表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦士の宴  作者: 高橋 連
五章 前編 「双魂の魔人」
173/211

バソキヤ

【バソキヤ】


バソキヤの心の臓を貫かんと〈骨使い〉が右腕の刃を繰り出した瞬間、バソキヤが仕掛けていた策の最後の仕上げとなる術が発動した。

 体の各所の傷口より流れる血は、バソキヤの魔力を帯びて大地に小さな魔法陣を描いていた。多くの血を失った為に薄れる意識の中、バソキヤは己の使命を果たす執念を糧に、命の灯火が消え様としている体を動かしていた。

 〈骨使い〉が繰り出した右腕の骨の刃は、完全にバソキヤの息の根を止めるべく心の臓を狙って迫った。その時、バソキヤは流れ出る己の血で大地に描いた魔法陣に魔力を流し込んで発動させた。

 その瞬間、魔法陣を描いていたバソキヤの青い血が、幾重にも織られた投げ網の様な形となって〈骨使い〉の右腕の骨の刃に絡みついた。

 だが、体中より溢れ出る闘気を凝縮させて注ぎ込んだ〈骨使い〉の骨の刃は、バソキヤの最後の力を振り絞った血の網を、絹糸を断ち切る様に容易く切断し、その勢いを緩める事無くバソキヤの胸を貫いた。

そして、バソキヤの胸を貫いたその刃は、まるで石を叩き割る様な音を響かせて後ろの大木までをも深く抉った。

 胸を貫かれたバソキヤの顔は激痛で歪みながらも、笑みが浮かんでいた。それに反して、敵を仕留めたはずの〈骨使い〉の顔には怪訝な表情が見えた。

「はは。俺達の種族は……な、お前達と違って……心の臓は胸の中央ではなく、右側にあるんだよ……。こんな事をいっても、お前には分かる……まいがな……」

 バソキヤのその言葉の後に、周囲の景色が割れるように崩れだし、新たな景色が現れた。それは大きな変化ではなかった。ただ、ほんの少し、景色の位置がずれていただけであった。

 バソキヤが倒れて垂れていた大木の景色が崩れた後に現れたのは、大木の左方向にあるはずの〈転移門〉であった。そして、〈骨使い〉が貫いたのは大木の幹ではなく、〈転移門〉の制御石であった。強固な〈骨使い〉の骨の刃は、制御石を貫き真っ二つに断ち割っていた。

 周囲の景色の変化に気付いた〈骨使い〉は、危険を察知したのかバソキヤを貫いていた右腕を急ぎ引き抜いた。しかし、時既に遅かった。

「はは……ははは。俺の幻影に……まんまと引っかかって、お前がご丁寧に……俺を……〈転移門〉まで吹き飛ばしてくれたのだ……」

 バソキヤは言葉の通じぬ〈骨使い〉にそう言うと、最後に心から感謝するように呟いた。

「ありがとう……よ、じゃあな……」

 バソキヤがそう言うと、先ほど〈骨使い〉の骨の刃に絡みついて断ち切られた血の網がより太く、より強く〈骨使い〉の腕に絡みついた。

 バソキヤの操作によって周囲の魔力を溜め込み膨大に膨れ上がっていた〈転移門〉の魔力が、〈骨使い〉の腕に絡みついた青い血の網を伝って〈骨使い〉の全身に流れ込んで暴走した。

「グゴゴゴォグオゥオォゴゴォオオォォー!!」

 暴走し逆流する魔力にその身を焼かれた〈骨使い〉は、凄まじい断末魔の声を轟かせながら燃え尽き、焼け熔けた肉片を大地に溶け流しながら死んだ。

 〈骨使い〉を焼き殺した〈転移門〉の魔力の暴走は収まらず、打ち砕かれた制御石を中心に魔力の渦を造り出し、空間を歪め始めた。

(これでこの〈転移門〉の破壊も達成された……。悔いは無い)

 そう思い目を閉じたバソキヤの脳裏に、出立する前に目に焼き付けた故郷の星空が浮かんだ。

 その満天の星々の光は、バソキヤの心の中の何かに、小さくはあったが火を灯した。

 バソキヤは最後の力を振り絞って呪文を詠唱しながら、右腕の僅かに動く指だけを動かして、〈転移門〉の暴走する魔力を制御し始めた。暴走する魔力の渦から膨大な魔力を体内に取り込み、それを変換して細胞を活性化させて損耗した体の修復に努めた。

(間に合うか……)

 致命傷であった内臓の損傷と失血を魔力によって補うと、バソキヤは暴走し自壊寸前の〈転移門〉の駆動系統を操作し始めた。

(どうせ死ぬ命なら、一か八かに賭けるのも悪くは無かろう……)

 制御石を失い、魔力の暴走を始めた〈転移門〉を操作し、バソキヤは今一度の転移を試みた。上手くいけば〈転移門〉の暴走自壊の前に、自分は転移して己の世界へと返れるであろう。また仮にその試みに失敗しようとも、ただ使命を全うして果てるだけだ。バソキヤはそう思いを定めると、〈転移門〉を発動させた。

 〈転移門〉の魔力の暴走は激しくなり、周囲の大地を揺らし始めた。それと同時に、発動を開始した〈転移門〉の周囲の空間が捻れていった。暴走と発動。この二つの魔力の流れによって、〈転移門〉の自壊は進み、周囲の大地を巻き込みながら崩れだした。

 〈転移門〉とその周辺を包み込む様に凄まじい光が発生したかと思うと、突然にその光が爆発した。全てを無に帰す強烈な光と熱の波動が収まった時、バソキヤの顔に冷たい水が降り注いだ。

「これ……は……雨か……? ここ……は……?」

 バソキヤは雨の降り注ぐ中、雨雲に覆われる夜空を見上げた。星空は雨雲で殆ど見えなかったが、僅かに覗いた星の光の位置は、バソキヤの世界のものとは違っていた。

(転移には成功したが、またも〈奴ら〉の世界の〈転移門〉を発現させてしまったか……。すぐに破壊せねば……)

 バソキヤはすぐに〈転移門〉の制御石を操作して魔力を集積し始めた。

(魔力が溜まり次第暴走を始めるだろう。後は……)

 バソキヤがそう思った瞬間、前方より灯りが揺らめくのが見えた。それと同じくして、意味の分からぬ聞きなれぬ言葉が聞えた。

(〈転移門〉の発動の光をみて、〈奴ら〉が集まってきたか。あの声の数では十名は下るまいな。せめて、魔力暴走までの時間だけは稼がなくては……)

 バソキヤはまだ傷の癒えぬ体に鞭打って周囲より魔力を集めると、右腕に凝縮して具現化し、右腕を〈骨使い〉の様に大きな刃と化した。そして、油断し無造作に近づいて来る〈奴ら〉の一団へと斬り込んだ。

 眼前に立ちはだかる影を右腕の魔力の刃で斬り払いながら駆け、足元に幾つもの魔方陣を描くと、敵の足元の大地を隆起させて無数の突起物を造り出して炸裂させた。炸裂した石飛礫で全身を貫かれた〈奴ら〉の赤い血飛沫が降り注ぎ、バソキヤの全身を真っ赤に染めた。

バソキヤの種族にとって、怨敵である〈奴ら〉の赤い血を浴びて全身を真っ赤に染める事は、戦士として誇りであり名誉でもあった。その行為にバソキヤの心は昂ぶり、体に力が漲った。

先ほど〈骨使い〉との戦いで受けた傷は完全には癒えていなかったが、心昂ぶらせてその体に力を漲らせたバソキヤは、近づいてきた〈奴ら〉の一団を全て屠った。

 バソキヤが平静を取り戻した時、降り続く雨は強さを増し、天には雷鳴が轟いた。その雷の光で照らされた物を、暗闇になれたバソキヤの目が捉えた。それは、筋骨逞しく、全身を鋼の様に硬い白い羽毛で覆われた〈奴ら〉ではなかった。

 体格も小さく、肌を守る物も無く、ただ薄い布の衣服を纏った生物だった。そして、動かぬ躯とかした彼らがその手に持っていた物も、見慣れぬものではあったが、決して武器とは思えぬものばかりであった。

(こ、これは……!?)

 バソキヤはこの時に悟った。彼らが何者か、〈奴ら〉の仲間なのかは分からないが、決して戦う者達ではなく、罪の無い無辜の民であろうと言うことを……。

(なんて事だ……。俺は……) 

 激しさを増した雨は、〈奴ら〉の赤い血に染まる戦士の栄光がまるで偽りであったかの様に、バソキヤが全身に浴びた真っ赤な返り血を全て洗い流していった。


読んで下さって有難うございます!

お気軽に感想やレビューをお寄せください^^


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ