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戦士の宴  作者: 高橋 連
五章 後編 「シャンピニオン山の戦い 其之五」
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ユィン

【ユィン】


 ユィンと〈竜殺し〉配下の兵達が山頂の城館に辿り着いたのは、日が天頂に過ぎて傾きかけた頃であった。

「ユィン様、ここがイディオタ様の居城〈山塞〉です」

「この城は〈山塞〉という名前なのか?」

 ユィンは、〈竜殺し〉配下の兵を統率するギスランの言葉に思わず尋ね返した。

イディオタの居城は確かに城にしてはいささか小さな造りであったが、その壁材や仕上げは大貴族の居城にも引けをとらぬ贅を尽くした華麗な物であった。

しかも、その華麗な姿とは裏腹に、城壁塔や出し狭間等の設計や配置は実戦的な上、城の聳えるシャンピニオン山自体が峻厳険路で名高い為、難攻不落の山城となっていた。けっして〈山塞〉などと呼ぶ様な城ではなかった。

 ギスランはその言葉に、笑いながら名前の由来を説明した。 

「アルベール王陛下がイディオタ様の居城にと築城なされた際は、イディオタ様の栄光に報い讃える城という意味でグロワール城と名づけられたのです。しかし、イディオタ様が〈山塞〉と呼ぶので、いつしかそれが呼び名になってしまいました」

(あの御方らしいな……)

 ユィンは笑みを浮かべて頷いた。

 〈山塞〉の正門を潜ると、ユィンは周囲の兵達の士気の高さに驚いた。士気が高いというよりも、まるで戦いを楽しみに待っているかの様であった。

(なるほど、勇将の下に弱卒なしとはよく言ったものだ。〈銀の槍〉に似て、配下の兵も根っからの戦士らしい)

(ユィン、ぼーっとしているなよ。ギスランが物資の分配準備の指示を終えた様だぞ。はやく広間にいって撤退の準備を進めねば手遅れになるぞ)

 ユィンは〈オメガ〉の言葉に頷くと、〈山塞〉の物資を分配する準備の指示を出し終えたギスランに声をかけた。

「細々とした事は勝手が分からぬゆえ助かる。物資の分配にはどれくらい掛かりそうだ?」

 尋ねられたギスランは暫し考え、答えた。

「財貨は身分を問わず人数で頭割りし、食料やその他の物資は、数は正確には把握していませんが十分にあるはずなので、各自の裁量で倉庫より持ち出させます。ですから時間はそう掛からぬと思います。問題は〈銀の槍〉様配下の兵や部隊長達が撤退に応ずるかですな……。我等は〈竜殺し〉様より直にお言葉を受け納得いたしましたが、〈銀の槍〉様が戦死した今、彼等の復讐心を抑えられるか。正直私には自信が御座いません……」

 ギスランの言葉に、ユィンは己の使命の重さを再認識した。イディオタと〈竜殺し〉の偉大なる両名が己の命を賭してまで自分に託した使命を果たす為には、己が命を賭ける気持ちだった。

「それは俺が説得しよう。さあ、時間がない。急ごう!」

「ははっ!」

 ユィンはギスランに案内されて、〈銀の槍〉配下の部隊長達が待つ〈山塞〉中央の大広間へと急いだ。

 ユィンとギスランが広間に着くと、既に〈銀の槍〉配下の部隊長達が広間の円卓に着座し、王国軍を迎え撃つ軍議を始めていた。

撃って出る出撃派と城に籠もって迎え撃つ籠城派の二つにわかれ、激しく怒鳴りあっていたが、退却を口にする者は一人としていなかった。

 広間に現れたユィンとギスランに気がついた部隊長達は、部隊長の中でも最古参のギスランに敬意を表して全員が席を立って出迎えた。

山道の砦を守る〈竜殺し〉配下のギスランが〈山塞〉に現れた事から、戦況の厳しさを悟った部隊長達を代表し、〈銀の槍〉配下の部隊長の中でも筆頭格であるリオネルが口を開いてギスランに尋ねた。

「ギスラン殿、貴殿がここに来られたという事は、山道の砦は……」

 ギスランは動揺する皆を落ち着かせようと、皆に円卓の席に座るように促した。

「皆の衆、まずは席に座られよ。話はそれからだ」

 ギスランの言葉で〈銀の槍〉配下の部隊長達はひとまず円卓の席へと座った。そして、部隊長達が落ち着いたのを確認すると、ギスランは感情を殺し、淡々と現在の戦況を皆に聞かせた。

「皆、心平らかにして聞かれよ。王国軍の新兵器は想像以上の力を有していた。その為、先行して敵将を狙ったイディオタ様と〈銀の槍〉様は……、共に戦死なされた」

 ギスランの言葉に、部隊長達から動揺の声があがった。

「イディオタ様と〈銀の槍〉様が討ち死にだと!?」

「そんな馬鹿な!」

「それは誤報ではないのか!? ギスラン殿、お二人の死体をしかと確認されたのか!?」

 ざわめく広間に、ギスランの戦場で敵兵を凍りつかせ、味方を躍らせた怒声が轟いた。

「各々方、落ち着かれいっ!」

 その声により広間に静寂が戻ると、ギスランは言葉を続けた。

「戦況報告はまだ途中だ。お二人の事は戦況報告が終わった後に説明する」

 リオネルがギスランに詫びた。

「ギスラン殿、見苦しい様をお見せして申し訳御座らぬ。報告の続きをお願い致す」

「では、戦況報告を続ける。お二人が戦死なされた後、エドワード様がお一人で王国軍本隊を山道の砦にて迎え撃って時間を稼いで下さったが、恐らくは……。物見を放つ余裕は無かった故正確な事は分からぬが、王国軍は恐らく今頃は既に山道の砦を抜いて、この〈山塞〉に進んでおろう」

 ギスランの報告に、〈銀の槍〉配下の部隊長達が感じた疑問をリオネルが尋ねた。

「何ゆえエドワード様はお一人で王国軍を迎え撃たれた? 貴殿と兵達はどうしたのだ?」

「我らはエドワード様の命により、全軍この〈山塞〉へと撤退いたした」

「全軍撤退? 何故だ。山道の砦より〈山塞〉の方が敵を迎え撃ちやすいと言うのは分かるが、何故エドワード様はご一緒に撤退されなかったのだ。お主はエドワード様を見捨てて〈山塞〉に逃げてきたというのか!?」

 リオネルの言葉に、今まで感情を出来得る限り抑えてきたギスランの心が爆発した。

「置いて逃げただと! 我等は主命にて山道の砦より撤退したのだ!」

「ならば何故エドワード様お一人残られたのだ! しかもイディオタ様と〈銀の槍〉様が揃って討たれる様な王国軍を相手に……。何もかも解せぬ!」

 激しく動揺し口々に叫ぶ部隊長達に、ギスランの怒声も混じり、広間は混乱の様相を呈した。

 ユィンは全身の闘気と魔力を爆発させると、それに殺気をのせて全身から解き放った。

(おい、ユィンよ。どうする気だ?)

 ユィンの凄まじい殺気に撫でられたギスランと他の部隊長達は、一瞬にして凍りついた。如何に歴戦の勇士といえど、イディオタより〈オメガ〉を託されたユィンの殺気を浴びて怯まずにいられる者はいなかった。

(俺が話そう。俺の中には〈オメガ〉、お前より受け継いだイディオタ様の想いがある。その中にはいま争っているヴィンセント殿や亡きアルベール王の、そしてイディオタ様が匿ったカミーユら皆の想いも詰まっている……)

(そうだな……。任せたぞ)

 ユィンは〈オメガ〉に頷いて応えると、殺気を消して口を開いた。

「皆さん、失礼を致しました。皆さんに落ち着いて話を聞いて頂きたかっただけなのです。どうかお許し願いたい」

 皆に深く頭を下げるユィンを見て、皆の視線がギスランに集中した。

「このお方は、イディオタ様の直弟子にして〈オメガ〉様を託されたユィン様だ。ユィン様がイディオタ様より、最後の命を託されたのだ」

 ギスランの説明に、部隊長達はざわつきながらも、納得した様子であった。先ほどの様な殺気は尋常ならざる者にしか発しえぬものであった。それがイディオタの直弟子で更にはあの〈オメガ〉を託された、即ち後継者と目された者と聞かせられれば納得せざるを得なかった。

 ユィンは、部隊長全員の顔を一人一人見廻すと口を開いた。

「私はイディオタ様がお亡くなりになる時に〈オメガ〉を託され、最後の使命を受けました。それは、カミーユの庇護と、全軍を解散して下山し、皆に第二の人生を歩ませるという事です」

 ユィンの言葉に、少しざわめきが起こったが、ユィンはそれを無視して言葉を続けた。

「エドワード様にもその使命をお伝えしました。そして、エドワード様はその使命を私に全うせよと仰り、迫る王国軍をお一人で足止めして時間を稼いでくださったのです。恐らく、如何にエドワード様とて王国軍相手にお一人では……。だからこそ、時を無駄には出来ません! 皆さん、イディオタ様とエドワード様の最後の命を聞き届け、全軍撤退の準備を始めて下さい」

 ユィンの言葉に、リオネルが口を開いた。

「我等は先の大戦で功有りと言えども、決して罪に問われる行いは御座らぬ! それを謀反の罪を着せられた上に主君をも討たれ、一戦も交えずに撤退せよとは……。如何にイディオタ様の命であろうと聞けませぬ! それに、我等が指揮官である〈銀の槍〉様は如何されたのです。〈銀の槍〉様の最後にもユィン様は立ち会われたのですか?」

 リオネルの言葉に、部隊長達の瞳はユィンを見つめた。己が主人の〈銀の槍〉の最後の様を聞きたい気持ちと、行方が知れずとも誤報の可能性が僅かでも有って欲しい気持ちを込めながら。

「〈銀の槍〉殿の最後は……」

(おい、お前馬鹿正直に話す気じゃないだろうな!)

(それは……)

(如何にお前がイディオタの後継者として俺を託されたとはいえ、〈銀の槍〉をその手で殺したなどと言ってみろ! こいつらはお前を憎む事はあっても、お前の言葉を聞く事は決して無いぞ! そうなれば、皆この〈山塞〉に立て篭もって王国軍相手に玉砕するだろうな。ユィン、お前そうなっても良いのか!?)

 〈オメガ〉の言葉に、ユィンは頷きながらも、ある信念を持っていた。

(俺と〈銀の槍〉は確かに戦い殺し合い、最後に〈銀の槍〉が死んだ。だが俺達は、闘いと言う命を削りあう中でお互いを分かり合えたんだ! 一瞬の事であったとしても……。俺はイディオタ様と〈竜殺し〉様の、そして〈銀の槍〉の魂に、誠心でもって応えたい)

(ふー。勝手にしろ。お前はやっぱり大馬鹿野郎だよ)

(〈オメガ〉、勝手を言ってすまない……)

 ユィンの言葉に、〈オメガ〉は珍しく笑いながら答えた。

(だが、イディオタの奴も大馬鹿野郎だったからな。大馬鹿にはもう慣れたよ)

(ありがとう……)

 ユィンは、静かに、だが広場の隅々までよく通る声で、〈銀の槍〉との戦いを部隊長達に語って聞かせた。その結末までも。

 その言葉に、部隊長達は静まり返った。ギスランまでもが驚きの余りに言葉を失っていた。その静寂を、リオネルが破った。

「では、〈銀の槍〉様を殺したのは貴方と言う事ですか」

 ユィンは頷いて答えた。

「そうだ。言い訳はしない」

「あ、いえ、言い過ぎました。貴方が〈銀の槍〉様の最後の相手をして下さったのですな……。あの方らしい最後だ……」

 リオネルはそう言いながら瞳を閉じると、祈りを捧げた。まるで天空に〈銀の槍〉の魂が彷徨っているかの様に天を仰ぎながら。他の部隊長も頷きあいながら、暫し黙祷し〈銀の槍〉の魂に祈りを捧げた。

「ユィン様、お気になさらずに……。イディオタ様より〈オメガ〉様と最後の使命を託された貴方の立場も分かるつもりです。それに、戦いとは己の命を賭けて相手の命を奪うものです。それが戦士のならい。〈銀の槍〉様の最後を看取っていただき、我ら一同、御礼申し上げます!」

「御礼申し上げます!」

 リオネルの声にあわせ、他の部隊長達も頭を下げてユィンに礼を言った。

「では、イディオタ様の最後のお言葉、聞き届けていただけますね」

 〈銀の槍〉の事を話したおかげで、ユィンを本当の意味で仲間に迎えたかに見えた部隊長達だったが、その事に関しては首を縦に振らなかった。

「それはお断り申し上げます! エドワード様配下の者達は好きになされるが良かろう。その代わり、我ら〈銀の槍〉配下の部隊も好きにさせて頂く。我ら一度として敵と相見える事無く逃げた事などありませぬ。戦の勝敗は時の運。我等が戦ぶり、王国軍の腰抜け共に見せてくれる!」

 リオネルの言葉に、他の部隊長達も時の声を上げて賛同した。

「我等が戦ぶり、〈銀の槍〉様も天にてご照覧あれ!」

「出撃だ!」

「おお!」

 意気天を突くとはまさにこの事であった。〈銀の槍〉の最後を聞いた部隊長達は、己が死に場所を求めたのだった。

「まて、お主等! ユィン様、如何致しましょうか……」

 ギスランの言葉も、彼等の耳には届かぬ様子であった。

(〈銀の槍〉も頭の悪い奴だったが、配下の奴等もここまで馬鹿とは……。ユィンよ、どうする?)

(何としても、止めなくては……。何としても……)

「皆さん、待って下さい! 貴方達は先の大戦で功ありと言われましたね」

「ああ! そうだ! 我等はイディオタ様や〈銀の槍〉様に従い、アルベール王が平和の世をお創りになる為の尖兵として戦ったのだ!」

「そうだ!」

 部隊長達は十数年前の戦いを思い起こし、口々に叫んだ。その叫びが収まるまでまってから、ユィンは語りかけた。

「〈オメガ〉の記憶より、その戦いの事を多少は知りました。荒れ果てた国土、戦に翻弄され草莽の様に殺される民達、そんな世が好むと好まざるとに関係なく人々を獣に変えていった……。そんな世を変えたくて、アルベール王様は立ち上がり、イディオタ様はついて行かれたと……」

 ユィンは更に続けた。

「目指すべき物は、この国の民の幸せを願うという気持ちは、ヴィンセント様もカミーユ様も同じなのです。だが、進むべき道を違えてしまったが為にこの戦が起こったと聞いております。だからこそ、イディオタ様は戦を終わらせたいとお考えになられたのです。いま我等と王国軍が死力を尽くして戦えば、勝った方も只では済みますまい。そうなれば、隣国が国境を侵し、またも民達が塗炭の苦しみに喘ぐ事となります」

 ユィンの言葉に、部隊長達は己達が戦った理由を今一度思い出していた。

「イディオタ様も死にました。エドワード様も〈銀の槍〉も……。王国軍の兵士とて死にました。もう血を流すのは十分ではないでしょうか……。貴方達がこの国の為に成せる事、成すべき事は他にもある筈です。どうか、先に逝った先達の意志を汲んで下さい……。どうか……」

 ユィンの言葉に、部隊長達は黙ったまま円卓の席を立つと、各々の率いる部隊へと散っていった。撤退の準備を進めるために。

(大馬鹿も良いものだな)

(〈オメガ〉、お前が俺を褒めてくれるなんて珍しいな)

(お前は本当に馬鹿だな。大馬鹿って言われて褒めてもらっていると思うなんて。馬鹿の意味を知らないのか?)

(はははは。大馬鹿ってのは最高って意味だろ。ははははは)

 〈オメガ〉はユィンの言葉に、イディオタを重ね思い出していた。

(分かってるじゃねぇか……)

 こうして、〈山塞〉に立て篭もるイディオタ軍は解散し、新たな人生を生きるべく、全軍撤退の準備を始めた。


ついに五章後編のスタートです!!


四章後編で撤退した竜殺し配下の兵たちとユィンが、山頂の城にたどり着いたところからのスタートです!


わすれちゃったwという方は、四章後編を読み直してね^-^



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