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戦士の宴  作者: 高橋 連
五章 後編 「シャンピニオン山の戦い 其之五」
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片目

【片目】


 険峻で知られるシャンピニオン山を、大きな荷物袋を背負い、近衛軍の正規の軍装ではなく革鎧でその身を包んだ四名の男達が、山道ではない山肌を這う様にして山頂目指して進んでいた。〈片目〉と一族最強の戦士の称号を持つ〈四肢〉達であった。先のカミーユ暗殺の戦いで〈右腕〉が斃れ、〈四肢〉は〈三肢〉となっていた。 

 防備の堅い〈山塞〉に潜入し、本隊の城攻めを援護する為、〈片目〉は一族最強の戦士である〈四肢〉を率い、本隊より先行して〈山塞〉を目指していたのである。その為、山道ではなく険峻な山肌を進んでいたのだった。

 山の中腹にある山道の砦から大分上に進んだ所で、〈片目〉は配下の〈左脚〉に声をかけた。

「〈左脚〉、正門を破壊するまでは我等の動きを気取られてはならぬ。警備の者がいない地点を確かめてくれ」

「はっ!」

(転心の術か。便利な術だな……)

 バソキヤの言葉に、〈片目〉は背の荷物袋を見ながら答えた。

(ああ。この荷を苦労して背負って来た価値はある)

 〈左脚〉と呼ばれた男は、自分の背中に背負っていた大きな包みを降ろすと、その包みの中から鳥篭を取り出した。その中には、大きく立派な鷹が入れられていた。

 〈左脚〉は鳥篭よりその鷹を出すと自分の右腕に乗せ、地に跪いた姿勢のまま瞳を閉じた。その瞬間、〈左脚〉の腕に止まっていた鷹が天高く舞い上がった。そして、そのまま山頂へと飛んで行き、山頂にある〈山塞〉の上空を何度か大きく周りながら飛ぶと、また〈左脚〉の右の腕へと舞い降りた。

 鷹が舞い戻ると〈左脚〉は瞳を開き、鷹を鳥篭に戻すと〈片目〉に報告を始めた。

「棟梁、山頂の〈山塞〉を守備する兵達は、〈山塞〉裏手の間道より一斉に撤退を始めております。正門および周囲の城壁には既に守備兵はおらず、〈山塞〉を放棄しての撤退と思われます」

 〈左脚〉の報告を聞いた〈片目〉は、失念の呻きを漏らした。

「しまった……。〈山塞〉へ急ぐぞ!」

 〈片目〉の言葉に、配下の〈左腕〉が尋ねた。

「棟梁、敵が指揮官を失い戦意を無くして撤退しているならば〈山塞〉を容易く落とせるではないですか。堅城で知られる〈山塞〉に籠もられれば相当の被害が予想されましょう。敵が撤退し無傷で落とせるならば重畳と存じますが……」

 配下の言葉に、〈片目〉は己も見落とした点を説明した。

「あのイディオタ伯の元で先の大戦を戦い抜いた猛者共が、己達の主君を討たれて戦意を失うわけが無い。奴等は恐らく、この戦いに勝ち目が無いと判断し、野に下り散って、無数の刺客となる気であろう……」

 〈左腕〉は、〈片目〉の言葉を聞いて、正確に事態の危険さを言葉にして発した。

「千人近い手練の者達が地下に潜り、ヴィンセント閣下を狙う刺客となる……。そんな事になれば、以下に我等が警護しようと、それら全てを防ぐのは難しいのでは……」

「そうだ! だからこそ奴等の撤退を阻まねばならん。急ぐぞ!」

「ははっ!」

 〈片目〉と〈四肢〉達は、〈山塞〉の側面より山肌を急ぎ登り始めた。


 〈左脚〉の報告通り、〈山塞〉の守備は放棄されており、〈片目〉達は難なく〈山塞〉へと侵入を果たした。

「奴等、あんな所に間道を造っておったのか……」

 〈片目〉は城壁に上って身を隠し、撤退するイディオタ伯の部下達を見ながら周囲の地形を観察して思案を巡らせた。

(イディオタ伯や高弟は死んだが、兵達は殆んど消耗していないな。一千名程か……)

 〈片目〉の言葉に、バソキヤが尋ねた。

(どうする? あの数相手では、如何にお主等が手練と言えど、多勢に無勢ぞ)

 バソキヤの言葉に、〈片目〉は更に思案を巡らせた。相手の長所は時に弱点となる。

(この天嶮を利用する。奴等は幸いにも後方を突かれるとは思ってはおるまい。我等は四名で山肌の要所に魔法陣による術式を描き、大規模な山崩れを起こす。間道を緩々と進んでいる奴等は後ろからの山崩れに呑まれて全滅だ)

 〈片目〉の言葉に、バソキヤが一つの懸念を口にした。

(しかし、奴等を全滅させる程の山崩れとなれば、相当大規模なものになる。そうなれば麓にある村も山崩れに巻き込まれるぞ……)

 バソキヤの言葉に、〈片目〉は表情を崩さずに――表面上はだが――答えた。

(あの御方を護る為には致し方ない。あの御方が倒れれば、麓の村人の何万倍もの人民がまたも戦乱の苦しみに喘ぐ事になるのだ。汚名は俺が被る。それが我が仕事だ)

(お主がそれ程の覚悟であるなら、我も共に汚れよう)

(すまぬな……)

 〈片目〉は心の中でバソキヤに詫びると、配下の〈四肢〉達に作戦の概要を説明した。それに異議を唱える者も、意見を口にする者も誰一人いなかった。

(良い部下を持ったな)

 〈片目〉はバソキヤの言葉に頷いて心の中で部下達に詫びると、号令をかけた。

「では〈右脚〉と〈左脚〉は俺と共に魔法陣の術式の組成に入るぞ!  〈左腕〉は周囲の警戒に当たれ!」

「ははっ!」

 魔術に秀でた〈右脚〉と〈左脚〉は〈片目〉と共に、山肌の要所に張り付いて魔法陣の組成に取り掛かった。魔術ではなく闘気術に優れた戦士の〈左腕〉は、気配を殺しながら周囲の警戒に当たった。

 暫くして、魔法陣と術式がほぼ完成しかけた頃、イディオタ伯の部下達の最後尾らしき一団が、〈山塞〉の裏門を通り間道を歩いて麓へと向かっていった。

「なんとか間に合いそうだな。では最後の仕上げといくぞ。魔力の伝達は感知されぬように、極々微小の細い糸の様に伝達させろ。よいな!」

「はっ!」

 〈片目〉達は魔法陣とそれらを繋ぐ術式の組成を完了し、大規模な山崩れを起こす為に、それらを連動して起動するように魔力を伝達して連結させる作業に取り掛かった。

 〈片目〉と〈右脚〉、〈左脚〉の三人は、イディオタ伯の部下達に察知されぬように、極微量の魔力を体内で細い糸のように練り上げると、それぞれが組上げた魔法陣に流し込んだ。

 山肌に描かれた三つの大きな魔法陣と、それらを繋ぐ術式の紋様が、〈片目〉達の魔力を吸い込み淡い光を放ち始めた。いまその三つの魔法陣が、間道を通って撤退するイディオタの配下一千名と麓の村人数百名の命を一瞬にして刈り取ろうとしていた。


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