ジョルジュ
【ジョルジュ】
〈竜殺し〉との激戦から暫らく後、山道砦に到着した近衛軍本隊に救出されたジョルジュは、野戦幕舎の中で目を覚ました。
「ここは……」
(おい、ジョルジュよ。俺を覚えているか?)
〈シグマ〉の言葉に、ジョルジュは虚ろげに名を口にした。
「〈シグマ〉か……?」
(馬鹿野郎! 声に出すな。周囲の者に怪しまれるだろうが。戦いの事を憶えているか?)
その時、幕舎の中で作業をしていた医療兵が、意識を回復したジョルジュに気がついた。
「ジョルジュ大尉殿、気づかれましたか! そのまま横になっていて下さい」
医療兵はそう言うと、幕舎を急いで出ていった。
(人を呼びにいったか。時間がない。記憶は大丈夫か?)
ジョルジュは混乱する記憶を確かめる様にしながら、〈シグマ〉に答えた。
(ああ……。覚えている。クロードとエミールを死なせてしまったな……)
(〈竜殺し〉の事は憶えているか?)
〈シグマ〉の問いにジョルジュが答え様とした時、幕舎に〈片目〉が入ってきた。
(俺の事は黙っていろよ)
〈シグマ〉の言葉に、ジョルジュは一瞬迷った。兄以上の存在である〈片目〉に隠し事をするのに引け目を感じたのだ。だが、〈シグマ〉の事を上手く説明出来ないであろう自分を想像し、〈シグマ〉の言葉に従った。
(わかった……)
「ジョルジュ、心配したぞ……。だが、無事で良かった。しかし、凄い回復力だな。医療兵も驚いていたぞ」
ジョルジュは〈片目〉の顔を見ると起きあがろうとしたが、〈片目〉によって制止された。
「寝ていろ! 傷口は全て塞がっているとはいえ無理をするな! お前の活躍で山道の砦は落ち、後は山頂の城館まで遮る物はない。後は任せて、お前はここでゆっくりしていろ」
ジョルジュは〈片目〉の言葉に従って横になったが、横になりながらも山道の砦での戦いについて報告をした。
「〈竜殺し〉の魔術は凄まじく、歩兵に大きな被害が出たので〈騎操兵〉以外は退がらせ、〈竜殺し〉には〈騎操兵〉三機で挑みました」
「なるほどな……。良い判断だ。では、〈竜殺し〉も部下の兵を逃す為に、一人でお前達を迎え撃ったと言う事か?」
〈片目〉の言葉に、ジョルジュは頷いた。
「そうです。その戦いでクロードとエミールは〈竜殺し〉に討たれ、私も深手を負いましたが、奴にも致命傷をあたえました。それで、最後を悟った〈竜殺し〉は山道の砦に籠もり、自爆したのです……」
ジョルジュはそう言うと、しばし宙を見つめて言葉を止めた。今己が口に出した光景が、頭の何処にも浮かばない事に混乱したのだ。その混乱を察した〈シグマ〉は、戦いの後にジョルジュに施した記憶操作を確かめるべく、ジョルジュにもう一度問いかけた。
(お前、〈竜殺し〉の最後の光景も憶えているのか?)
ジョルジュは〈シグマ〉の問いに、自分の記憶を遡る様にして答えた。
(そう……だな……。〈竜殺し〉が砦に籠もって自爆したのは覚えているのだが……)
(だが?)
(だが、その光景が頭に浮かばなくてな……)
(爆発の威力が大きくて、一時的に記憶が混乱しているのだろう。しかし、〈竜殺し〉の最後をそこまで憶えているのなら、大丈夫だ)
ジョルジュは混乱する記憶の事を〈シグマ〉の言葉によって納得すると、安堵感からか小さく溜息をついた。その溜息をジョルジュの報告の終わりと受け取ったのか、〈片目〉が口を開いた。
「そうか……」
「申し訳ありません。多くの部下を失い、その上むざむざ敵兵力を山頂に逃がしてしまいました……」
敵の砦を落としたとはいえ、部下を失い、本隊の行動遅延と敵兵力の退却を許してしまった事に、ジョルジュは無念であった。
「気にするな。あの〈竜殺し〉を倒しただけでも大したものだ。お前はこれ以上俺に心配をかけるな、良いな!」
〈片目〉の言葉に、ジョルジュは黙って頷いた。
「よし! では俺は今の事をランヌ将軍に報告した後、先行して山頂に向かう。敵にはもう手強い使い手はいないだろうがな」
〈片目〉はそう言って笑いながら、幕舎を出ていった。
(ジョルジュよ、記憶はしっかりしている様だな)
〈シグマ〉の言葉に、ジョルジュは先ほどよりしっかりとした思念で答えた。
(ああ。今は頭の中もすっきりしている。正直、体中が粉々になった様な激痛がするが、それと同時に力が沸き上がってくる様なんだ)
(二、三日もすれば痛みもなくなる。今は安静にしてゆっくり休め……)
(ああ、分かった。だが、お前が〈賢者の石〉と言うのはわかったが、なぜおとぎ話の〈賢者の石〉が俺に……)
〈シグマ〉はいつになく優しい口調でジョルジュに答えた。
(それはあとでゆっくり話してやる。いまは休め。ゆっくりと眠るんだ)
(あぁ、そうだ……な……)
〈シグマ〉の思念波により、ジョルジュはゆっくりと深い眠りに落ちていった。
幕舎の外では、山道砦の残骸を片づけ終えた近衛本隊が、大急ぎで出立の準備を始めだした。最後に残った山頂の城館を落とすべく動き出したのであろう。
兵士に指示を出す各部隊長の怒号に、幕舎や魔導兵器を片付け出立の準備する音、大勢の人間の動き回るけ足音やけたたましい喧噪。
それら雑多な騒音にも、ジョルジュの眠りが妨げられる事はなかった。
戦士が次に目覚める時は、この戦いが終わり、王都に帰還した時だろう……。
これにて四章後編はお終いです!
読んで下さり、誠にありがとうございます!!
このあとは、五章前編がスタートします^-^
五章前編は、一章後編で刀鍛冶と戦った片目の前半生を描いたお話です。
3月2日より出張の為、2週間ほど連載をお休みいたします。
五章スタートは、3月15日の予定ですので、宜しくお願いします!!