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戦士の宴  作者: 高橋 連
五章 前編 「双魂の魔人」
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バソキヤ

【バソキヤ】


 バソキヤが〈奴ら〉の世界から〈転移門〉でこの世界に転移してから数日が経っていた。

 その数日間で、バソキヤはこの世界が〈奴ら〉の世界とも、自分達の住む世界とも違う所だという事を知った。また、自分が殺した者達は、無辜の農民達であった事も知った。

 バソキヤは無辜の民を殺した罪悪感に苛まれながら、人里から離れた山奥でひたすら己の罪を償う時を待ち続けていた。

(俺は……何と言う事を……。命には命でしか贖えぬ。だが……)

 バソキヤがこの世界に転移してから天に陽が昇り落ちるのを十数回数えた頃に、バソキヤが待っていた者が現れた。

その者は、〈奴ら〉程ではないがその身に闘気を纏い、腰には幾つもの光り輝く輪をぶら下げていた。恐らくは何かの武器なのであろう。

(この世界の者の事はまだよく分からぬが、大分と若い様だな。身に纏う闘気も微弱だ。だが、この世界の戦士の様だな。ならば我が望みを叶えてくれるであろう……)

 その若い戦士は、バソキヤが殺した民と同様に肌は艶やかに黒く、髪も瞳も更に黒かった。真っ黒なその髪を腰の辺りまで伸ばし、その顔には気品が感じられたが、衣服は泥と垢に汚れていた。

しかし、背丈はバソキヤが誤って殺した無辜の民よりもかなり高く、更にはその物腰から衣服の下の肉体が鍛えられた戦士のものだと察せられた。

その若い戦士は、バソキヤを見つけると無造作に歩み寄ってきた。

(旅の戦士か。しかし、こうも無警戒に間合いを詰めるとは未熟な)

 バソキヤはその戦士が己の間合いを越える前に、闘気を体中に駆け巡らせると、若い戦士に叩きつける様に迸らせた。その闘気の迸りに、戦士は歩みを止め、何か言葉を発してきた。だが、バソキヤにはその言葉は分からなかった。

 バソキヤは若い戦士の頭の中に直接思念を飛ばし、語りかけた。

(そなたはこの世界の戦士か?)

 バソキヤの思念に驚く様子も無く、その戦士は思念を送り返してきた。

(戦士……か……。そうだな……、まあ、そんな者だ)

(ここには何をしに参った?)

(山の麓の村人を虐殺した魔物が、この山に住み着いていると聞いてな。その魔物を討ちに来たのだ。あんたがその魔物か?)

 若い戦士の魔物という言葉に、バソキヤの戦士としての誇りが反応したが、己の犯した罪の意識がその誇りを凌駕した。

(そうだ……。私が村人達を殺した。命は命によってしか贖えぬ。抵抗はせぬ故、私を殺せ……)

 若い戦士は、バソキヤの言葉に違和感を覚えた様子で、更に尋ねてきた。

(無抵抗で殺されるというのか? 何故だ? 第一、命は命でしか贖えぬと分かっているのならば、なぜ罪無き人々を虐殺した?)

 バソキヤは戦士の心に迷いが生じたのを感じた。我が命を絶たせる為には、その迷いに応えねばならぬと思い、己の経緯を語った。

(私は別の世界よりやってきた戦士だ。私の世界を脅かす者達と戦っていたのだが、この世界の者をその敵と見誤って殺めてしまった。しかし、間違いとはいえ、多くの者の命を奪った罪は償わなくてはならぬ。それ故、抵抗はせぬ故、私の命を奪えと言っているのだ)

 若い戦士は、いま一つ納得せぬ様子であった。

(なるほど。確かにあんたはこの世界の者とは大分と姿形が違う様だ。しかし、そこまで潔く罪を認め償う気ならば、なぜ己で命を絶たぬ? なぜこの山に潜み命永らえてきた?)

 バソキヤはその瞳を閉じながら、己の世界を思い出していた。いま自分が居る世界も緑豊かで美しいが、己が生まれ育った世界の風と木々の匂いは何物にも勝った。しばし思い出の中の己の世界に浸った後、全てに決別するかの様に戦士に思念を飛ばした。

(私の世界では、己で己の命を絶つ事は禁じられている。戦士の魂は戦いで死してこそ生まれ変わると信じられているのだ。戦士として戦いの中で死にたかったが、私は罪人だ。だから、せめてこの世界の戦士の手に掛かって死にたかったのだ。それ故、そなたの様なこの世界の戦士が私を殺しに来るのを待っていた。さあ、これで何も疑問はあるまい。では頼む……)

 バソキヤはそう言うと、後ろを向いて無防備な背を若い戦士に向け、大地に座り込んだ。

(俺の名はアーユルだ。なあ、あんたの名前は何と言うのだ?)

(名か……。これは失礼した。まだ名乗っていなかったな。私の名はバソキヤだ。アーユルよ、では頼む……)

 バソキヤはそう言うと、闘気を鎮め、心の迷いを断ち切り、静寂の心境となってアーユルの一撃が己の命を絶つのを静かに待った。しかし、アーユルの思念が、そのバソキヤの心の静寂を打ち破った。

(なるほど、得心した。ならば、俺があんたを戦士として死なせてやろう。さあ、立って戦え)

(立って戦え……とは……?)

(戦士は戦いの中で死してこそ生まれ変われるのだろう? ならば俺があんたと戦い、戦士として死なせてやろう。あんたの潔さへのせめてもの情けだ)

(情けだと……。貴様! 戦いとは死力を尽くして互いの命をせめぎ合うものだぞ! 貴様はそれを分かって戦うと言っているのだろうな!?)

 バソキヤの怒りの思念を受けても、アーユルは怯む様子も無く、同じ言葉を繰り返した。

(俺も戦士だ。戦いとは何かを教えられずとも分かっているよ。さあ、立って戦え。戦士としての死を与えてやろう)

 バソキヤの怒りは頂点に達した。いや、怒りと言うよりも、戦士としての叫びだったかもしれない。

 この世界の住人は、〈奴ら〉どころか、バソキヤの世界の普通の住人と比べても頑健とは言い難かった。その上、バソキヤの世界の住人の様に魔導に優れているわけでもなかった。その世界の者が、いくら戦士とはいえ、〈奴ら〉と戦ってきた自分に戦いの中で死を与えるなどとほざくとは笑止千万であった。しかし、その戦士の叫びとも言うべきバソキヤの怒りも、やはり己が犯した罪の重さを思えば自然と静まった。

 だが、静まりかけたバソキヤの怒りを、アーユルの言葉が爆発させた。

(どうした? 異界の戦士よ。戦いの中で戦士として散る望みを私が叶えようと言っているのだ。何か不服があるのか?)

(戦士として戦うという事は、私は無抵抗では無いのだぞ。脆弱なその肉体で私と戦えると思っているのか? つけあがるなよ、小僧!)

(私は無抵抗では無いのだぞ……だと、笑わせる。俺も無抵抗では無いのだぞ?)

(貴様……!)

(どうした? その脆弱な小僧と戦うのが恐ろしくなったのか?)

(恐ろしくなったかだと……。良いだろう。戦士として貴様と戦おう……)

 バソキヤは立ち上がりながらそう言うとアーユルに向き直り、体中から凄まじい闘気を溢れさせた。それは先ほどアーユルに浴びせた闘気とは比べ物にならぬ激しさであった。

バソキヤは闘気を高めながら頭部の魔力集積器官である巨大な四本の角から周囲の魔力を集め、それを体内を駆け巡る闘気と練り合わせて両腕の皮膚組織を変形させて刃と化した。

 その姿はまさに黒き魔物と呼ぶに相応しい恐ろしさと強さを感じさせるものであった。

 魔力と闘気の塊と化したバソキヤは、凄まじい形相だが無言のまま大地を抉るように蹴り飛ぶと、一瞬でアーユルの間合いを越えて襲い掛かった。

 凄まじい速度で間合いを越え襲い掛かってきたバソキヤの一撃を、アーユルは咄嗟に腰に下げた輪を両の手に持って受けた。しかし、バソキヤの刃と化した右腕は、アーユルの構えた輪を打ち砕き、そのまま両の腕をも断ち切り、アーユルの体を真っ二つに斬り下げた。

 二つに割られたアーユルの躯から大量の血飛沫が舞い上がり、バソキヤの体を赤く染めた。


バソキヤとアーユルの戦いが始まりました!!


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