ジョルジュ
【ジョルジュ】
ジョルジュの心の中を焦りが渦巻いていた。
己と同じく氷の巨人を相手にしているクロードはまだしも、あの〈竜殺し〉を一人で迎え撃っているエミールが気がかりでならなかったのだった。
先程様子を伺った際に、ジョルジュの機転で落ち着きを取り戻した様ではあったが、如何せん、エミールは実戦経験もいまだ浅い新兵であり、〈騎操兵〉という鎧を纏ってはいても〈竜殺し〉が相手では荷が勝ち過ぎていた。
ジョルジュは立ちはだかる氷の巨人に強烈な一撃を入れて数歩後退させた隙に、後方で〈竜殺し〉を相手にしているエミールに視線を転じた。
その時、ジョルジュの目に映った光景は、新兵のエミールが歴戦の強者の〈竜殺し〉相手に一歩も引かず、〈竜殺し〉がエミールの張り巡らせた罠に掛かり、護る物の無い無防備なその身を晒しながら、強力な魔導の術を発動させ様としているところであった。
そして、油断する〈竜殺し〉を狙って、エミールの〈騎操兵〉の体の各所に仕込まれた小型の〈魔導筒〉が起動し、幾つもの魔力の塊を〈竜殺し〉に向かって至近から狙い放った。
しかし、その不意を突いた至近の射撃さえも、〈竜殺し〉は紙一重で悉くかわしていった。己を餌とした罠が獣に踏み破られれば、後は餌であるその身を噛み砕かれるしかない。それは即ち、部下であるエミールの死を意味した。
ジョルジュは悲痛の思いで祈り叫んでいた。
(当たれ! 当たれ! 当たれ! 当たれ! 当たれ! 当たれ!)
その祈りを打ち破るかの様に、体勢を立て直した氷の巨人の轟々たる一撃が襲い掛かってきた。
(しまった!)
エミールの苦戦に気を取られていたジョルジュはその隙を完全に突かれ、氷の巨人の一撃を辛うじて手に持った剣で受け止める事しかできなかった。今度は、ジョルジュの〈騎操兵〉の体勢が大きく崩れた。
ジョルジュは身構えた。恐らくこの機に、氷の巨人の連撃が更に襲い来るであろと予想したのだ。しかし、予想した連撃は無く、ジョルジュは〈騎操兵〉の体勢を立て直す事が出来た。
(一体どうした……?)
訝しげにジョルジュは氷の巨人を注視すると、その動きが明らかに鈍くなっていた。更には、〈魔導筒〉を弾くほど輝いていた体の表面に亀裂ができ、溶けかけているのか水滴も滴っていた。
(溶けているのか!)
ジョルジュは氷の巨人の異変による隙を見逃さず、〈騎操兵〉の眼を通して関知した中心極を狙って〈魔導筒〉から魔力の塊を発射した。
中心極を破壊された氷の巨人は、砕け溶ける様に崩れていった。
(クロードとエミールは無事か!?)
氷の巨人を倒したジョルジュが二人の部下の安否を確認しようとした時、左後方で何かが砕ける音が響いた。
(クロードの方も片づけたか。エミールは……)
ジョルジュがエミールを探し後方を見た時、胸部に黒い穴を穿たれたエミールの〈騎操兵〉が、ゆっくりと膝を折る様に崩れ落ちる姿を見つけた。
『エミール!!』
ジョルジュの声にエミールからの返答は無く、穿たれた穴が背中まで貫通しているのが見て取れた。そのエミールの〈騎操兵〉の足元には、〈竜殺し〉が血だるまになって転がっていた。
恐らく、己自身を餌に〈竜殺し〉を罠にかけ、〈竜殺し〉を仕留めると同時に、〈竜殺し〉の呪文によって搭乗部を貫かれたのだろう。
(エミール……、命を懸けて倒したのだな。見事だったぞ……)
『隊長、エミールは……』
クロードの〈騎操兵〉がジョルジュに歩み寄ってきた時、地面に倒れる〈竜殺し〉の体から異常な魔力と闘気が流れ出し、更には何か迸る巨大な力が溢れだした。
それらが結界の様に〈竜殺し〉の体の周囲を激しく回転しながら包み込み、その激流は大地を裂き砕いて巻き上げながら、大きく広がっていった。
その時、ジョルジュの頭の中で声が響いた。
(おい! ジョルジュ! 黙ってよく聞けよ。今から強制的に俺とお前の融合を試みる。お前は精神を集中し、己の自我を保つようにしろ。分かったな!?)
ジョルジュは頭の中に響く声に驚き混乱した。〈騎操兵〉の中にいるというのに、一体誰が……。
「お前は誰だ!? 融合とは何の事だ?」
頭に響く声の主は、かなり焦っている様だった。
(俺は〈シグマ〉だ! 早くしないと命がないぞ!)
「〈シグマ〉って? お前は〈騎操兵〉なのか!?」
(馬鹿、違う! 俺はお前の首にぶら下がっている〈賢者の石〉だ! 説明は後だ。〈竜殺し〉の本体が現れる前に融合を終えないと死ぬ事になる! 生きたいなら俺を信じろ!)
ジョルジュの頭の中に響いた声の主は、自分をジョルジュの首にぶら下がる〈騎操兵〉の制御石だと言う。本人は〈賢者の石〉と言っていたが。ジョルジュはその荒唐無稽な話を、声の主を信じる事にした。
それは、理由も何もなかった。ただ、その声を信じろと、全身が叫んでいる様な気がしたのだ。
「わかった! お前を信じよう。どうすればいい?」
声の主は機嫌良さげに答えた。
(物分りが良いな。やはりお前を選んでよかったぜ。よし、俺はこれからお前と精神的にも肉体的にも融合する。お前は力を掴め。だが忘れるな、己を見失うなよ!)
ジョルジュはその声に頷いて答えた。
「力を掴めば良いんだな。そして、己を見失わない。分かった!」
(よし、行くぞ! あ、それとな、俺と話すときは口に出さなくていいぞ。頭の中で思うだけで良いんだ、では行くぞ!)
〈シグマ〉がそう言うと、ジョルジュの意識は薄れ始め、気が付くと暗い小さな部屋におり、目の前には一人の男が立っていた。
「お前は誰だ? ここは一体……」
「俺はお前だ。そして、ここは俺の、お前の心の中だ」
ジョルジュは意識が混濁していった。
「お前は俺……? 一体どういう……」
目の前の男は、ジョルジュの問いに答えずに、ジョルジュに問い返した。
「お前は何を求めてやってきたのだ……」
ジョルジュの意識は、目の前のもう一人の自分と話す度に、混濁し薄れていく様な気がした。
「俺は……力を! そうだ、力を掴みにきたのだ」
目の前のもう一人の自分は、ジョルジュのその答えを聞くと、腕をまっすぐに伸ばしジョルジュの胸に掌をあてた。
ジョルジュの体に、目の前のもう一人の自分が放つ力が流れ込んできた。闘気、魔力、体力、精神力、それら全てが自分とは比べ物にならぬ程に圧倒的な力であった。
「どうだ。俺の力はお前の持つ力より強大であろう……」
「ああ……」
ジョルジュは薄れる意識の中で答えた。
「ならば、力を求めるのなら、俺がお前になれば良い事だろう? 俺はお前なのだから……」
(そうだ。もう一人の俺に力があるなら、俺は消えてこいつが俺になれば良いな……。そうすれば力を掴める……)
ジョルジュはそう考えると、頷いた。
「よし……。ならば俺の目を見ろ。そして、混濁し薄れる意識にその身を任せよ。さすれば俺がお前になる……」
ジョルジュは言われるまま、目の前のもう一人の自分の目を見つめた。そして、薄れる意識にその身を任せ様とした時、ある事に気が付いた。
目の前の自分の目に、力を使って何かを成し遂げる意志の光が感じられなかったのだ。
「お前は……その力を……、何に使う……、何を為す……?」
ジョルジュは、目の前の自分に問う度、意識が晴れていく気がした。
「力を……何に……、何を為すのか……」
ジョルジュに問われたもう一人の自分は、答えに戸惑っていた。ジョルジュは晴れる意識の中、さらに問い続けた。
「お前は誰だ。何を為す、何の為にその力を使う!」
「俺は……、私は……、力を、僕は……何に……」
目の前のもう一人の自分は、混乱し取り乱していた。そして、問いただすジョルジュに、最後の力を振り絞る様に、錯乱し己を見失った瞳を向けながら問い返した。
「では、お前は何を為すというのだ! お前は誰だ!!」
ジョルジュはその瞳を真っ直ぐに見返すと、意識ではなく、己の内側から湧き起こる魂の叫びに従った。その叫びを口から吐き出した。
「俺はその力を使って、この国を、この国の人々を護る! 笑って暮らせる世を創る!」
ジョルジュの意識は完全に覚醒し、薄れ消えかけているもう一人の自分に叫んだ。
「俺はジョルジュ! 俺の名はジョルジュだ!」
その言葉と同時に、目の前のもう一人の自分が消える様にジョルジュの中に吸い込まれていった。もう一人の自分を吸い込んだ瞬間、体中から力が沸き起こった。
(力が漲る! これが〈シグマ〉の言っていた力か!?)
頭の中に声が響いた。
(やったな! お前ならやれると思っていたぞ!)
それは〈シグマ〉の声だった。周囲を見ると、意識を失ってから時が止まっていたのか、意識を失う前と全く変わっていなかった。
(ジョルジュ、〈竜殺し〉の奴が真の力を現すぞ……。生き残れるかはお前次第だ……)
その時、巨大な竜巻の中で、〈竜殺し〉の体の影が膨らんでいく様に見えた。
(あれは!?)
(あれが奴の真の姿よ……)
それは巨大で異形な姿であった。その異形の姿の生物をジョルジュは見た事がなかったが、それでも、それが何かをジョルジュは知っていた。
(そ、そんな馬鹿な……)
ジョルジュの全身から、逃げろと言う悲鳴が溢れだしているかの様に汗が噴き出した。
そして、耳を振るわせる程大きくも、囁くほど静かにも聞こえる声が、頭の中に響く様に流れ込んできた。
ジョルジュも賢者の石と融合を果たしました!
ここからは、最強の力を覚醒させた竜殺しと、賢者の石の力を手にしたジョルジュの一騎打ちです!!!
今後とも宜しくお願いします^^