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戦士の宴  作者: 高橋 連
五章 前編 「双魂の魔人」
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バソキヤ

【バソキヤ】


バソキヤは極僅かにだが、何か違和感を覚えていた。

(脆すぎる……。しかし、この種族の肉体的な脆弱さを考えれば、例え戦士とてこの程度であろうな)

 バソキヤがこの世界の種族の弱さからその違和感を払拭しようとした時、その違和感が現実の物となった。バソキヤの体に浴びた様に付いていた大量の赤い血が消え去ったのだ。

(馬鹿なっ!?)

 バソキヤが先ほど一撃の下に打ち倒した若き戦士の死体さえも掻き消えていた。

(戦いとはあんたが今見た幻影ほど都合良く進むものではない。ましてや、戦いの最中に我を忘れ易々と背後を取られるとは、それでも種族を代表する戦士かい?)

 バソキヤの頭に、先ほど打ち倒した若き戦士の思念が流れ込んできた。バソキヤがその思念を聞いて後ろを振り向くと、そこには先ほどと寸分違わぬ姿でアーユルが立っていた。

(なるほど……。貴様を侮った無礼は詫びよう)

(それで?)

 アーユルの嘲るような思念に、バソキヤは今度は惑わされなかった。怒りは力を生むが、それが理性を上回った時は隙を生むからである。猛々しく燃え上がる激情と凍える程に冷ややかな理性、その調和が戦士を意志持つ武器へと変える。

(次は全力で参ろう……)

 バソキヤの思念が途切れた瞬間、頭部の巨大な四本の角が更に大きく伸び膨らんだ。それと同時に、大地は凍り植物は枯れ、周囲の気温さえ息が白じむ程に低下した。

(ほう……。周囲の魔力を集積する時に、周囲の熱量まで吸い取っているのか。その吸い取った熱量は闘気に変換され、集積した魔力と紡ぎ合わせる様に練り込んで体に纏うか……)

(そうだ。そして魔力と闘気を練り合わせて纏った我が肉体は鋼鉄の鎧と化し、その手足は何物をも断ち砕く剣と化す)

 バソキヤは踊る様に凍った大地を踏み砕きながら魔法陣を素早く描くと、短い呪文を詠唱して魔力を開放した。バソキヤの開放した魔力に魔法陣が呼応し、バソキヤとアーユルの周囲の宙に幾つもの立方体が現れた。

 今度は、バソキヤは思念を発する事無く、魔力と闘気で強化された脚で大地を砕き蹴って飛んだ。そして、周囲に造りだした立方体を足場として、アーユルの周りを凄まじい速度で駆け巡った。

(次は肉片も残さぬ。我が戦士の誇りに賭けて貴様を打ち倒そう!)

 アーユルは、バソキヤのその動きが見えているのか見えていぬのか、静かに瞳を閉じると、腰にぶら下げている数十枚の金属で造られた輪を全て取り、腕に嵌める様に左右の腕に輪を通した。その輪は、一枚一枚は薄かったが、輪の外周に鋭利な刃が付いていた。

 今のバソキヤの体は、全力で集積した魔力と闘気で強化されていた。それは皮膚の硬質化による体の鎧化や手足の武器化に留まらず、肉体機能をも驚異的に強化していた。

その鋼と化し強化された肉体で立方体を足場に宙を駆け巡るバソキヤの一撃を、若き戦士に見切れるとは思えなかった。万が一にも受けられたとしても、あの薄い輪がバソキヤの渾身の一撃に堪えられる筈が無かった。

 バソキヤは更に集中力を増し、アーユルの周囲に四つの残像を造りだして、前後左右、そして上空の五方向から襲い掛かった。

 黒く巨大な影が、両の腕に金属の輪を嵌めたまま佇む若き戦士に覆い被さった。もしこの光景を見ている者がいたら、アーユルの肉体と骨が砕ける不快な音と、周囲に飛び散る真っ赤な血飛沫や肉片を想像して目を背けたであろう。だが、そうはならなかった。

 アーユルの腕は、バソキヤの渾身の一撃を受け止めたのだった。正確には、突如背中より生えた八本の腕の内、数本がバソキヤの一撃を受け止め、残りの腕はバソキヤの体をそれぞれ掴んでいた。その力はアーユルの細身からは想像も出来ぬほどの膂力で、バソキヤはその体を掴む腕の力に顔を歪めた。

(背中から腕を生やすとは面妖な! だが、それがどうした!)

 バソキヤは全身に魔力と闘気を練り合わせたものを巡らし、体の皮膚を硬質化して刃と化すと、体を回転させて己を掴む何本もの腕を引き千切った。バソキヤは引き千切ったと思っていた。

 しかし、実際はアーユルの腕はバソキヤの回転に合わせてしなやかな蔦の様に伸びると、バソキヤの体に巻きつき、アーユルの背中より滑る様にはずれたのであった。

(ぬぅ……!)

 しなやかな蔦の様に伸びてバソキヤの体に巻きついたアーユルの背中より生えていた腕は、次第に硬く引き締まり、バソキヤの動きを封じた。

(こんなもの!!)

 バソキヤは全身に魔力と闘気を循環させると収束し、一気に爆発させて巻き付いたアーユルの腕を引き千切ろうとした。しかし、バソキヤが魔力と闘気を高めれば高めるほど、巻きついた腕は硬く強度を増し、引き締まっていく様に感じられた。

(無駄だ。その腕は力任せでは剥がれぬぞ)

 バソキヤを絡め取ったアーユルはそう言うと、魔力を徐々に高めながら呪文の詠唱を始めた。呪文を詠唱しながら、更にバソキヤに思念を飛ばしてきた。

(あんたに本気を出してもらう為に非礼を承知で暴言を吐かせてもらった。申し訳ない。これよりは我が秘術をお見せしよう……)

 アーユルが詠唱を唱えながら魔力を放出すると、その魔力と呪文に反応してバソキヤに絡みついた何本もの腕の端が伸び、大地に複雑な魔法陣を描く様に地中に根を張り、バソキヤの体を中心とした巨大な魔法陣を完成させると共に大地の魔力を吸い始めた。

(こ、これは!?)

(あんたの体は丈夫そうなんでな。ちょっと大掛かりな魔術を用意させてもらったよ。では、さらばだ……。異世界の戦士よ……)

 バソキヤの心の中に、初めて死にたくないという感情が生まれた。

 それは、己の犯した罪から逃げるのでもなく、女々しく生に執着したわけでもなかった。この違う世界の若き戦士、アーユルとの戦いを欲したのだ。

(抜かったわ、貴様の力がこれ程とは……。だが、まだだ……。まだ終わらせるわけには行かぬ! 戦士の誇りに賭けて!)

 バソキヤは全身の魔力を搾り出す様に頭部の角から放出すると、呪文の詠唱を始めた。闘気を練り込まれた魔力は濃密で目に見えるほどに具現化し、黒い霧の様に宙に漂っていた。

 その魔力はバソキヤが唱える呪文の詠唱に合わせて凝縮され、やがて真っ黒な球体へと変化し、更に凝縮されると、赤く明滅を始めた。やがてそれは、赤黒く輝き明滅する小さな球体となった。

 バソキヤが造りだした球体が形を取るのと同じ様に、アーユルが造りだした魔法陣も大地の魔力を吸い取り成長し、魔力の暴走を始めていた。

地中に張り巡らされた根と化した部分が魔力を際限なく吸い続け、やがてその魔力の暴走は大きくなり、魔法陣の中心、バソキヤに向かって放出される。それはもう目前まで迫っていた。

(我が命惜しむものか。惜しむは我が戦士の誇りよ!)

 バソキヤは意を決すると、己の魔力の全てで造りだした赤黒い球体を、己の右腕へと同化させた。そして、体内の闘気を循環収束させると右腕に集め、一気に爆発させた。

バソキヤの右腕に同化した赤黒く明滅する球体は、バソキヤのその闘気を吸収して成長し、右腕全てが赤黒く明滅する巨大な塊となった。

 バソキヤがその右腕を振るうと、体を封じていたアーユルの腕は枯れ木の様に砕け散った。

(なにっ!?)

 アーユルが始めて驚きの感情を示した。

(ふふん! 次は我が秘術を披露しようぞ!)

 バソキヤはそう思念を飛ばすと、赤黒く明滅する塊と化した右腕を、大地に巡らされたアーユルの造りだした魔法陣に叩きつけた。バソキヤの右腕は魔法陣の魔力を吸い取りながら、地中に張り巡らされた根と共に大地を砕き盛大な土煙を舞い上がらせて巨大な魔法陣を破壊した。

 赤黒く明滅する右腕を構えながら土煙の中に立つバソキヤの姿は、雄雄しく雄大であった。

 バソキヤの体中を、若き戦士の魔法陣より吸収した魔力が駆け巡り、闘気と練り合わされてその姿を更に凶々しく強大に変化させた。そのバソキヤの活性化した魔力と闘気を吸い成長したのか、右腕の赤黒く明滅する部分は、バソキヤの右胸辺りまで広がっていた。

(異世界の戦士よ。その術は……)

 アーユルの物悲しげな思念を受けたバソキヤは、落ち着いた様子で応えた。

(ああ、いずれ我が体を飲み込むであろう。だが、我が戦士の誇りを賭けた戦いに、惜しむ命などあろうか)

 バソキヤのその言葉に、アーユルは頭を垂れた。

(偉大なる戦士、バソキヤよ。数々の非礼をお許し願いたい。貴殿の誇りに対し、私も誇りを賭けて戦おう……)

 アーユルはそう言うと、目を開いた。

元より開いている左右の目とは別に、額の中央に現した第三の目を開いたのだ。その瞬間、アーユルの全身から凄まじい魔力と闘気が溢れ出し、更には強力な精神力が迸るのをバソキヤは感じ取った。

(それが貴様の真の力か……)

(そうです。誇りを賭けた戦いに失礼致しました。今よりは私も全力にて戦いましょう)

(ははははははははは! 世界は広い、多いと言うべきか。見知らぬ異世界にて、この様な戦士に出会えるとは! 我が生涯に悔いは無し! 参る!!)

 バソキヤとアーユルとの戦いは熾烈を極めたが、真の力を解放したアーユルは全てにおいてバソキヤを凌駕した。だがその戦いは、二人の戦士が雌雄を決する前に、バソキヤの全身が赤黒く明滅する球体に蝕まれる事によって幕を閉じた。

(済まぬな……。どうやら時間切れの様だ……)

(いえ。貴方の様な偉大な戦士と戦えて光栄です)

 そう応えたアーユルは息一つ切らせておらず、死力を尽くした己とは違い、明らかに余裕をもって戦っていた事が窺われた。

しかし、バソキヤは悔しくは無かった。己の死力を尽くし、まさに命を賭けて戦うに値する戦士との戦いによって最後を迎えられたのだから。ただ、力は及ばなかったが……。

 死闘を終え、バソキヤはこのアーユルに対していまは友情とも言える感情を抱いていた。

(アーユルよ、私の意識はもうすぐ消え去る。その前に、私が戦ってきた〈奴ら〉の情報をお主に渡したい)

(〈奴ら〉?)

(ああ。言葉も思念も通じぬ故に名は分からぬので我らはそう呼んでいる。私が〈転移門〉によってこの世界に来られたという事は、〈奴ら〉も来る事ができるという事だ。こんな事で罪の償いにはならぬが、せめてもの償いとして私の記憶の中にある〈奴ら〉の事をお主に伝えたい。〈奴ら〉がこの世界へ侵入した時の戦いに役立てて欲しい。お主ほどの力をもっておれば、いらぬ世話かも知れぬが……)

(いえ、その気持ち有難く思います)

 アーユルはバソキヤの思念に頷くと、思念波をより強力に、より深くバソキヤと結びつけた。

 バソキヤの記憶の奥深くにある〈奴ら〉の記憶と情報が、アーユルの頭に流れ込んだ。

(これで思い残す事は無い。さらばだ。偉大な戦士、アーユルよ……)

 バソキヤの体は既に半分以上が崩れ落ちていた。それに伴い、意識も遠のいていった。徐々に薄れ行く意識の中で、バソキヤはもう見ることが適わぬ故郷の事を思った。最後に一目見たかった。もう一度だけでも故郷の星空や山や森を……。

 その時、ゆっくりと消え去ろうとしていた意識の流れが、反対方向に急激に引っ張られる様な感覚に襲われた。そして、バソキヤの意識を消し去ろうとする流れに、逆らう様に逆流する力に引かれる度に、その意識は鮮明になっていった。

(これは! アーユル、お主一体!?)

(バソキヤ殿、命を償うのは命しか本当に無いのでしょうか? 貴殿の命が断たれれば、貴殿が犯した罪は償われるのでしょうか?)

 アーユルの言葉にバソキヤは戸惑いを覚えた。確かに、己の命が絶たれた所で、失われた命が戻るわけではない。大切な者の命を奪われた者達の気持ちが癒されるわけでもない。バソキヤにもそんな事は分かっていた。

 しかし、だからといって己の命を保って生にしがみ付いている事を、バソキヤの罪悪感と誇りが許さなかったのだ。

(それは……分かっている。しかし、私にはこの命を持って償うしか……)

 バソキヤの思念を打ち消すかの様に、アーユルの強い思念がバソキヤの頭の中に鳴り響いた。

(逃げるのですか!)

(…………)

 押し黙るバソキヤに、アーユルは更に言った。

(誇りが失われようと、人に嘲られ罵られようと、己に出来得る事をするのが償いではないのですか!?)

 バソキヤの心の奥底に眠る思いを暴くアーユルの言葉に、バソキヤは己の卑小さを恥じた。

(アーユル殿、私が間違っていた……。私の誇りなど何程の物であろうか。卑怯者と罵られ嘲られようと、私は生きたい。己の成すべき事がある限り)

 バソキヤの言葉に、アーユルの顔が笑み崩れた。

(では、このままバソキヤ殿の意識を我が体内に取り込みます。私の左目を差し上げますので、そこに意識を定着させて下さい。定着させた後、バソキヤ殿の意識と思念を保つ為の魔力と闘気は私が供給します)

(分かった。アーユル殿に全てお任せ致す。この私がこの世界の何かに、〈奴ら〉との戦いに役立つのであれば、存分に使っていただきたい)

 バソキヤがそう言うと、アーユルと結びついていた思念の繋がりは更に太く強固なものになり、それに伴い意識が引き寄せられる感覚がより強くなった。

(バソキヤ殿、私はそんな事の為に貴方の誇りを捨てさせたわけではありません。ただ私は貴殿の故郷の星空が見たくなったのですよ。その為には案内人が居なくては困るのでね)

(アーユル殿、お主……)

(いつか必ず、共に貴殿の故郷の星空を見ると約束しましょう。たとえ私の生の在るうちに叶わずとも、我が子、我が孫、我が子孫が、この約定と共に貴殿の魂を受け継ぎ、いつか必ず約束を果たしましょうぞ!)

 その身は既に朽ち果てていようと、バソキヤは意識の中に、熱い何かが流れるのを感じた。

(その約定有難くお受けする! その代わり、その約定が果たされるまで、我が魂は貴殿の一族の中で生き続け、貴殿の一族を、この世界を護る為に捧げよう!)

(ははははは。こちらもその約定しかと承った! では、バソキヤ殿、行きますぞ!)

 アーユルの思念と共に、バソキヤの意識を引く力が強さを増し、激しい奔流の様にバソキヤの意識を巻き込んだ。

 バソキヤがその意識を引っ張る流れに身を委ねると、己の体から意識が抜けていくのを感じた。

バソキヤの魂とも言うべき意識が抜け出ると、赤黒く明滅する球体に侵食された体は、枯葉の様に崩れ砕けた。そして、意識が体より抜け出た後も、バソキヤの意識は強力な流れに引かれていき、眩い光の様なものが溢れる場所へと到着した。

 その光の様なものを浴びる程に、バソキヤの意識はより強く覚醒していく様であった。

(ここがアーユル殿の左目だな……。凄まじい魔力と闘気が溢れている。では、世話になる……)

 バソキヤはそう言うと、その溢れる光の様なものの中に飛び込んだ。


アーユルとバソキヤの戦いがついに決着しました!


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