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戦士の宴  作者: 高橋 連
五章 後編 「シャンピニオン山の戦い 其之五」
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ユィン

【ユィン】


 〈銀の槍〉配下の部隊長達を説き伏せたユィンは、物資の分配や撤退の実務を彼等に任せ、城内を見回りながらイディオタに託されたカミーユを捜し歩いた。

(おいユィンよ、カミーユを探すのも良いが、イディオタの研究施設はどうするつもりだ?)

 〈オメガ〉は、イディオタが自身の研究施設について何も指示を出さなかったので、その貴重な研究成果をどうすべきか悩んでいた。敵である王国軍に渡すのは癪にさわるが、しかしこのイディオタの偉大な研究を灰に帰すのは、この世界にとって余りにも大きな損失であった。

(ああ、それは兄弟子のレオナール様に引き継いでもらうよ)

(と言うことは、このまま破壊せずに置いておくという事だな?)

 〈オメガ〉の問いに、ユィンはあっさりと答えた。

(ああ。こんな貴重な物を破壊するなど勿体無いだろ。これはこの世界の人間全ての宝だ。だから残していくよ)

 〈オメガ〉は嬉しそうな声音で、己の融合者を罵った。

(お前は本当に大馬鹿だな)

 その言葉に、ユィンは嬉しそうに笑った。その時、廊下を歩く一人の兵を見つけた。

「おい、何をしている。所属する部隊長に従い、早く撤退するんだ」

 ユィンの声に、その兵士は頭を下げながら答えた。

「はい、すみません。この〈山塞〉に着たばかりで、まだどの部隊にも所属していないのです……」

 その兵士は良く見ると随分と若い様であった。

(この〈山塞〉に来て間もない新兵か。この若者も運が無いな……)

「そうか、では裏門から急ぎ落ち延びろ。既に他の者達は裏門より撤退している。お前も急げ!」

 その若い兵士は、ユィンの言葉に戸惑いながら口を開いた。

「あ、あの、その……ギスラン部隊長に、人を探す様に指示されまして……」

「ああ、お前もカミーユを探す手伝いをする様に言われたのだな。だが、それは俺が探すから、お前は早く撤退するんだ。ここはもう直ぐに敵の手に落ちる。急ぐのだぞ!」

 ユィンはその若い兵士を気遣い、撤退する様に命じたのだが、その若い兵士はまだその場に留まって何事か言おうとしていた。

「どうしたのだ。カミーユは俺が探すと言っているだろう! 王太子か何か知らぬが、どうせ甘やかされて育った禄でもない無いお坊っちゃんだろう。お前の様な若い命をそんな奴の為に無駄にする事は無い。早く行け!」

「い、いえ……その……」

(こいつは馬鹿か! せっかく好意で言ってやっているのに!)

 若い兵士の態度に、ユィンの怒りが爆発しそうになった時、ユィンの頭の中で〈オメガ〉の笑い声が鳴り響いた。

(ははははははははははははは! お前は本当に、本当に大馬鹿だな! ははははははははは!)

(うるさい! 何がおかしい! 俺はこの若者の命を無駄に散らせたくないんだ!)

(まだ気づかんのか……。目の前にいるその若者が、お前が探しているカミーユだ。甘やかされた禄でもないお坊っちゃんの王太子様だ)

 ユィンは〈オメガ〉の言葉に、もう一度目の前の若者を見つめた。確かによく見ると、身につけた革鎧の下に着ている衣服は、絹で織られた上質な物であったし、その立ち居振る舞いや言葉は、田舎の村で育った若者のそれとは違っていた。

 うろたえるユィンに、〈オメガ〉が説明した。

(恐らく、カミーユはギスランにお前を探せと言われたのだろう。ギスランはお前がカミーユをイディオタから託されたのを知っているから、カミーユの身の振り方はお前に任せたほうが良いと判断したのだろうよ)

 ユィンは〈オメガ〉の言葉を聞き、その目の前の若い兵士に尋ねた。

「あの……ちなみに、お前がギスラン部隊長より探せと言われた者の名前は?」

 目の前の若い兵士が口にした言葉は、〈オメガ〉の言うと通りの答えであった。

「私が探す様に言われた方はユィンと言うお方で、イディオタ様の直弟子のお一人と聞いております。私も弟子の端くれなので、そのお方を兄弟子と敬い、指示を仰げと言われました」

(〈オメガ〉、お前最初から気づいていたな! 早く言えよ!)

(俺が直ぐに言わなかったおかげで、このカミーユという若者がどんな人間か分かっただろうが?)

 ユィンは〈オメガ〉の言葉に暫し考え込んだ。確かに、お互い知らない者同士で話したおかげで、このカミーユという王太子が想像していた様な甘やかされた馬鹿なお坊っちゃんではなく、謙虚で素直な若者である事が分かった。しかも本人曰く、イディオタの直弟子の一人で、自分の事を兄弟子と敬っている様でもあった。

(たしかに……。〈オメガ〉、ありがとう!)

(俺も礼を言うよ。大馬鹿でありがとう)

(どういう意味だ?)

 訝しげなユィンに、〈オメガ〉は話を変え様と言葉を続けた。

(それよりな。奴はお前を兄弟子と言っているが、正確にはカミーユの方が早く弟子になったのだ。〈イプシロン〉と融合したのもお前より早い)

(つまり?)

(つまり、お前の方が弟弟子になるという事だ。跪いて、礼をするべきなんじゃないか? はっはっはっはっは!)

 〈オメガ〉の言葉に、ユィンは頷いた。

(確かにそうだな)

 そして、跪いてカミーユに弟弟子の挨拶をしようとした。

(おいおいおいおい! 待て待て!)

(〈オメガ〉、どうしたのだ?)

 〈オメガ〉は己の敗北を悟った。馬鹿には勝てない。ましてや大馬鹿には……。

(嘘だ。すまん、俺が嘘を言った。お前が兄弟子だ。だから、お前が弟弟子であるカミーユをきちんと導いてやれ。良いな?)

(なんだ。お前もそんな嘘を言うなんて人が悪いな。危うくだまされる所だった。はっはっはっは)

 ユィンは、カミーユの瞳を覗き込むと、改めて名乗り、頭を下げて詫びた。

「俺がユィンだ。君がカミーユだね? さっきは酷い事を言って済まない」

「いえいえそんな、ユィン兄さんが誤る様な事はありません。ユィン兄さんが仰るとおり、私は王宮で甘やかされて育った為に世間を知りません。今後共宜しくご指導をお願い致します」

 カミーユはそう言うと、地に跪いて、ユィンに弟弟子の挨拶をした。

(なかなか出来た若者の様だ)

 ユィンの言葉に、人を褒める事のない〈オメガ〉が珍しく褒め言葉を口にした。

(ああ。こいつは今時珍しいほど良く出来た奴だよ。素直で真っ直ぐなだけでなく、頭も良い。イディオタの弟子となって間もないが、その魔術の知識と腕前は、周辺諸国の宮廷魔導師に匹敵する。そして、人を引き付ける魅力に溢れている。父であるアルベール王に似てな……。だからこそ、この様な仕儀になったのだがな……)

 ユィンは跪くカミーユを立たせると、指示を与えた。

「ではカミーユ、お前はイディオタ様の直弟子の一人として、先行して麓の村へ降り、戦いが終わったのでもう危険はないと説明してくれ」

「分かりました。その後はいかが致しましょう?」

 カミーユの問いに、ユィンは笑って答えた。

「俺はこの〈山塞〉に最後まで残り、皆の撤退と敵軍の動きを見届ける。それらが全て終われば俺もすぐに麓の村へ降りるから、お前は村で待っていてくれ。その後は、カミーユさえ良ければ一緒に旅をしよう」

 ユィンの言葉に、カミーユは嬉しそうに頷いた。そして、ユィンに別れの挨拶をしようとした時、不意に裏門の方角を振り返った。

「これは……?」

 カミーユの言葉に、ユィンも裏門の方角を見上げたが、何も異変は感じられなかった。だが、ユィンの中の〈オメガ〉もカミーユが気づいた異変を察知した様であった。

(これは魔力の波動だな。しかも大分と大きな術式だぞ……。どうやら敵がすでに〈山塞〉に侵入しているようだな……。ユィン、神経を研ぎ澄ませて、魔力の僅かな流れを感じて見ろ!)

 ユィンは〈オメガ〉に言われた様に、魔力の流れだけに神経を集中した。すると、裏門の方角から、大規模な術式にながれ込む糸の様な細い魔力の流れを感知した。

(しまった! 既に敵が侵入していたとは!)

「カミーユ、裏門に急ぐぞ!」

「はい!」

 ユィンとカミーユは、魔力の流れを感じる裏門へと急いだ。


連載が止まってしまっていて、申し訳ないです><


この五章後編と、エピローグである終章で終わりなので、

出来るだけ滞ることなく連載していきますので、今後とも宜しくお願いします^^

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