竜殺し
【竜殺し】
(エドワード! まだ相手は息絶えておらぬぞ!)
〈シータ〉の言葉に、〈竜殺し〉は言葉を荒げた。
(死んだふりで不意打ちとはなっ! 馬鹿がっ!)
〈竜殺し〉が戦場で油断する筈もなく、襲い掛かって来た片腕の〈騎操兵〉を、右腕を振り降ろしてその爪の一撃で打ち砕いた。
その時、凄まじい殺気が、いや、恐怖そのものともいえる何かが、〈竜殺し〉の全身を包み込んだ。
(後ろかっ!)
〈竜殺し〉はその殺気を、恐怖の源を、後方から迫る大剣と感じて振り返ると、右腕に掴んだままの〈騎操兵〉の残骸を盾にして受け止めた。大剣は〈竜殺し〉の鱗を数枚ほど砕き、浅い傷を負わせただけであった。
(これが奴の、最後の命を賭した渾身の一撃か……)
だが、それは〈竜殺し〉の読み間違いであった。ジョルジュが発する強烈な殺気に充てられ、真に恐るべき一撃を読み間違えたのだ。
竜族の鋭敏な感覚でそれに気づいた時には、もう間境を越え、致命的な一撃をその背に受ける所であった。〈騎操兵〉の乗り手が命を掛けて放った剣が、後背に迫っていたのだ。
(エドワードよ、お主の負けだな……)
(ああ、人間にこの俺が、竜身になったこの俺が負けるとはな……。大した戦士だよ)
負けを認めた〈竜殺し〉に、〈シータ〉は言葉を続けた。
(では、真の力を解き放つぞ……)
〈シータ〉のその言葉と同時に、〈竜殺し〉の中からこの世の摂理さえもねじ曲げそうな程の力が、強大な力が放たれた。封じていた竜族としての、〈竜殺し〉の真の力が解放されたのだ。
〈竜殺し〉の全身が黄金色に輝き、背から迫る剣を粉々に打ち砕いた。強大で強力な純粋な力の前では、精神障壁も、精神干渉力も関係がなかった。
真の力を解き放ち、黄金色に輝く〈竜殺し〉の足下に、老人の様に消耗し衰弱した〈騎操兵〉の乗り手が横たわっていた。
(エドワードよ、その戦士を、どこか安全な所に運んでやれ)
(ああ……)
〈竜殺し〉が〈シータ〉の言葉に従い、ひざまずいて〈騎操兵〉の乗り手に手を差し伸べようとした時、〈竜殺し〉の頭の中に何者かの声が響いた。
(〈竜殺し〉。俺だ、〈シグマ〉だ)
(〈シグマ〉殿!? あなたがなぜここに!?)
その思念波は、確かに聞き覚えのある〈賢者の石〉、〈シグマ〉の思念波であった。
(お前が戦った〈騎操兵〉に乗っていた男が、今の俺の融合者なんだ)
〈竜殺し〉と〈シータ〉は、〈シグマ〉の言葉に、今までの戦い全てに納得がいった。
(〈シグマ〉よ、お主が融合していたのか。かなりの精神能力者とは思っていたが、お主が融合していたのならば納得だ)
(最後の策も、〈シグマ〉殿の策でしたか……)
〈シグマ〉は〈竜殺し〉の言葉に、正直に答えた。
(〈騎操兵〉を遠隔操作してお前の不意を突く様に言ったのは俺だが、最後の策を考えたのは奴だ)
〈シグマ〉の言葉に、〈竜殺し〉は頷いた。
(この男の名はジョルジュと言う。縁あって融合者となったのだ。お前との戦いの中でな)
(融合したのは先ほどと言う事ですか!?)
〈竜殺し〉の驚きの言葉に返事をせず、〈シグマ〉は切り出した。
(俺と融合したと言う事は、広く見ればこいつはイディオタの弟子、言うなればお主の弟弟子と言う事になる……だから)
(いや、〈シグマ〉殿、その先は言わずとも結構です)
〈竜殺し〉は〈シグマ〉の言葉を遮り、詫びる様に言葉を続けた。
(私はこの力を解き放たないと誓いを立てていました。それを我が命惜しさに誓いを破り解き放ったのです。私は負けたのです……。敗者が勝者の命を取るなどという事はありえません……)
(そうか……。お前がそう言ってくれるなら、今は借りておこう……)
〈シータ〉も〈シグマ〉に言葉を掛けた。
(〈シグマ〉よ、すまぬがその若者を頼む。我らはこれよりイディオタ様の捜索に出向かねばならぬのだ。エドワード、彼に血を……)
〈シータ〉の言葉に〈竜殺し〉は頷くと、先ほどジョルジュが放った大剣によってできた左肩の傷口から数滴、流れる血を指に取るとジョルジュの口に含ませた。
(〈シグマ〉殿、これで彼は大丈夫でしょう)
ジョルジュの口に〈竜殺し〉の血が流れ込み、それがジョルジュの喉を通って体内に入った瞬間、ジョルジュの体内から強烈な生命力が沸き起こった。痩せ衰えた肉体は艶を取り戻し、真っ白になっていた頭髪も元の色を取り戻していた。
(竜の血か。すまぬな)
(いえ、兄が弟を救っただけです。〈シータ〉、兵達は山頂に着いたか?)
〈竜殺し〉の問いに、〈シータ〉が答えた。
(まだ到着はしておらぬが、もう間もなく着く。時間稼ぎはもう良いだろう)
(わかった。〈シグマ〉殿、我らはこれで行きますが、私の姿の記憶のみ、ジョルジュの記憶から消させていただいてよろしいでしょうか……?)
(ああ、竜族の事は消した方が良いだろうな。精神能力も今のジョルジュには消耗が激しすぎるし、お前の姿と能力の記憶は俺がを消しておこう)
〈シグマ〉の言葉に〈竜殺し〉は頭を下げた。そして、背中の翼を大きく開くと、それを羽ばたかせて突風を巻き起こしながらその巨体を飛び上がらせた。
飛び上がった〈竜殺し〉は、山道の砦の上空で止まると、指先に幾つもの稲妻を寄り合わた巨大な雷の槍の様なものを創りだし、それを山道の砦に向かって放った。
巨大な雷の槍は山道の砦の中心に突き刺さると、周囲に幾本もの光の衝撃を走らせて大爆発を起こした。山道の砦は粉々に吹き飛び、山頂への道を塞いだ。
(これで王国軍が山頂に向かうのを、少しは遅らせる事ができるだろう)
(ではエドワードよ。行くか)
(ああ……)
〈竜殺し〉は〈シータ〉にそう答えながら頷き、空高く舞い上がりその姿を消した。
遂に竜殺しとジョルジュの戦いは決着しました!
四章後編、もうちょっとだけ続きます^^