アーナンド
【アーナンド】
アーナンドは、ウェストフェン侯との契約により守りを固めている砦の物見櫓に上り、砦を包囲する攻め手の王国軍を眺めた。
王国軍はアーナンド達の籠もる砦を隙間無く包囲すると、後方に塹壕を掘り、その上に矢板を被せて防護すると共に、兵の移動を気取られぬ様にしていた。
包囲軍より多数の炊事の煙が上がり後方の軍は騒がしかったが、前線側の包囲陣の兵達はその騒ぎにも微動だにする事無く、出撃態勢を維持しながら整然と待機していた。
(ウェストフェン侯は数日凌げば隣国より援軍が駆けつけると言っていたが、敵軍の到着が早すぎる。これでは隣国の援軍が来るまで十日は掛かるであろうな……。軍容を見る限り、攻め手の将は只者ではない。この砦に籠もって十日間を凌ぐのは難しいだろうな……)
「アーナンド様、砦を包囲している敵軍より和平の使者と申す者が参り、これを持参致しました」
使者の到来を告げにきた一族の若者は、そう言いながら獣の皮を丸め蝋で封を施した書簡をアーナンドに手渡した。
「その使者は和平と申したのか?」
「はい、そう申しております」
アーナンドの言葉に、一族の若者は頷きながらそう答えた。
「その使者はどうした?」
「使者の者は返答を持ち帰ると申して、待っております」
「そうか、では使者を広間に通して、水と食事を与えよ。丁重にな」
「はは!」
アーナンドは頷く一族の若者に言葉を続けた。
「それと、書簡は自室にて見る故、叔父上にお出で下さる様にお伝えしてくれ」
「畏まりました」
一族の若者は、物見櫓の梯子を急ぎ下りていった。アーナンドは若者が去った後も暫し王国軍を眺め、思案を纏めると自室に戻った。
アーナンドは自室としている砦の一番高い塔で、使者の持参した書簡を広げながらシンハが来るのを待った。
暫くして扉を叩く音がすると、シンハが扉を開けて入ってきた。
「使者が来たそうだな。降伏勧告の使者か」
アーナンドは机の上に用意していた二つの杯に葡萄酒を注ぎながら答えた。
「いえ、和平の使者と申しております」
「向こうは和平と申しているのか」
「はい」
アーナンドはそう言うと、使者が持ってきた書簡をシンハに見せた。
「ははは。この国の言葉以外に、ご丁寧に南方の砂漠の民の文字でも書いてあるな。我らを砂漠の民と思ったか」
シンハはその書簡に目を通すと声を上げて笑いながら、アーナンドのすすめた杯を一気に飲み干した。アーナンドはその空いた杯に、更に葡萄酒を注いだ。
「それか、我らがこの国にやってきて間も無いと考え、旅路の砂漠の国の文字ならば読めると考えたのかもしれません」
確かにアーナンド達はフランク王国に着て間も無く、会話くらいは出来るほどに言葉を覚えてはいたが、いまだ読み書きを出来る者は少なかった。だが、南方より旅してきた為、砂漠の国の文字は読み書きも出来る者が多かった。
「なるほど。敵将は中々の知恵者の様だ。それで、どうするつもりだ」
「ウェストフェン侯との約定では数日間砦を守れば援軍が来るとの事でしたが、敵軍の展開速度が予想以上でした。これでは援軍が来るまで十日は掛かりましょう」
「この砦をこの兵数で十日間か……。まず無理だな」
シンハはそう言うと、杯の葡萄酒を飲み干した。空いた杯にまたも葡萄酒を注ごうとしたアーナンドに、片手でそれを止める仕草をすると言葉を続けた。
「それで、どうする」
アーナンドは手に持った葡萄酒の瓶を置き、自分の杯の葡萄酒を一口飲んで答えた。
「和平の会談に応じようと思います。それで暫し時を稼げますし、敵将の顔も確認できます」
「なるほど。敵将の顔を確認し、夜陰に乗じてその首を取るか。まあ、十日間凌ぐにはそれしかあるまいな」
「はい」
「それか、和平に応じるか、だな……」
シンハは、アーナンドの心の奥底を汲み取る様にアーナンドの瞳を覗き込みながら言葉を続けた。
「ウェストフェン侯との約定は数日間の筈だ。奴がしくじったか、敵将が出来る奴だったのかは分からぬ。だが、初めの約定と状況が変わったのであれば、約定を破棄して和平に応ずるという選択肢もあるであろう。我らはこの国の者ではないのだ。奴らも我らが砦を放棄して去れば、追ってはこまい」
アーナンドはシンハの言葉に返答しかねる様であった。
「まあ良い。まずは話してから考えても良い事だしな。それに、棟梁はお前だ。俺も含め、一族の者はお前の決断に従うまでよ」
シンハはそう言うと、机の上の葡萄酒の瓶を掻っ攫ってアーナンドの部屋を出ていった。
(確かに叔父上の言うとおりだ。しかし、約定を違えればこの先一族の信用は地に落ちるだろう。だが、この戦いは分が悪すぎる。敵将がウェストフェン侯の意図を見抜いているとすれば、被害を省みずに力攻めで砦を落としに来るであろうな。そうなれば、一族は女子供に至るまで命を落とす……)
思い悩むアーナンドの頭の中に、バソキヤの思念が響いた。
(アーナンドよ、思い悩む事はあるまい。お主が考えた様に、敵将と会って時間を稼ぐと同時に顔を確認し、夜陰に乗じて敵将を討てばよかろう。敵軍が多かろうと、融合した姿に変化すれば、討ち取れぬ事もあるまい)
(そうだが……。敵将自らが和平の会談に来るとは限るまい?)
(その時は時間だけ稼げばよいではないか。どちらにしても、先ずは会談に応じてからの事だ)
(そうだな。先ずは相手の出方を見るとするか……)
アーナンドは約定通りシンハだけを連れ、定められた日の出の時刻に敵軍との間の地点で敵将と会談した。
空は雲一つ無い晴天で、頬を撫でる風が心地の良い日であった。周囲には突撃の合図を待つかの様に、殺気を漲らせた油断なき大軍が取り囲んでいたが、会談に現れた敵将を見たアーナンドの心は、天の様に晴れやかであった。
敵将は背が高く筋骨も逞しい偉丈夫であった。その顔は逞しく日に焼けて引き締まり、その瞳には知性の輝きが見えた。そして、善悪や男女等といったものを問わず全ての者を惹きつけるような魅力と、野生の獣の様な猛々しさを感じさせる男であった。
(あの男相手に、ウェストフェン侯では荷が勝ちすぎると言うものだな)
(そうだな。だがアーナンドよ、人の心配事をしている時ではないぞ。あの敵将の傍らに侍る学者風の若者、あれは只者ではないぞ……)
バソキヤの言葉に、アーナンドは問い返した。
(あの護衛らしき学者風の若者が、俺達の手に余ると言う事か?)
敵将は尋常ならざる覇気と器を感じさせたが、それ以上にバソキヤの注意を引いたのが、その敵将の共として側に侍る男であった。
背丈は取り立て大きいわけでもなく、逞しい分けでもなかった。どちらかと言うと学者風の穏やかな感じの青年で、どう見ても護衛には見えなかった。だが、その瞳の奥底の光がバソキヤの魂に危険だと喚き叫ばせていたのだ。
(アーナンドよ。その側にいる男に注意を怠るなよ。取立て闘気や魔力を感じるわけではないが、あの瞳の奥底に宿る力はまるで……)
(まるで何だ?)
言葉に詰まるバソキヤにアーナンドは尋ねたが、バソキヤは返答に窮したようだった。
(まるで……、何と言うか……)
(何だよ、知り合いか?)
バソキヤはアーナンドの軽口を無視すると、己の言葉が己でも信じられぬと言わんばかりにぶっきらぼうに答えた。
(奴の瞳に竜の様な威圧感を感じるのだ。何となくだが……)
(竜!? 竜なんてものが本当にいるのか?)
(お主の一族の始祖であるアーユルと共にいた時、一度だけ見た事がある)
(バソキヤは竜を見た事があるのか? じゃあ、あの男が竜だっていうのか?)
アーナンドの言葉に、バソキヤはうろたえながら答えた。
(あの男が竜だとは言っておらん! 上手く説明できぬが……。だが、あの男がいる限り、夜陰に乗じてとはいえこの大軍の中を忍び入って敵将を討つのは止めておいた方が良かろう)
(まさか、本当に竜などという生き物がいるとは……。俺は竜などと言う生き物を見たことが無いので何とも言えぬが、確かにあの男が只者ではないのは俺も感じる。恐らくあの男が護衛に付いている限り難しかろうな)
アーナンドの言葉に、バソキヤは尋ね返した。
(なればどうする?)
その時、敵将の男が口を開いた。
「会談にお出向き頂き、かたじけない。戦時なれば馬上にて失礼致す。私はフランク国王アルベール一世の弟にして宰相及び近衛軍総司令官を勤めるヴィンセントと申す。まずは貴殿の名を伺いたい」
アーナンドは同じく馬上にて威儀を正すと、大声ではなかったが良く通る声で己の名を答えた。
「丁重なお言葉痛み入る。それがしはアシュタヴァクラ一族を率いるアーナンドと申します。傍らに控えるは叔父のシンハと申す者です。失礼でなければ、そちらの御仁の名も伺って宜しいでしょうか」
アーナンドの言葉に、ヴィンセントが笑って答えた。
「なるほど。お二人の隙の無い様子からさぞ名のある方々とは思ってはいたが、お二人があの名高いアシュタヴァクラの〈片目〉殿と〈片腕〉殿でござったか。こちらに控えるは宮廷に仕える魔導師の弟子で、エドワード・ペンドラゴンと申すものです。今回の戦いの記録官として同行させております。お見知りおきを」
(エドワード・ペンドラゴン……。ペンドラゴンとはどこかで聞いた名だが……)
アーナンドが記憶を辿っていると、バソキヤが代わりに答えた。
(〈竜殺し〉の異名の方が通っているな)
バソキヤの言葉に、アーナンドは思わず思念を乱した。
(あれが噂に名高い〈竜殺し〉か! 数年前に終結した戦乱での戦いぶりは噂で聞いた事はあるが、正直どれも信じられぬ物ばかりだった。まさかそれがあの様な優男の若者とは思わなんだな)
(恐らく、見た目通りの年齢では無いのであろう。噂が誇張されているとしても、あの〈竜殺し〉が相手では、一対一ならまだしも、大軍に取り囲まれながらでは分が悪すぎるぞ)
バソキヤの言葉に、アーナンドは暫し思案を巡らせながら、ヴィンセントの言葉に答えた。
「その方があの〈竜殺し〉殿ですか。武名は南方を旅していた時より聞いて……」
アーナンドの言葉が終わらぬうちに、〈竜殺し〉の体より凄まじい殺気が溢れだし、まるで無数の鞭の様にアーナンドの全身を打った。〈竜殺し〉の殺気に怯えたアーナンドとシンハの馬が取り乱し、後ろ足で立ち上がりながら嘶いた。
「止めぬか! エドワード! お主は退がっておれ!」
ヴィンセントの言葉に、〈竜殺し〉から放たれていた殺気が不意に止んだ。そして、〈竜殺し〉は馬上で頭を下げると、無言のまま馬を少し後ろに下げた。
「これは失礼致した。お二人が仰ったその名で呼ばれる事を、この者は極端に嫌っておりましてな。それがしに免じてご無礼お許し願いたい」
頭を下げるヴィンセントに、アーナンドは愛想よく答えた。
「なに、こちらこそ知らずとは言えご無礼仕った。お許し願いたい」
だが、シンハは無言ながら、一旦事あればいつでも飛びかかれる様に、腰を少し浮かせながら今まで以上に全身に緊張感を漲らせた。
「そう言って頂けると有難い。では、挨拶も済んだ故に、和平の話をさせて頂いこうか」
アーナンドはヴィンセントの言葉に頷いた。ヴィンセントはそれを見ると言葉を続けた。
「我が軍は隣国ドイチュと通じて叛乱を起こしたウェストフェン侯爵を討伐する為に参った。アーナンド殿は異国の方なれば、我が国の争いに巻き込むは甚だ心苦しい。故に砦を辞去して頂ければ、我が軍も心安らかにこの地を通れる。勿論、私に出来得る限りのお礼はさせて頂く。取りあえずは一族の方々の宿泊する場所と食事を用意させましょう。そこで幾日でも逗留して旅の疲れを癒していただき、気の向かれた時にまた旅を続けられたら宜しかろう。その時は些少ながら餞別もさせて頂こうと思っております。どうであろうか」
ヴィンセントの申し出は破格の待遇であった。これが討伐軍の一将軍の申し出であれば条件が良すぎて胡散臭かったが、王弟であり王国宰相でもあるヴィンセントの直の言葉であれば、まずは疑う必要はなかった。アーナンドの一族相手に詐術を用いてもヴィンセントには何の得も無く、ただ信用を失うだけであるのだから。
(おい、アーナンド。ウェストフェン侯の策も読まれておるし、どう考えてもこの男相手にウェストフェン侯では勝てぬぞ。ここは一族の事を考えれば迷う事は無かろう)
バソキヤの言葉にアーナンドは迷った。アーナンドにもバソキヤが言う様に、ウェストフェン侯の叛乱は成功するとは思えなかった。
もし叛乱が失敗すれば、アーナンドの一族はこの砦と共に全員踏み殺されるであろう。だが、ヴィンセントの申し出を受けて今砦を明け渡せば、当面の住居と食事を提供され、路銀まで用意してくれると言う。更には一族の面子を考慮し、降伏ではなく和平と称しての申し出であった。これを聞けば、一族の者も納得して砦を明け渡すであろう。
だが、アーナンドの心の片隅に、一族の者達が代々護り、己の父と兄達も命を掛けて護った、一族の信義と名誉が引っ掛かっていた。
ウェストフェン侯と一族は、信義に基づいて砦の守備を請け負う契約を結んでいた。それを不利になったからと破棄すれば、これまで護り抜いた一族の信義が崩れ無くなる気がしたのだ。いや、それを己の手で行うのがアーナンドは怖かったのかも知れない。
理性ではヴィンセントの申し出を受ける方が良いと分かってはいても、アーナンドには決断できなかった。迷うアーナンドに、ヴィンセントは更に申し出を続けた。
「これは僭越とは思うが、もし旅の当てが無いのであれば、良ければ我が王国に仕えこの国に安住の地を見出してはどうか。名高いアーナンド殿とその一族であれば、王直属の騎士団として召し抱え、一族の方々が住まう場所も用意しよう」
ヴィンセントは暫し瞳を閉じ、瞳を開けると言葉を続けた。
「ただし、これはこの場でご返答願いたい。先に申した通り、ウェストフェン侯は隣国ドイチュと通じておる。なればいまこの時が千金にも値する。もし申し出を断り砦に籠もられるならば、ウェストフェン侯の叛乱に同心したと判断して、私も相応の決断を示さねば成らなくなる。私はもう誰の血も無駄には流したくは無いのだ。我が国を好かぬなら仕えてくれとは申さぬ。せめて和平に応じてはくれぬであろうか。この通りだ」
そう言ってヴィンセントは馬を降り、地に跪いて頭を下げた。
一国の王弟であり宰相を務める男が、如何に武名轟くとはいえ小部族の長でしかない自分に誇りも意地も捨てて頭を下げているのだ。アーナンドの心は打ち震えた。仕えるならばこの様な男に仕えたかったと。だが、己がいま仕えているのは一時といえどウェストフェン侯であった。
アーナンドは決断しなければならなかった。
「ヴィンセント殿下、大変に有難い申し出なれど、お断り申し上げる。我が一族は信義を以て尊しと成します。如何に一時といえど約定を結んだ相手を裏切るわけには参りませぬ。申し訳御座らぬが、これ以上は語る事も無いと存ずる。次にまみえるは戦場で……。ではっ!」
アーナンドはそう言うと、馬上より一礼し、馬首を返すと砦に向かって駆けた。シンハも黙ってその後を追った。
会談より戻ったアーナンドが和平は決裂したと言うと、一族の者は何も言わずに砦の各所の守りについた。戦える男は申すまでも無く、女子供から老いた者に至るまで、一族の者全てがアーナンドの決断に何の迷いを持つ事無く従った。
シンハは何も言わずにアーナンドの肩を叩くと、雄叫びをあげて士気を鼓舞した。砦からあがる雄叫びはその大きさを増し、取り囲む敵の大軍までをも呑み込むほどの大きさとなった。
(アーナンド、お主は一族を残して死ぬ気であろう。それで良いのか?)
バソキヤの言葉に、アーナンドは晴れ晴れとした心で答えた。
(恐らくヴィンセント殿は軍の一部を割いて砦を包囲したまま進まれるであろう。しかし、ウェストフェン侯との戦いの為包囲軍は多くないはずだ)
(砦を落とすには少ないが、こちらの動きを封じるられる数の軍を残して行くと言う事だな)
バソキヤの言葉に、アーナンドは頷いて言葉を続けた。
(そうだ。我等は精々掻き集めても五百程だ。恐らく残して行くのは全軍の二割程度、数千位だろう)
(五百に数千であれば、抑えには十分の数だな)
(我等が相手では無ければな。俺は少数の精鋭を率いて囲みを一気に突き破り、油断するヴィンセント殿の本隊の背後を突く。上手くいけばあの御方の首級を挙げられるであろう。あの御方がいなければ、ウェストフェン侯にも勝機がでてくる)
(わかった。お主の好きにするが良かろう)
諦めた様子で答えるバソキヤに、アーナンドは詫びるように言った。
(俺にはまだ息子がいない。だが、一族の中の誰かが必ずお主との約定を受け継いでくれるはずだ。済まぬが、その者を助けてやってくれ)
アーナンドの言葉に、バソキヤは先ほどのアーナンドと同じく、晴れ晴れとした様子で答えた。
(それは断る。俺の契約者はお主だ、アーナンド。それに、敵の大将首を獲るのに我の力が必要であろうが)
(しかし……)
アーナンドの言葉を遮る様に、バソキヤは強い口調で言った。
(くどい! お主が生き方を選ぶように、我も好きな様にさせてもらう! それだけの事だ。お主が気にやむ事ではない)
アーナンドはそれ以上は何も言えなかった。ただ心の中で友に詫び、感謝した。
アーナンドは砦に戻ると即座に決死隊を募り、ヴィンセントの本隊が去った後の突撃の準備を整えた。そしてその夜、アーナンドの予想通り、ヴィンセントは夜陰に乗じて本隊を引き連れてウェストフェン侯討伐に赴いた。
しかし、翌朝、アーナンドが物見櫓から見た光景は、己の予想とはかけ離れたものであった。
「そんな……馬鹿な……」
砦を包囲していた軍は、数千どころか、どう見てもその三倍はいた。
(そんな馬鹿な! 軍の大半を置いて行って、どうやってウェストフェン侯の城を落とすというのだ)
うろたえるアーナンドに、バソキヤはなだめる様に言った。
(良いではないか。敵の軍の大半を引き付けたとあれば、お主が命を捨てずともウェストフェン侯の勝ちも出てくる。それに、包囲軍は我らを抑えるだけで砦を落とす意志はなさそうだしな)
アーナンドはバソキヤの言う事を理解しながらも、どうしても納得できなかった。
(そうだが……しかし……)
アーナンドはこの国の現状を、旅をしながらつぶさにその目で見てきた。
ようやく戦乱が収まり、民の暮らしも平安を取り戻したとはいえ、いまだ戦禍の傷跡は癒えてはいなかった。
この国には、ウェストフェン侯の様な己の身しか省みぬ貴族よりも、ヴィンセントの様な男が必要なのだ。その事をアーナンドは一族の苦難の旅を思い出しながら強く感じていた。
一族の者の命も助かり、ウェストフェン侯も勝利する。初めに己が望んだ様に事が進もうとしていたが、どうしてもアーナンドにはそれが正しい事には思えなかった。
更新の間が空いて申し訳ありません><
アーナンドと英傑ヴィンセントの出逢いの物語、今しばしお楽しみください^^