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戦士の宴  作者: 高橋 連
一章 前編 「殺刃の剣士」
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ムニサイ

【ムニサイ】


 ムニサイはトウヤが使っている長短二本の木刀を握り締めると、トウヤの部屋へと足を運んでいた。そして、そのまま声を掛ける事無く障子を開けると、布団の上にトウヤが正座をして佇んでいた。トウヤはムニサイを待ち受けていたかの様にムニサイに向かって頭を下げた。

「起きておったのか……」

 ムニサイの言葉に、トウヤはまたしても頭を下げて答えた。

「いえ、ムニサイ様の気配がいたしましたので、起きてお待ちしておりました」

 怒気を孕んでいたムニサイの心は、このトウヤの芝居じみた応対によって、幾ばかりか方向性を見失ったかの様であった。

(こやつ……平生と違い隙が無い……)

 ムニサイは気を取り直して二本の木刀をトウヤに投げると、厳しい口調で詰問した。

「この短い木刀と長い木刀を、何故稽古用の木刀に紛れ込ませておったのだ!」

 その言葉に、トウヤは黙して答えず、ただ頭を下げるだけであった。その様子に、己の抱いた疑念に確信を抱いたムニサイは、腰の刀を抜き放つと、一言だけ呟いた。

「参る……」

 そう言うと、ムニサイは何の迷いも躊躇いも無く、余分の力はおろか殺気さえもその刀身に乗せずに、ただ眼前のトウヤの頸部を狙って刀を振るった。それこそは正に殺人剣の本質を映した一撃であった。

 その恐るべき斬撃を、トウヤは端座したまま枕もとの刀を抜き放ち、無造作に受け流した。そして、何事も無かったかの様に立ち上がり、鞘を腰に差して刀をしまった。

(こやつ……!? これがこやつの実力か……)

 ムニサイは一つ息を吐くと、次は言葉を発する事無く足早に歩を進め、トウヤとの間合いを無造作に詰めた。最早弟子でも立ち合いでもない。これよりは只の殺し合いと判断したのだった。

それがトウヤにも伝わったのかは分からぬが、トウヤもそれに対し、動揺を感じさせる無く何時もの稽古の様に落ち着き払った態度で腰の刀を抜くと、腰を低くし刀の切っ先を後ろに向けて振りかぶる様に構えた。

(まさかこやつは……)

 ムニサイの心に、先程の一撃を受けられた以上の衝撃が走った。なぜなら、いまトウヤがとった構えは、ムニサイの伝える剣術の中でも秘したる技の構えに酷似していたからだった。

当然ながらその構えは、トウヤはおろか、他の弟子にも伝えた事も、ましてや見せた事さえも無かった。

 ムニサイはトウヤとの間合いを詰める足を止め、今一度口を開いた。

「トウヤよ、その構えはその後、どう動く?」

 ムニサイの言葉に、トウヤは構えを崩さぬまま答えた。

「構えにて溜めた力に、足捌きによって回転を加えて刀を振るいます。そして、相手の動きに合わせながらか回転に緩急をつけると同時に、縦軸の回転も加えながら、ある時は斬り、ある時は撫で、ある時は突き、ある時は払い、ある時は体を当て、敵を屠ります……」

 それはまさしく、ムニサイの編み出した技の中でも、まだ誰にも伝えた事のない秘中の秘の極意であった。

「貴様、その技をどうして知った!? この技は見せる事はおろか聞かせた事さえも無い筈だ……。まさか……貴様、儂の書院の隠し部屋に忍んだのか!?」

 トウヤはゆっくりと頭を振った。

「嘘をつけ! ならばどうやって知ったというのだ!」

 激しい怒気を迸らせるムニサイとは対照的に、恐ろしいまでに平静な表情と声音でトウヤは答えた。

「ムニサイ様よりお教え頂いた基本の型や足捌きから繋がる様々な技を考察するに、最終的には足捌きにて作り出した力、即ち回転力を上半身の力、即ち刀捌きにて御し、全身を全てに斬りかかる刀と化すのが終わりの技と考えただけです。ムニサイ様の書院の隠し部屋の事は、有る事さえ存じ上げませんでした」

(足捌きや基本の型から考えただけだと!?) 

 トウヤの言葉に、狂気と平静の天秤が揺れていたムニサイの心は、完全に狂気へと傾きを重くした。

老師匠より伝授された技を尋常ならざる修練と研鑽によって昇華し、完成させた秘技を、己の孫のような歳の弟子が、足捌きと基本の型から考えて身につけたなどと……。

「貴様……」

 ムニサイの心に吹き荒れた怒り、嫉妬、猜疑、恐れ、様々な感情が、ムニサイの心の理性を崩壊させ、ムニサイを一個の獣に変えた。

「フハハハハハハハハハハッ! 貴様っ! 貴様っ! 貴様っ! 貴様っ! 貴様ぁーっ!!」

 ムニサイは特異な足捌きで回転し、その回転力を乗せた斬撃を繰り出しながら、トウヤに向かって迫り襲った。それは巨大な刃の独楽の様であった。

 トウヤは、刃の独楽と化して襲い掛かるムニサイに対し、同じ様な足捌きで回転すると、幾多も繰り出される斬撃を全て間合い寸分の所でかわし避けた。ムニサイの刀はトウヤの衣服の各所を切り裂いたが、その身には傷一つ付けてはいなかった。

「ぐうぅうぅぅ……」

 ムニサイは獣じみた呻きを漏らすと、その足を止めた。

(こやつ、儂を、この天下第一と謳われた儂を愚弄するか!)

 そして、その眼に狂気の光を輝かせながら、口を開いた。

「貴様……殺してやる……」

 トウヤはまるで意に介さぬ様な様子で答えた。

「ご随意に……」

(まだ愚弄するか!!)

 その様子を更なる愚弄と受け取ったムニサイは、更に殺意を込めて怒りの言葉を投げた。

「貴様を殺してやる。その後貴様の弟も切り刻んで殺してやるわ!」

 ムニサイはそう言うと、腰の小刀を左手で抜き、右手に大刀、左手に小刀の左右両刀の構えを取ると、またも凄まじい勢いで回転しながら斬撃を繰り出し、トウヤに襲い掛かった。

二つの刀がトウヤの間合いに入り、その身を斬ろうと迫ったその瞬間、トウヤもムニサイと同じ様に回転すると、今度は避けずにその斬撃を刀で受け止めた。

 ムニサイとトウヤの刀がぶつかり甲高い衝撃音が響くと、ムニサイの両腕に痺れる様な衝撃が走った。

ムニサイの右手の大刀は切っ先が折れ、左手の小刀は根元から砕け折れた。同じ様にトウヤの右手に持つ刀も根元辺りから砕け折れた。

「儂の二刀を受けるとは褒めてやろう。しかし、貴様の刀は砕け儂の刀はまだ切っ先が折れただけぞ。クハハハハ! 刻んでやる!」

 狂った笑いをあげるムニサイに向かって、トウヤから身を凍らす様な冷たい殺気が迸った。

「貴方は弟の名を出すべきではなかった……。ムニサイ様、死んでいただきます……」

「儂を殺すだと? 刀が砕けた貴様が、どうやって儂を殺すと言うのだ? 笑わせるなよ!」

「私に刀が必要無い事をご存知だからこそ、ムニサイ様はここに来られたのではありませんか……」

 トウヤはそう言うと、右手に持っていた折れた刀を投げ捨てた。そして、体の前に一本の刃を出現させると、今度は回転する事無く、無造作にムニサイに向かって間合いを詰めた。

「なっ……き、貴様!?」

 トウヤはムニサイの間合いを踏み越える前に、さっと右腕を振った。トウヤの眼前に漂うように浮いていた刃は、その瞬間煌くように宙を翔ると師匠の間境を越え、ムニサイの右腕を肘の先より地に落とした。

「ぐおおおうぉぅおぉおおおおっ!!」

 ムニサイは切り落とされた右腕から血飛沫を撒き散らしながら、必死に後ろに飛び退がってトウヤから距離を取った。

(こ、これはっ!?)

 ムニサイの脳裏に、遥か昔に老師匠が若い武芸者を一撃で斬り殺した時の光景が思い出された。

「痛みますか? すぐに終わります故、ご辛抱下さいませ……」

 右腕を斬られた激痛に叫びを上げたムニサイに向かって、トウヤは冷たくそう言うと、更に歩を進めて向かってきた。

「無刀か!?」

 ムニサイの言葉に、トウヤは暫し考えるように歩を止めた後、口を開いた。

「これは無刀と呼ぶのですか。ああ、なる程。確かに、手には持ってはいませんね。でも、どうですか? これなら無刀と呼ぶにはおかしくはありませんか? では参ります……」

 トウヤがそう言うと、トウヤの周囲の宙に更に幾本もの刃が現れた。トウヤはその中の一つを右手に握ると、殺気と闘気をその体より溢れ迸らせながら、ゆっくりと歩みを再開した。

(俺はここで死ぬのか!? ああ、そうだ……。死ぬのだ。俺は死ぬのだな……)

 恐怖と怒りで爆発しそうな獣の心に支配されたムニサイの頭の中で、剣士というもう一つの冷静な心が、己の死が迫っている事を感じる事によって目覚めた。

(どうやって死ぬのだろう……そうだ、斬り殺されるのだ……あれで……)

 人の道を捨てる程に渇望し、その為に人生の全てを捧げ、心に狂気を宿し、狂い乱れた末に手に入れられなかった物、それがいま己の身を斬り貫かんと迫っていた。それは人を殺す事だけを純粋に具現化した様な禍々しさと美しさを放っていた。そして、それはゆっくりと迫り、ムニサイを貪り喰らう様にその身を裂いた。

(これが……無刀……か……)

(そうだ……あれがお前の欲した……無刀だ……)

 トウヤの繰り出した――創り出したと言った方が正しいかも知れない――無数の刃にその身を斬られ貫かれる最中、ムニサイの頭の中に何者かの声が響いた。 


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