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戦士の宴  作者: 高橋 連
五章 後編 「シャンピニオン山の戦い 其之五」
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片目

【〈片目〉】


 魔法陣と術式に魔力を注ぎ込む事に集中していた〈片目〉と〈右脚〉、〈左脚〉は、敵の気配に気づくのが一瞬遅れた。その気配にいち早く気づき反応したのは、周囲の警戒の任にあたっていた〈左腕〉であった。

 その敵は城壁から跳躍し、宙空より魔力注入に没頭していた〈片目〉達の隙を突いて襲い掛かってきた。

年の頃は二十台半ば位で、長い黒髪をなびかせた若者であった。身に付けている物は粗末な農夫の衣服だったが、その跳躍力と体から発する闘気により、尋常ならざる手練なのが伺えた。恐らく〈刀鍛冶〉等のイディオタ伯三高弟に匹敵する使い手であろう。

「〈左腕〉!」

 〈片目〉は宙空より襲い掛かる敵を迎え撃とうとする〈左腕〉の身を案じ叫んだ。しかし、バソキヤがそれをたしなめた。

(〈左腕〉も歴戦の戦士だ。敵の技量は見極めておろう。それでも真っ向から迎え撃ち行くのだ。貴様は〈左腕〉の命を無駄にせぬようにしろ!)

 〈片目〉は険しい表情のまま、直ぐに新たな呪文の詠唱に入った。左右の〈右脚〉と〈左脚〉も既に新たな呪文を唱えだしていた。

(あれ程の使い手を仕留める機会はそうはない。外すなよ)

(分かっている!)

 黒髪の敵は、右腕に凄まじい闘気を漲らせて襲い掛かってきた。それを〈左腕〉は両腕に持った短刀を重ね合わせて受けたが、まず右手に持つ短刀の刃が砕け散り、次いで左手にもつ短刀も砕け散った。そして、そのまま〈左腕〉の左手をも切断した。

 腕を斬り落とされた〈左腕〉は大量の出血をものともせず、そのまま半身を捻って左肩の骨に敵の手刀を食い込ませて黒髪の敵の右腕の手刀を何とか止めて封じると、全身の闘気を爆発させるて手足の先に凝縮させた。

まるで灯火が消える前に大きく揺らめく様に、〈左腕〉は己の尽きようとする命を最後に大きく燃え上がらせたのだった。

 〈左腕〉は黒髪の敵の右腕を左肩の骨に食い込ませたまま、闘気を凝縮させて刃と化した右脚の蹴りを敵の脇腹に叩き込んだ。だが、黒髪の青年は〈左腕〉の技量を大きく上回る使い手であった。

 右腕の手刀を挟み込まれた態勢のまま、脇腹を襲う〈左腕〉の右脚を、己の左脚で受け砕いた。その後間髪入れずに襲い掛かる〈左腕〉の左脚蹴り、右腕突きをも、同じ様に左脚で受け砕いた。

更には、その最中に左手で怪しげな印を結びながら詠唱を唱えると、恐るべき速度で呪文を完成させ、〈左腕〉の胸を左手の指先から放った五本の光り輝く矢の様なもので撃ち貫いた。〈左腕〉は胸を貫かれて即死したが、それでも黒髪の敵を離さなかった。

 〈左腕〉が倒されたのと同時に、〈片目〉達は呪文の詠唱を完成させた。それは撃ち漏らしを避ける為に、魔力を練りながら山崩れの為に組成した魔法陣の一部を利用した強力な呪文であった。

(貴様の死は無駄にはせぬぞ!)

 〈左腕〉の死体を担ぐ様にして落下する黒髪の敵を狙って、〈片目〉と〈右脚〉、〈左脚〉達がその呪文を放とうとした時、大地が大きく隆起すると巨大な三本の牙となって襲い掛かってきた。

(しまった! まだいたか!)

 〈片目〉は新手の敵から魔法陣を守るために、〈右脚〉と〈左脚〉に迎え撃つように指示した。

「貴様等は新手を迎え撃て!」

「ははっ!」

 〈片目〉は配下にそう指示すると、己は眼前の黒髪の敵を葬るべく、新手が放った大地の牙を避けつつ必殺の術を放とうと神経を研ぎ澄ませた。

(アーナンドよ、〈左腕〉の死体で奴が身動きの取れぬうちに倒すのだ!)

 バソキヤの言葉に返事をする事無く、〈片目〉は大地から吸い上げた巨大な魔力を丁寧に練り上げ、凄まじい密度に練り寄せた巨大な槍の様な形の魔力の塊を形成した。そして、再び襲ってきた大地の牙を今度は一撃して打ち砕くと、黒髪の敵を狙って魔力の槍を狙い放った。

その巨大な魔力の槍の前には、如何な手練とてその身を貫かれて砕け死ぬしかないと思われた。しかし、黒髪の青年の技量は〈片目〉の予想を裏切った。

 もう一人の敵が放った大地の牙に襲われ、〈片目〉が魔力の槍を放つのが遅れた一瞬の隙に、〈左腕〉の左肩に挟み込まれた右腕の手刀に闘気を込めて爆発させると、〈左腕〉の死体を粉々に破裂させた。その粉々に砕け散った〈左腕〉の肉塊を足場として、迫り来る魔力の槍を避けたのだ。

(ならばっ!)

 〈片目〉は黒髪の敵を仕留めそこなったのを確認すると、いち早く狙いを変えて、新手の敵から仕留めるべく襲い掛かろうとした。

 新たに現れた敵は更に歳若い青年の様であったが、〈右脚〉と〈左脚〉を相手に魔術で渡り合っている事から、その若者もかなりの魔導師と見てとれた。しかし、〈右脚〉と〈左脚〉の二人を相手にしてはさすがに分が悪い様で、すでに防戦一方に陥っていた。

(アーナンドよ、待て!)

(バソキヤ、どうした!?)

 〈片目〉はバソキヤの声に動きを止めると、事態を察した。

 黒髪の敵は着地すると同時に凄まじい速さで大地を蹴り飛ぶと、〈右脚〉の胸を手刀で貫いていた。そして、新手の若者に向かおうとする〈片目〉の隙を虎視眈々と狙っていたのだ。

(速いな……)

(こいつはあの〈刀鍛冶〉以上かもしれぬぞ……。抜かるなよ……)

(ああ……)

 〈片目〉は〈左脚〉を一旦下がらせると、自身も一旦退がって距離を取った。

新たに表れた若者は、〈片目〉達が退がったその隙を逃さず、山崩れを起こす魔法陣を連結させる術式の要の部分を破壊していた。黒髪の敵はそれを庇う様に立ちはだかっていたが、術式の連結破壊が終わったのを確認すると、敵方も一旦退がって距離を取った。

(一瞬でこの魔法陣と術式の要を見抜いて破壊するとは、あの若者も侮れぬな。アーナンドよ、どうする?)

(ああ、確かに。しかし、あの若者は……もしや……)

 思案する〈片目〉に、〈左脚〉が進み出て進言した。

「棟梁、ここはお任せを。〈右脚〉の持っていた瓶も既に割れておりますゆえ」

「わかった」

 〈片目〉はそう言って頷くと、背負っていた袋から瓶をとりだし、その瓶を地に落として叩き割った。割れた瓶より、黒い小さな蠢く物が現れ出でた様に見えたが、それは直ぐに消え失せた。

 〈左脚〉はそれを確認すると地に跪き、魔力を高めながら精神を集中した。それが極限に達した時、〈左脚〉の精神はその体より抜け出た。

(アーナンドよ、あの黒く蠢く物はなんだ?)

 バソキヤの問いに、〈片目〉は周囲の地面を神経質なほど警戒しながら答えた。

(あれは蟻の一種で、地中に巨大な巣を作る事で知られている。そして、数万匹、多い時は数十万匹が一群となって己等の数十倍もの大きさの獣を獲物として襲い掛かり、群がり殺して巣に持ち運ぶのだ。あの蟻の巣の上に知らずに迷い込むと、まず生きては返れぬ)

 〈片目〉の言葉に、バソキヤが更に尋ねた。

(その様な寧猛な蟻を大量に放って、我等も只では済まぬのではないか?)

(普通ならばそうだ。だが、〈左脚〉は精神を飛ばし、あの蟻を数万匹同時に支配下に置いて自在に操れるのだ。恐らく、今頃蟻共は地中を掘り進み、敵の足元に進んでおろう。奴等が異変に気づいた頃には、体中に蟻が群がり、その肉を喰い千切られて命果てるであろうよ)

 だが、異変は敵にではなく、〈左脚〉の方に現れた。

 精神を集中して数万匹の蟻を支配下に置いて操っていた〈左脚〉の体が小刻みに震えだし、やがて白目を剝いて胃の中の物を吐瀉しながら、凄まじい悲鳴をあげて絶叫した。

(アーナンド、すぐに〈左脚〉の精神を引き戻せ!)

 〈片目〉は〈左脚〉の背後から闘気をぶつけて意識を引き戻した。〈左脚〉の精神が肉体に戻ったのを確認すると、敵を牽制しつつ地中の蟻共を焼く為、大地に素早く魔法陣を描いて周囲に巨大な炎の壁を張り巡らせた。

「〈左脚〉、どうした! 無事か!?」

 〈片目〉の声に、〈左脚〉は辛うじて頷くと、幾度か深く呼吸して息を整えてから口を開いた。

「蟻が奴を恐れ近づかぬので、支配力を高めて強引に襲い掛からせ様と致しましたら、蟻共の本能が感じた恐怖が全て私に逆流いたしました……。や、奴は……一体……」

(アーナンドよ、やはり奴は〈刀鍛冶〉以上の強敵の様だな。撤退した奴等よりも、この目前の男の方がヴィンセント殿にとってより厄介な災いとなろうぞ)

(ああ、その様だな……)

 〈片目〉が張り巡らせた炎の壁を隠れ蓑に、敵の若い魔導師が裏門から間道を目指して走り逃げた。

「棟梁、あの若者は私が!」

 よろめきながらも逃げ出す敵を追おうとする〈左脚〉を、〈片目〉は右手で押しとどめた。

「ならん。お前もこの隙に正門の閂を破壊し脱出しろ。そして、本隊のランヌ将軍に敵軍撤退の報を伝えよ。よいな、決して振り返る事無く全力で駆けよ。行けっ!」

 〈左脚〉は頷くと、〈片目〉の命令通り振り返る事無く駆け去った。

 〈片目〉と黒髪の青年は、お互いの味方を逃がす為にお互いを牽制しあって動けずにいた。数瞬後、若い魔導師と〈左脚〉双方がその場より去ると、黒髪の青年が先に動いた。

(来るか! バソキヤよ、最初から全力で行く。融合するぞ!)

(承知!)

 〈片目〉が黒髪の青年の動きに呼応して魔力と闘気を高め様とした時、黒髪の青年の全身から殺気が消えた。そして、殺気のみならず闘気と魔力も静まった。

(どういう事だ……)

 いぶかしむ〈片目〉に向かって、黒髪の青年が口を開いた。

「やる前に、少し話さないか?」


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