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戦士の宴  作者: 高橋 連
四章 後編 「シャンピニオン山の戦い 其之四」
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エミール

【エミール】


 エミール中兵は自分の目を疑った。

 いくら〈竜殺し〉の異名を誇る魔導師とはいえ、たった一人の人間が〈騎操兵〉三機を相手に互角以上に闘う光景を見せられているからだった。

 更には、三機での連携による必死の攻勢を掛けている自分達とは違い、相手にはまだ余力がある様にも感じられた。

(あいつは本当に人間か!?)

 相手の凄まじい戦いぶりに圧倒されて出来た、恐怖という名の心の小さな染みは、驚くべき速さで心全体に染み渡っていった。そして、エミールの体を徐々に飲み込もうとしていた。

 それから逃れようと必死にもがくエミールだったが、そんな努力をあざ笑うかの様に、恐怖は一気にエミールの体を飲み込んだ。

 〈竜殺し〉がジョルジュ隊長とクロード兵長の〈騎操兵〉を足止めし、一気に自分を狙って駆け飛んてきたのだ。 

 エミールは狙撃の才能を評価され、若年の新兵ながら近衛軍の精鋭である〈騎操兵〉部隊に抜擢された為、実戦の経験がほとんどなかった。

 そんなエミールに、先の大戦で幾多もの死線を潜り抜け、伝説に謳われる最強最大の生物である竜を殺した者という異名で呼ばれる〈竜殺し〉の殺気を、正面から受けとめて立ち向かうなどは所詮無理な話であった。

(く、来るな! 来るな!!)

 恐怖に飲み込まれたエミールは、正面から迫る〈竜殺し〉に向かって闇雲に〈魔導筒〉を連射したが、そんな射撃で仕留められる相手ではなかった。

 エミールの〈騎操兵〉が装備する中型や大型の〈魔導筒〉から放たれる高密度の魔力の塊を、路傍の小石でも避ける様にかわしながら、〈竜殺し〉はエミールの駆る〈騎操兵〉に迫った。

 その時、エミールの機体にジョルジュの〈魔導筒〉から放たれた魔力の塊が直撃した。〈竜殺し〉を狙ったものが外れたのかわからなかったが、エミールの視線はジョルジュに向けられた。その時にエミールはジョルジュの発する照明信号に気づいた。

『ザンダン カクニン セヨ』

(残弾を……確認せよ……?)

 エミールは言われたまま、〈騎操兵〉の魔力の残量を確認した。

(魔力残量は大丈夫だ……。これなら牽制射撃による予測地点への追い込みも可能か……)

 〈魔導筒〉の残弾を確認するという単純作業が、エミールを新兵から熟練の狩人の様な狙撃兵に引き戻した。

 エミールの〈騎操兵〉は、左腕が多連装の〈魔導筒〉になっており、右腕にはジョルジュの〈騎操兵〉が装備している中型の〈魔導筒〉と同じ物を持ち、両肩には大型の〈魔導筒〉を装備していた。剣や盾といった近接武器は一切なく、遠距離からの狙撃や後方からの援護射撃を目的とした火力支援仕様となっていた。

 エミールは右腕に持つ〈魔導筒〉で、〈竜殺し〉の周囲を防御している岩石の球体を牽制しつつ、左腕の〈魔導筒〉で〈竜殺し〉の移動地点を狙う事により、〈竜殺し〉の動きをある程度制御してその動きを予測しようとした。

 さらには、両肩の〈大型魔導筒〉が「射撃の精密度に欠ける大型の〈魔導筒〉」という認識を〈竜殺し〉に植え付けるべく、粗雑な射撃を行い、その射撃間隔もあえて時間をあけた。

(これで餌はまいた……。喰いつけよ……)

 冷静さを取り戻したエミールの正確な射撃により、〈竜殺し〉は気づかぬうちにその動きを制御されていた。その上、エミールが殊更に射撃間隔をあけて両肩の〈魔導筒〉を射撃する罠にも掛かった様であった。

 エミールが右腕の〈魔導筒〉で〈竜殺し〉の正面と右側を射撃し、左腕、両肩の〈魔導筒〉で岩石の球体の動きを止めた直後のみ、必ず斜め左に避けた。そして、両肩の〈魔導筒〉の装填が終わった時――正確には装填が終わったと思わせた時にはだが――には、新たな岩石の球体を造り出した。

(喰いついたか!?)

 エミールは〈竜殺し〉を仕留めるべく、あえてその接近を許した。餌を撒き、得物にその餌を喰らいつかせる為に……。

 強敵を前にした戦士は、敵の骨を絶つ為に己の肉を切らせる覚悟を持つと言うが、エミールにその覚悟があったわけではなかった。

本来ならば、歴戦の兵士でさえも、〈竜殺し〉の放つ殺気を正面から受け、更には迫りくる恐怖に耐えるなど出来はしなかった。

 エミールは機械仕掛けの人形の様に、己の為すべき眼前の作業をこなしただけであった。眼前の恐怖と死を匂わす行為を戦いではなく作業に置き換え、ただその単純作業を繰り返す事により、〈竜殺し〉を罠に嵌め、己の恐怖心を騙したのだ。

 〈竜殺し〉はエミールの射撃を悉くかわすと、エミールの〈騎操兵〉に至近まで迫った。そして、エミールが両肩の〈魔導筒〉から放った魔力の塊により、岩石の球体が粉々に砕かれた瞬間、両腕の肩、肘、甲に彫られた魔法陣を青く輝かせた。

 〈竜殺し〉の両腕の魔法陣の輝きに呼応して、砕け散った岩石の球体の破片がエミールの〈騎操兵〉の両腕に絡み付き、その動きを封じた。

(喰いついた!!)

 〈竜殺し〉はエミールの〈騎操兵〉の両腕の〈魔導筒〉を封じると、両肩の〈魔導筒〉の装填が終わる隙を突いて正面に飛び込んできた。しかし、その装填時間はエミールによって偽装されたもので、両肩の〈魔導筒〉はいつでも発射できる体制が整えられていた。

 周囲を防御していた岩石の球体が無くなり、無防備に両肩の〈魔導筒〉の目の前に飛び込んできた〈竜殺し〉を狙って、エミールの両肩の〈魔導筒〉が吠えた。

(砕け散れっ!)

 正面に飛び込んできた〈竜殺し〉を、両肩の〈魔導筒〉から放たれた高密度の魔力の塊が貫いた。大型の〈魔導筒〉の威力は凄まじく、体を貫くと言うよりは、〈竜殺し〉の体を打ち砕いて粉々の肉片と化さしめた。

 粉々に砕かれ千切れた〈竜殺し〉の体であった肉片は、地面に叩きつけられ散乱した。そして、砂となって崩れ消えた。

(そ、そんなっ!?)

 〈竜殺し〉の死体が砂となって崩れ消えると同時に、エミールの目に、右腕を蒼く輝かせて呪文を放とうとする〈竜殺し〉の姿が目に入った。

『化け物めっ!!』

 エミールの悲鳴の様な声が鳴り響く。

 その声が聞こえぬかの様に、静かに、ゆっくりと、宙を飛んで〈竜殺し〉はエミールの〈騎操兵〉に近づくと、蒼く輝く右腕を差し出し、エミールの〈騎操兵〉にその魔力が溢れ出す掌を狙い向けた。


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