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戦士の宴  作者: 高橋 連
五章 前編 「双魂の魔人」
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アーナンド

【アーナンド】


 アーナンドの一族を乗せた船団は西へ西へと進み、祖国を遠く離れた異国の地に上陸した。

 激戦を生き残った一族の戦士は僅かといえど数百名はおり、その家族や郎党を加えると一千名を越える大所帯であった。出向した時に持ち出した財貨はすぐに底を尽き、一族は貧苦に喘いだ。

当然ながら周辺諸国にアーナンドの一族を迎え入れてくれる所は無く、一族は安住の地を求めて当ての無い辛く苦しい旅を強いられる事となった。

 苦難の時だからこそ、一族には強い棟梁が求められた。だが、アーナンドはいまだ幼く、強い棟梁として一族を率いる事は難しかった。そんなアーナンドを助け、代わって一族を率いたのが叔父のシンハであった。

 叔父のシンハは、背丈はアーナンドの父のヴィクラムより軽く頭二つ分は高く、その鍛えられた体は獰猛な獣の様にしなやかで強靭であった。また、その顔立ちもヴィクラムやアーナンドの様な堀の深い顔立ちではなく、柔和な顔立ちではあったが、目には何物にも動じぬ強い光が宿っていた。まさに、戦士の一族が誇るべき男であった。

 そんな叔父に支えられながらの旅は、アーナンドに己の無力さを痛感させた。アーナンドは父から託された一族を守り率いるという棟梁の責務を果たせぬ事に悩み、一族の者が皆声には出さねど、シンハを棟梁にと望むのをその肌身に感じた。

 一族は安住の地を求めて旅を続ける中、貧苦に喘ぎ、時には飢えを凌ぐために傭兵として戦い傷つきながら、必死に生きていた。一族の中の幼い子供でさえ、飢えに堪え、炊事洗濯を手伝って働き、生きるのに必死だった。そんな中で、アーナンド一人が若君と呼ばれて飢える事無く安穏と暮らし、シンハが棟梁となる道を塞いで一族の重荷となっている事に、アーナンドは堪えられなくなっていた。

 アーナンドの一族は、周辺の街や城塞都市に無用の警戒を起こさせぬ為に、街や都市から離れた地で野営をし、必要最小限の物資のみを補給しながら旅を続けていた。この日も、一族は砂漠を越える為に、砂漠の中継都市の中でも最大規模の都市であるマラカンダの南で野営の準備を始めていた。

 周囲に見渡す限り何も無い砂の海は、昼は灼熱に晒され、夜は極寒の風が吹き荒れる世界であった。

 アーナンドは砂の上で手足を伸ばし、陽が暮れ行く空を眺めながら父の言葉を思い出していた。一族を守り生きよといった父の言葉を。

(一族を……守る……か)

 アーナンドは野営の準備をする一族の者達に視線を巡らせた。荷馬より荷を降ろす事も、野営の為の綱を張る事も、アーナンドには出来なかった。

 仕事を覚えようと作業に加わろうとした事もあったが、棟梁となる若君にそんな作業はさせられぬと皆恐縮し、作業を邪魔する事を悟ってからは、作業に加わり仕事を覚えることも諦めた。アーナンドは一族にとって、扱いの難しい無力な子供でしかなかった。

(無価値どころか、俺は一族が生きる為の邪魔にさえなっている)

 アーナンドは決意した。

(父上の最後のお言葉に逆らう事にはなるが、最早私に出来る事はこれしかない……)

 アーナンドは一族から去ろうと決意した。父の最期の言葉を果たせぬのは辛かったが、自分がこのまま一族に留まる事の方が、父の想いを裏切る気がしたのだ。

(自分が居なくなれば、叔父上が正式に棟梁となれるであろう。そうすればどんな困難や危機が一族を見舞おうとも、きっと大丈夫だ。少なくとも、俺が棟梁となるよりは……)

 アーナンドは己の心にそう言い聞かせると、野営の準備をしている者達に背を向けて、寒風吹き荒れる真っ暗な砂の海を歩き始めた。


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