙に裏門より出でて間道を辿り、麓の村へと逃げろ」

 ユィンの言葉に、カミーユは激しく首を振った。

「嫌です! 兄さんを残して私だけ逃げるなんて!」

(ユィン、上手く言いくるめろよ)

「カミーユ、麓の村には我等が同胞のみならず、何の罪も無い村人達も居るのだ。彼等に危険を知らせ、一旦避難させねばならん。万が一にも我等が戦いに巻き込んで彼等の命を落とさせる事があっては、我等はイディオタ様やそなたの父であるアルベール王様にも顔向けできぬ。分かるな?」

 ユィンの言葉に、カミーユは泣きそうな顔をしながらも、黙って頷いた。

「お前に多くの人の命が掛かっている。頼んだぞ!」

「撤退した兵達と、村の人達には避難する様に伝えますが、私は村で兄さんを待っています。兄さんが負けるはずがありません。ですから、必ず……」

「わかった。必ず村へ迎えに行く。だから早く行け!」

 ユィンがそう約束すると、カミーユは笑顔で頷いた。

「はい! ではまた後で。必ずですよ!」

「行けっ!」

 カミーユは煙と炎で視界が遮られている隙に、裏門より出でて間道を駆け下って行った。

(ユィン、敵も動くぞ)

 〈オメガ〉の言葉通り、片目の男の配下も正門へ向かって駆けていた。恐らくユィンを強敵と判断し、山崩れを起こすのを諦め、正門を破壊した後本隊に報告に行くのであろう。

(逃がして良いのか?)

 ユィンは片目の男から決して目を逸らす事無く、〈オメガ〉の言葉に答えた。

(俺が動けばカミーユが危なくなる。ここはお互い様と言う事で致し方あるまい)

 カミーユと片目の男の配下がその場を去ると、片目の男から身を焼く様な魔力と闘気が溢れ出した。

(おい、ユィンよ。あの魔力と闘気の流れ、お前やイディオタに似ていないか?)

 〈オメガ〉が言うとおり、確かに自分やイディオタの魔力と闘気の流れに似ていた。特に自分が変身する時の流れに……。

(〈オメガ〉、撤退した兵達は麓の村に辿りついただろうか?)

(そうだな……。全員はまだ辿りついては居らぬだろうが、半数は既に麓まで降りているだろうな。カミーユが行くまでも無く、逃げた者達はそのまま各地へと落ち延びているだろう)

(そうか。ならばもう戦う理由もないな)

 ユィンは〈オメガ〉にそう言うと、全身から放っていた殺気を消し、高めていた魔力と闘気も鎮めた。

(おい、ユィン。一体何をするつもりだ。まさか戦う理由がないから友達になろうとでも言うつもりか?)

(ははは、まさか。ただ話をするだけさ)

 ユィンは〈オメガ〉の問いに答えながら、片目の男に向かって数歩進み出た。

(話し!? 戦いの最中に話しとは……。まあ、大馬鹿のお前らしいがな)

 ユィンは数歩進んで歩みを止めると、片目の男に話しかけた。

「やる前に、少し話さないか?」

 ユィンの言葉に、片目の男は一分の隙も無い身ごなしと鋭い視線のまま、口を開いた。

「貴様は何者だ?」

(〈オメガ〉、俺は何者だって聞かれているんだが、何と説明すればいいのだろう)

(イディオタの弟子とでも言っておけ。直弟子だと言うのだぞ。それで分かるだろう)

「俺はイディオタ様の直弟子の一人、ユィンだ」

 片目の男は、イディオタの直弟子と言う言葉に、僅かに眉根を動かした様に見えた。

「そうか。さすがはイディオタ伯だな。優れた弟子が大勢いる。良いだろう。お前の話を聞いてやろう。だが、俺の質問に答えてからだ」

「わかった」

 ユィンは片目の男の言葉に頷いて答えた。

「先ほどの若い魔導師だが……。あの方は、アルベール王の世継ぎであるカミーユ様か?」

(ユィン、馬鹿正直に答えるなよ。カミーユまで狙われるぞ)

(〈オメガ〉、こちらが嘘をつけば相手も嘘をつく。そうやって世の中は欺瞞に満ちるんだ。奴がカミーユを狙うというなら俺が守ろう)

 〈オメガ〉は暫し考え込んだ。だが、融合してから過ごした時間は短いとはいえ、ユィンの性格を大方掴んだのであろう。早々に諦めた。

(好きにしろ)

(すまない)

 ユィンは〈オメガ〉に詫びると、口を開いて片目の男の質問に答えた。

「違う」

 ユィンの言葉に、片目の男の右目が凄まじい眼光を放った。

「違う……だと……」

「ああ。あいつはイディオタ様が直弟子の一人、カミーユだ」

「イディオタの直弟子の……カミーユか……」

 片目の男は、眼帯に覆われていない右目を閉じ、うつむいた。うつむいた顔の表情はしかとは見えなかったが、ユィンにはかすかに笑っている様に見えた。

「わかった。俺の聞きたい事は済んだ。約束通りお前の話を聞こう。だが、時間稼ぎには付き合わぬぞ」

「そんなつもりはないよ」

 ユィンはそう言うと。言葉を続けた。

「お前達王国軍の目的は、イディオタ様の討伐だろう。イディオタ様は死に、見ての通り〈山塞〉も放棄して兵達も全て解散させた。もうこれ以上戦う必要は無いはずだ。黙って俺達を行かせてはくれないか」

 ユィンの言葉に、片目の男は首を振った。

「それは出来ぬ」

「なぜだ? お前達が組成していた魔法陣から察するに、大規模な山崩れを起こして山を降りるイディオタ様配下の者達を皆殺しにするつもりだったのだろう。だが、それでは麓の村までも巻き込まれるぞ。イディオタ様の配下の兵達はまだしも、何の罪も無い無関係な村人達まで殺すつもりか? それが国を治める者のする事か?」

 ユィンの言葉に、片目の男の右目に僅かだが感情の揺らめきが見えた気がした。しかし、それも直ぐに消え失せ、〈片目〉の男は毅然とした口調で答えた。

「イディオタ伯配下の者達一千名が野に下った後、奴らがヴィンセント様を主君の仇として狙わぬと言えるか? 他国に流れ、フランカ王国の敵には絶対にならぬと言えるか? もし、カミーユ様をヴィンセント様が殺したら、お前はヴィンセント様を狙わぬと言えるか?」

「…………」

 ユィンは片目の男の言葉に返す言葉が無かった。野に下った兵達には、新たな人生を生きよと言い含めて山を降らせたが、それを全ての者が納得したかは分からない。いや、もっと言えば、ヴィンセントを、王国軍を憎んでいる者の方が多いだろう。それに、カミーユを殺されたら、自分も殺した相手を憎まずにいられはしないだろう……。

「どうやら答えは出たようだな。アルベール王の世継ぎである王子が死んだ今、ヴィンセント様までもお亡くなりになれば、この国はまた戦乱の世に逆戻りだ。しかも、今度はアルベール王の様な英雄はいない。いるのは己の欲望を満たす事しか考えない腐った貴族共だけだ。そうなれば、数十万、いや、数百万の民が塗炭の苦しみを味わう事となろう」

 片目の言葉に、ユィンは口を開いた。

「だから、麓の村人数百名の命を犠牲にしても良いというのか?」

 片目の男は、ユィンの言葉に即答した。

「良いとは言わぬ」

「なら……」

 片目の男はユィンの言葉を遮る様に言葉を続けた。

「無辜の民を殺すのは俺だ。俺は俺の正義を貫く。例えそれが血に塗れ汚れた道であろうとな……。お前も己の信じる正義を貫こうとするなら、その手を血で汚す他あるまい」

(ユィン、奴の言う通りだ)

 ユィンには、片目の男の言葉も〈オメガ〉の言葉も、頭では仕方がないと理解できた。だが、心の奥底の何かが必ず違う道がある筈だと叫んでいた。しかし、それを見つける事は、今は出来そうになかった。

(仕方が無い……か……)

 ユィンは心の中でそう呟くと、最後にもう一つだけ片目の男に尋ねた。

「わかった。最後に尋ねるが、お前は何者だ?」

 ユィンの言葉に、片目の男が答えた。

「俺の名はアーナンドだ。ヴィンセント様の……」

 応える〈片目〉の言葉をユィンは遮った。

「俺が聞いているのはそういう事じゃない。お前は、お前達は何者かと聞いているんだ」

 ユィンの言葉に、〈片目〉の表情が険しくなった。

「話はここまでだ。参る……」

(ユィン、一気に来る気だぞ。戦闘形態になるか?)

(いや、まだいい)

 ユィンが〈オメガ〉と話している間に、〈片目〉の体から凄まじい魔力と闘気が溢れ出し、それが合い重なる様に交じり合っていった。それは黒い闘気に変化して〈片目〉を包み込んだ。

(思った通りだな。しかし、何かが違うな……)

 〈オメガ〉の言葉に、ユィンが答えた。

(やればわかるさ)

 黒い闘気の奔流が晴れると同時に、中から凄まじい力を身に纏った、全てに死と破壊をもたらす魔王の様な姿の異形の戦士が現れた。

(ユィン、くるぞ!)

 〈オメガ〉の怒号と同時に、ユィンの全身を異形の戦士の凄まじい殺気と闘気が振るわせた。


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