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戦士の宴  作者: 高橋 連
一章 前編 「殺刃の剣士」
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レンヤ

【レンヤ】


「レンヤ……」

 レンヤは枕元で己を呼ぶ兄の声で起きた。

(兄上……?)

「すまぬ、レンヤ。もうここには居られぬ仕儀と相成った。このままではお主にも追っ手が掛かろう。急ぎ支度をし、この屋敷から出るのだ」

(屋敷を出る?)

 レンヤは兄の言葉の意味が分からず、トウヤに問いただそうと跳ね起きると、トウヤの様相が尋常ならざる事に気がついた。

「兄上! そのお姿は一体!?」

 トウヤの全身は血塗れになっており、衣服にも明らかに刀剣の類で斬り裂かれた切れ目が全身に及んでいた。しかも、右手には血に濡れた刀を携えていた。

だが、兄の表情はいたって平静であり、衣服は切られていたがその身には一寸の傷も負っている様子は無かった。返り血は恐らく相手の物なのであろう。レンヤはそう判断すると、すこし落ち着きを取り戻した。

「兄上、屋敷を出るとは一体……」

「レンヤよ、時間が無いのだ。お主はこの兄を信じられるか?」

 トウヤはレンヤの言葉を遮ると、穏やかな表情ながらも強い眼差しでレンヤを見つめてそう言った。

(兄上……)

 レンヤとトウヤの結びつきは確かめなくともお互いに揺らぐようなものではなかった。それを兄が口に出して確かめるとは、只事ならざる事態なのであろうと察したレンヤは、トウヤの瞳を真っ直ぐに見つめ返して答えた。

「当たり前です。何時如何なる事が起ころうと、例え兄上にこの首を落とされようと、私は兄上を何処までも信じます!」

 その言葉を聞いたトウヤは、滅多に見せぬ笑顔をその顔に一瞬浮かべると、すぐに何時もの平静な表情へと戻って話し始めた。

「時間が無い、よく聞け。ムニサイ様は乱心された為、この兄が斬った。だが乱心を証拠立てる物は何も無い。恐らく朝になってムニサイ様の死が知られれば、私がムニサイ様殺しの罪人として追われる事になろう。そうなれば、お主も追われる身となる。追手は私が引き付ける故、お主は南に向かい、船で大陸に渡れ」

 兄の言葉を聞いたレンヤは、ムニサイ乱心もムニサイの死についても一切問い返さなかった。ただ一つだけ、兄の事だけを問い返した。

「兄上、兄上はどうされるのですか?」

「私は北に逃げて追手を引き付け、お主が大陸に渡る時間を稼ぐ。その後、私も北から大陸に渡るつもりだ。生きておれば必ずまた逢う事も叶おう。大陸に渡った後は西を目指せ。そうすれば追手もそこまでは来るまい。良いな?」

「はい!」

「私はこのまま屋敷を出て、お主の船の手配を済ませた後、追手が見付けられる様に目印を残しながらそのまま北に向かう。お前は急いで用意を整え、都の西にある南津の港を目指せ。そこで私の手配した船に乗って南に下り、そのまま大陸をに渡るのだ。目印に赤い旗をぶら下げさせておく。暫しの別れだ……」

 トウヤは、レンヤの頭をまるで幼子の頭を撫でるかの如く一撫でし、レンヤに今後の指図を終えると立ち上がった。

「兄上……御武運を!」

 トウヤは無言で頷くと、そのまま足早に部屋を出て行った。

兄が出て行った後、レンヤは兄に言われた通り、己の身辺の荷造りを始めた。そして、手荷物を纏めて己も屋敷を出ようとしたその時、背後に気配を感じて振り返った。

「ムニサイ様!」

 背後には、全身の刀傷からの出血で血塗れのムニサイが揺らめく様に立っていた。左手には先端から中程に行くまでの所で折れた刀を握り、右腕は肘先から切断されて切り株となっていた。その傷口からもおびただしい血が流れ落ちていた。

「ムニサイ様、大丈夫ですか!?」

 レンヤは死んだと聞かされていたムニサイが生きており、しかも満身創意で立ち尽くしている姿を見ると、思わずムニサイに駆け寄った。しかし、ムニサイの間合いに入った瞬間、兄の言葉が脳裏に蘇った。いや、蘇ったというよりも、蘇えさせられた。ムニサイの狂気に満ちたその双眸の怪しい光によって……。

(しまった!)

 レンヤがムニサイとの間境を越えた刹那、満身創意で立っている事さえやっとに見えたムニサイの体が、恐るべき速度で動き、左腕の折れた刀を頭上より振り下ろしてきた。その刀はレンヤが腰に差した刀を抜くよりも速く、レンヤの頭部を打ち砕かんと迫った。


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