バソキヤ
【バソキヤ】
〈転移門〉による転送は一瞬の出来事であった。
目映い光に包まれたかと思った瞬間、バソキヤは闇夜の森の中に佇んでいた。そこは一見して、バソキヤが発動させた〈転移門〉のあった森とは別物であった。足元には〈奴ら〉が二人、首の骨が奇妙な方向に折れ曲がって死んでいた。
(馬鹿め。俺を待ち伏せていたつもりが、〈転移門〉発動の衝撃で死んでやがる)
〈転移門〉は発動して使用者を転移させる時、転移先の安全確保の為に、〈転移門〉周辺に結界を張るのだった。当然、結界を張る前には警告音が鳴り響き、周囲からの退去を促すのだったが、〈奴ら〉にはそれが分からなかったのだろう。
〈奴ら〉の魔導技術は発達しておらず、〈転移門〉等の遺物を発見しても、それらの操作方法が分からないでいる事が多かった。それ故、作動する生きた〈転移門〉を発見しても、少人数を転移させる程度しか使えず、バソキヤの世界の被害が大きくならずに済んでいた。
バソキヤが辺りの景色を伺う間も無く、幾つもの鋭い殺気が襲い掛かってきた。周囲を警戒していた者達が〈転移門〉発動の光に気づいたのだろう。
(八人ほどか……。〈転移門〉の操作をする暇は無さそうだな)
バソキヤは呪文を唱えながら〈転移門〉から離れると、〈転移門〉を正面から見て右方向に生えていた巨木を背に、襲いくる〈奴ら〉を迎え撃った。
〈奴ら〉の殺気と気配が急に途絶えた。
バソキヤが〈奴ら〉の気配を見失ったその刹那、前方より四人、左右より二人、木の上より二人が一斉に襲い掛かってきた。
バソキヤは右手に魔力を集中させると、足元の大地に右掌を当てながら素早く呪文を唱えた。バソキヤの詠唱が終わり魔力が迸ると、大地は大きく隆起し、巨大な鏃の様な物が八つ現れ、迫り来る〈奴ら〉に襲い掛かった。
〈奴ら〉は襲いくる巨石の鏃を苦も無く叩き壊したが、その巨石の鏃は、砕かれると更に小さな石の飛礫と化して、〈奴ら〉に四方より飛び迫った。
バソキヤは〈奴ら〉が巨石の鏃やその破片の飛礫と格闘している隙に、魔力を具現化させた剣を造り出して右手に持つと、右方向から迫ってきていた〈奴ら〉に向かって駆けた。
駆けながらバソキヤは魔力を集中して増幅すると、右方向から迫っていた〈奴ら〉に襲い掛かっていた巨石の鏃の破片を爆発させ、その混乱に乗じて背後から心の臓を刺し貫いた。
「グボゴオォォオッ!」
苦痛の呻きか憎悪の言葉か分からぬ声を漏らしながら、心の臓を刺し貫かれた〈奴ら〉は息絶えた。それを見た残りの〈奴ら〉は、闘気を放出して体毛を強化し、襲いくる巨石の鏃の破片を無視して、バソキヤに一斉に襲い掛かった。
(巨石の鏃の破片では貴様等の体毛を貫けないだろうが、これならどうだ!)
バソキヤは〈奴ら〉のうちの一人の心の臓に、魔力を具現化させた剣を突き立てたまま、剣に魔力を注ぎ込んで呪文を幾つか唱えた。バソキヤが魔力を注ぎ込む度に、右手に握られた魔力の剣は心の臓を貫いている〈奴ら〉の体に吸い込まれていった。
右手の魔力の剣が、遂には心の臓を貫いている〈奴ら〉の体の中に消えた瞬間、バソキヤは後方に飛び退がった。
それと同時に、魔力の剣を吸い込んだ〈奴ら〉の体が爆発し、赤黒い無数の光球が飛び散った。その爆発に合わせて、〈奴ら〉の周囲に纏わりついていた巨石の鏃の破片も同じ様に爆発した。
己の闘気で強化した体毛を過信して、周囲に漂う巨石の鏃の破片を無視していた〈奴ら〉は、それらの爆発に一瞬だったが五感を遮られた。その一瞬の隙を突いて赤黒い光球は襲い掛かり、〈奴ら〉の体毛を焼き貫いて体内にめり込んだ。
赤黒く明滅する光球は、〈奴ら〉の体内で闘気を吸収して成長し、極限まで闘気を吸い込むとその力を放出するかの如く弾け、〈奴ら〉の肉体を内側より粉微塵にした。
〈奴ら〉の断末魔の叫びが轟き、それに合唱する様に幾つもの爆発の光と音が連鎖する様は、さながら阿鼻叫喚の地獄絵図であった。 周囲に〈奴ら〉の肉片と赤い血飛沫が飛び散り、爆発で舞い上がった土埃が収まり掛けた時、バソキヤの眼前に突然そいつは現れた。
全身を光り輝く白い鎧を纏った様な姿の〈奴ら〉が一人、両の手を幅広い剣の様な形に変え、今度は爆発の混乱を逆に利用してバソキヤの隙を突いてきたのだった。
(しまった! 骨使いか!)
バソキヤが避ける間も無く、白い鎧を纏った様な姿の〈奴ら〉は、右腕を一閃させるとバソキヤの左腕を切り落とした。
「ちぃっ!」
「シャアァァァァッ!!」
バソキヤの舌打ちを打ち消す様に、バソキヤが〈骨使い〉と呼ぶ〈奴ら〉からの殺気溢れる叫びが吐き出された。
(もとより捨てた命だ、貴様に呉れてやろう! だが、使命だけは果たさせてもらうぞ)
バソキヤは後方に飛び退がりながら、切断された左腕の傷口から青色の血を大量に噴き出させた。
〈骨使い〉はバソキヤに追い撃ちをかけんと、その血飛沫にかまわず一気に距離を詰めてきた。その為、〈骨使い〉は正面からまともに血飛沫を被り、その体を青く染めた。
一気に距離を詰めた〈骨使い〉が、バソキヤに止めを刺そうと右腕を振りかぶったその時、異変が生じた。バソキヤの左腕から噴出した大量の血が、まるで生きているかの様にうねりながら膨らみ、形を取り始めたのだ。〈骨使い〉の体についた大量の青い血も、〈骨使い〉の体を這う様に動きながら膨らみ、体の動きを縛り始めていた。
バソキヤは〈骨使い〉の動きが止まった隙に更に退がって距離を取ると、呪文を詠唱しながら魔力を巡らせた。そして、その魔力を膨張させて高めると、一気に爆発させた。
詠唱が完了し、バソキヤの極限まで高め爆発させた魔力が、膨らみながら形を造り始めていた血飛沫に流れ込むと、それは一気に膨らんで真っ青な血の巨人となった。
血の巨人は、〈骨使い〉の左右に一体ずつと、〈骨使い〉の体に組み付くようにもう一体、合わせて三体が出現した。
(血の巨人では大した時間は稼げまいが……)
バソキヤにとって必要な時間は僅かであった。〈奴ら〉の世界に存在する〈転移門〉を操作して破壊する時間だけがあればよかった。魔力を注ぎ込んで制御石を操作する僅かな時間を、三体の血の巨人が稼いでくれるはずであったが、バソキヤの期待は脆くも崩れ去った。
バソキヤが〈転移門〉の方に走り出した瞬間、あの殺気のこもった〈骨使い〉の叫びと同時に、何かが弾ける様な音が後ろから聞えた。
(ば、馬鹿な! まさか……)
バソキヤが後ろを確かめるまでも無く、バソキヤの真正面に全身に青い血を被り、青い鎧を着た様な姿になった〈骨使い〉が立ち塞がった。そして、不意を突かれたバソキヤが身構える前に、その刃と化した右腕を無造作に薙ぎ払った。
「ぐおっ!」
バソキヤはその刃と化した〈骨使い〉の右腕の一撃を、残った右腕に魔力と闘気を集中して辛うじて受けた。だが、その強烈な威力によって大きく吹き飛ばされ、〈転移門〉の右方向に聳える大木に叩きつけられた。半拍送れて全身に凄まじい衝撃が走り、大量に吐血した。
(ぐうぅ、内臓までいかれたか……)
瀕死の獲物を嬲る様に、だが、決して油断無く、〈骨使い〉はゆっくりと隙の無い足取りでバソキヤに向かって歩いてきた。しかも、〈転移門〉を背にしてバソキヤから遮る様に。
(こいつ……、俺の目的を知ってやがるな……)
バソキヤは大木に手をついて立ちかけたが、更に吐血すると、足を縺れさせて倒れこんだ。そのまま這いずって起き上がり、大木にもたれる様にして座るのが精一杯だった。残った右腕からも大量の血が大地に滴り落ち、力なく垂れ下がるのみであった。
バソキヤの前まできた〈骨使い〉は、バソキヤに理解できぬ言葉を幾つか口にすると、右腕の骨を変化させて造り出した骨の刃に闘気を凝縮させ、更に強度とその大きさを増した。それを凄まじい勢いで寸分の違いなく、バソキヤの心の臓めがけて突き出した。