竜殺し
【竜殺し】
〈竜殺し〉は〈シータ〉の疑問に落ち着き払った様子で答えた。
(どうやらあの〈騎操兵〉を操る者は、精神能力者の様だ……)
(精神能力者!? なるほどな。では先ほどお主の鱗を撃ち抜いたのも、精神能力による精神干渉か?)
〈竜殺し〉は頷き、指先で岩石球に新たなた魔力を送り込みながら答えた。
(そうだ。俺の精神に干渉し、奴が放った魔力の塊を我が身に受けた時に鱗を撃ち抜かれる感覚を刷り込まれた。その前の宙空で溶岩の柱を避けた時も、恐らく精神念動力で〈騎操兵〉を動かしたのだろう。それに、先程の遠距離型の〈騎操兵〉との戦いの時にも避けたはずの魔力の塊の軌道が変化したが、恐らくそれも奴の能力だろうな)
〈竜殺し〉が〈シータ〉に答え終わらぬうちに、岩石球は新たな魔力により変化し始めていた。
岩石球は黒く変色し、やがては闇よりも深い黒色になった。さらにはその形も変化し始め、最終的には長く延びて先端が尖った形状へと変化した。
それを見た〈シータ〉が〈竜殺し〉に尋ねた。
(黒鋼の牙で、あの〈騎操兵〉の装甲を貫けるか?)
(無理ではなかろうが、あの〈騎操兵〉の乗り手が相手では難しかろうな……)
(あまり遊んでいる時間はないぞ)
(分かっている)
〈竜殺し〉が〈シータ〉にそう答えると、黒色の槍の様な物は周囲に魔力を帯び始め、不気味な唸りをあげ始めた。
(なるほど、黒曜の爪か。それならば〈騎操兵〉の装甲など、薄紙の様に貫くだろうて)
〈竜殺し〉の造りだした黒曜の爪は、不気味な唸りと共に、宙を飛び走り〈騎操兵〉に襲い掛かった。
黒曜の爪を受けた〈騎操兵〉の剣は枯れ枝の様に簡単に砕け折れ、その勢いのまま〈騎操兵〉の装甲を削り抉ったが、今一歩の所で〈騎操兵〉は機体を捻って黒曜の爪をかわした。
(〈シータ〉、配下の兵達はまだ山頂に着かぬか?)
(ああ、まだ山道を上っておるわ)
(そうか……。いましばし遊ぶか……)
そう言った〈竜殺し〉に、〈シータ〉が感心した様に答えた。
(なるほどな。何を遊んでおるのかと思えば、配下の者達を案じて力を制御しておるのか。お主も変わったのう)
(イディオタ様の事もあるからな。それに俺はこの山が好きでな。できれば壊したくないのだ)
〈竜殺し〉と〈シータ〉が話している間に、〈騎操兵〉の動きに変化が起きはじめた。
〈竜殺し〉の放った黒曜の爪に追われ逃げ惑うだけだった〈騎操兵〉が、魔力の振動によって全てを砕き貫く黒曜の爪を砕きながら、反撃に転じたのだ。
(あの振動する黒曜の爪を叩き折るとは、一体どうやって……!?)
〈騎操兵〉の動きに驚く〈シータ〉に、〈竜殺し〉は説明した。
(死線があの〈騎操兵〉の乗り手の精神能力を向上させたのだろう。だが、同じ手は通じん。如何に強力な精神干渉力であろうと、正面からであれば私の精神障壁を破れはしまい)
(であろうな……。だが、あの〈騎操兵〉の乗り手は中々の使い手の様だ。あの〈魔導筒〉を封じられたからといって諦めはしまい)
(俺もそう思う。というか、そうあって欲しいものだがな。はははは)
(なればあの乗り手はどうでる?)
〈シータ〉の問いに、〈竜殺し〉は簡潔に答えた。
(正面からの不利を悟り、恐らく距離を取って何か仕掛けてくるであろうな……)
(その策にわざと乗ろうと言うのか?)
(止める気か?)
(いや、その姿になったからには、何があろうとお主を打ち倒す者がおるとは思えん。それに、止めても聞かぬであろうしな……)
〈竜殺し〉は笑みを浮かべながら言った。
(わかっているじゃないか)
(イディオタ様が居らねば、お主は〈銀の槍〉にそっくりだな。いや、〈銀の槍〉が兄貴分のお主に似たのだろうな……。やれやれ……)
(俺をあの無鉄砲と一緒にするなよ!)
〈シータ〉は〈竜殺し〉の抗議を無視して警告を発した。
(ほれ、きたぞ!)
〈シータ〉の言葉に、〈竜殺し〉は集中力を高めると強力な精神障壁を己の心に張り巡らせた。
黒曜の爪を全て叩き折り、周囲に展開する岩石球をも潜り抜けた〈騎操兵〉が、至近から〈魔導筒〉を撃ち放った。〈魔導筒〉から放たれた魔力の塊が〈竜殺し〉に襲い掛かったが、全ての魔力の塊は七色に光る鱗に弾かれて消えた。
(挫けぬか……。汝を、戦士と認めようぞ! だが、正面からとはな……)
(お主の読みは外れたな。この乗り手は余程の馬鹿者か、それとも勇者か……。いや、馬鹿だな)
〈魔導筒〉が効かぬと悟った〈騎操兵〉は、〈魔導筒〉を双剣に持ち代えると、果敢にも更に突進して近接戦闘を挑んできた。
何物をも打ち砕く竜の爪や長大な尾の一撃をまともに受けては、〈騎操兵〉といえどひとたまりもなかった。
故に、〈竜殺し〉に果敢にも挑んできた〈騎操兵〉は、体躯の小ささと運動性能を生かし、〈竜殺し〉の攻撃を避け、かわし、剣で受け流して耐えた。そして、その暴風の様な〈竜殺し〉の猛撃を潜り抜けながら魔力を注ぎ込んだ剣の一撃を繰り出してきた。
だが、如何に優れた乗り手に操られた〈騎操兵〉といえど、その剣が〈竜殺し〉に触れる事はなかった。触れたところで、〈竜殺し〉の鱗に傷一つつける事は叶わなかったであろうが。
(馬鹿だがなかなかやるな……。この乗り手の力か、それともレオナールの開発した〈騎操兵〉が優れているのか……)
(その両方だろうよ)
〈シータ〉の問いに答える〈竜殺し〉は、楽しげであった。
(〈竜殺し〉よ、楽しそうで結構だが、岩石球を動かせばもう終わっているだろうに。それに、魔術も竜の息吹も使わぬのはなぜだ?)
(久々に戦士と闘っているからに決まっているだろうが! それに配下の兵達が山頂に着くまではここを離れるわけにはいかぬゆえな。それまで無為に過ごすのも侘びしかろう)
〈竜殺し〉の言葉に、〈シータ〉はしばし沈黙した後、ため息混じりに呟いた。
(やれやれ……。好きにせい)
〈シータ〉と話しながらも、〈竜殺し〉の動きは激しさを増していき、遂には〈騎操兵〉の動きを捉えた。
(これで終わりか……。つまらん)
〈竜殺し〉の強烈な尾の一撃を受け流し損ねた〈騎操兵〉の隙をついて、〈竜殺し〉は右腕を〈騎操兵〉に向かって薙ぎ払った。
〈竜殺し〉が〈騎操兵〉を捉え砕いたと思った瞬間、〈騎操兵〉は驚異的な瞬発力でその機体を捻りながら後方に僅かだが逃れた。そして、左腕を真っ直ぐに伸ばして〈竜殺し〉の薙ぎ払った右腕を受けると、左腕を粉々に破壊されながらもその衝撃を利用して後方に投げ飛ばされる様に逃げ飛んだ。
(ほう……)
感心した様に呟いた〈竜殺し〉に、〈シータ〉の怒号が飛んだ。
(感心しとる場合か! 如何に暇つぶしだとて、竜身になって良いようにあしらわれては竜族の沽券に関わる。さっさと終わらせろ!)
〈竜殺し〉が〈シータ〉の言葉に頷いて今一歩踏み込もうとした時、それよりも一瞬早く、〈騎操兵〉が後方に逃げ飛びながら人の頭程の大きさの瓶の様な物を撒き散らした。その撒き散らされた瓶の様な物は一斉に爆発し、〈竜殺し〉の周囲の大地を割り砕いて盛大な土煙を巻き上がらせた。
(正面からではどうしようもないと、やっと気がついた様だな)
(お主の言っていた策とやらを仕掛けてくる気か)
(ああ、楽しみだ)
〈竜殺し〉の心は、久々の戦士との闘いに高揚していた。
戦士とは戦う者を言うのではない。戦うだけならば何者にでも出来るであろう。
戦士とは、敵に立ち向かい戦う不屈の意志と、その敵を打ち倒す強大な力を兼ね備える者を言うのだ。そして、それら意志と力を共に有する者の希少さとその価値を、〈竜殺し〉は知っていた。
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