竜殺し
【〈竜殺し〉】
全ての配下がユィンと共に山頂の城館を目指して砦を出立したのを見届けた〈竜殺し〉は、自室の椅子に腰掛け、しばし思案に耽っていた。その後、おもむろに〈竜殺し〉は融合する〈賢者の石〉の〈シータ〉に尋ねた。
(〈シータ〉、イディオタ様の気配が消えた地点を探せるか?)
〈竜殺し〉に聞かれた〈シータ〉は、しばしの沈黙の後、済まなさそうに答えた。
(済まぬ、無理の様だ……。今のお主と私では、この山全体の探索は広すぎるな)
(そうか……。どうするか……)
〈竜殺し〉がまた思案をし始めた時、砦正面の大門から何かがひしゃげる様な大きな音が響いた。
(来たか……)
〈竜殺し〉はゆっくりと椅子から腰を上げると、自室を出て大門へと向かって歩いた。
すると、またも大門から大きな音が響き、その後に巨大な何かが石壁に叩きつけられる様な轟音が砦中に響いた。だが、〈竜殺し〉の歩みは止まる様子も、ましてや速まる様子もなかった。
(大門が打ち破られた様だぞ。お主の弟弟子が創った魔導兵器は、イディオタ様が仰る通り大した威力の様だな)
(その様だな。レオナールも厄介な物を……)
やがて〈竜殺し〉が大門に辿り着くと、予想通り、大門の門扉は左右共に打ち破られていた。扉を無くして大口を開けた大門からは、王国軍の先行部隊が展開し、ゆっくりと砦に向かって前進している様子が見えた。
〈操兵〉の様な巨大な銀色に輝く人型が三体と、歩兵が数百名。歩兵は全員、銀色の筒の様な物を手に持っていた。
(あれがイディオタ様の仰っていた〈騎操兵〉だな。かなりの大きさだな。歩兵が手にしている筒の様な物が〈魔導筒〉か。〈竜殺し〉、正面から行くのか?)
〈竜殺し〉は大門をくぐると、全身の魔力を爆発させ、両腕に刺青として彫り込まれた魔導術式と魔法陣に注ぎ込んだ。
(当たり前だ! いくぞ!)
〈竜殺し〉の衣服の両袖が弾け破れて燃え上がり、露わになった両腕が蒼く輝いた。正確には両腕に彫り込まれた魔導術式や魔法陣の刺青が、魔力を注ぎ込まれて発動し、青い輝きを放っていた。
そして、〈竜殺し〉が両腕を、天を掴むかの様に突き上げて交差させると、砦に迫っていた王国軍の頭上に、大小無数の稲妻が雨の様に降り注いだ。この〈竜殺し〉の初撃で、敵歩兵部隊は半数近くが死傷している様子であった。
(最初から飛ばしすぎて大丈夫か? それにしても、稲妻の雨とは壮観だのう)
(心配するなら少しは手伝えよな……)
(お前、私がなぜ……)
〈竜殺し〉はため息をはきながら、宥める様に〈シータ〉の言葉を遮った。
(はいはい、分かっておりますよ。お前はいつも通り、俺が間違いを起こさぬ様に見物していてくださいな)
(分かれば良いのだ。おっ、王国軍の指揮官もなかなかやるな。壊滅的打撃を受けた歩兵を急ぎ後退させ、〈騎操兵〉は一気に距離を詰めてきたぞ)
〈騎操兵〉の胴体は羽を半ば折り畳みながらうずくまる水鳥の様な形をしており、頭部は無かった。胴体下部よりは二本の脚が生え、胴体上部よりはその脚より長い腕が生えていた。腕は脚部の膝に達する長さで、見た感じ関節が人間の腕より一つ多い様であった。その人と言うよりは猿の様な姿の〈騎操兵〉が三機、退却する歩兵を庇うように〈竜殺し〉に向かってきた。
〈竜殺し〉から見て右方向よりは剣を構えた大型の〈騎操兵〉、左方向よりは両肩に大きな〈魔導筒〉を装備した〈騎操兵〉、正面からは腰に剣を差し右手には〈魔導筒〉をもった中型の〈騎操兵〉三機が、銀色に輝く巨体を揺らしながら大地を駆け迫ってきた。
〈竜殺し〉は魔力を左腕に集中すると、右腕の人差指と中指で左腕に彫り込まれた幾つかの術式と魔法陣をなぞった。そして、左腕の掌を大地に置いて一気に魔力を爆発させた。
左腕のなぞった術式と魔法陣の刺青が輝き、最後に左腕の掌の甲に彫られた魔法陣が輝くと、〈竜殺し〉に迫る三機の〈騎操兵〉の足元の大地が隆起し、無数の岩の牙となって〈騎操兵〉に襲い掛かった。
(おい、岩の牙では〈騎操兵〉の装甲は貫けぬ様だぞ)
(レオナールの奴め、装甲に使用している金属にも、何か魔力で細工しているな……)
〈騎操兵〉に襲い掛かった無数の岩の牙は、〈騎操兵〉の装備する剣や〈魔導筒〉によって次々と撃ち砕かれた。それらをくぐり抜けた岩の牙も幾つかあったが、〈騎操兵〉の装甲の前に砕け散った。
だが、〈騎操兵〉が岩の牙を打ち砕いて〈竜殺し〉に迫る前に、〈竜殺し〉はその不意をついて飛翔術で高速移動していた。向かって右方向の剣と盾を構えた大型の〈騎操兵〉の後方に回り込むと、〈竜殺し〉は右腕に魔力を集中した。
その魔力に呼応して右腕の掌の魔法陣が蒼く輝くと、炎が現れ、瞬く間に槍の様な形を取った。その炎の槍は凄まじい熱を放射しながら、剣を構えた大型の〈騎操兵〉に向かって真っ直ぐに宙を飛んだ。
炎の槍が大型の〈騎操兵〉の背中を貫くと思った瞬間、大型の〈騎操兵〉は驚くべき速度で回転し振り返ると、左腕に持つ大きな盾で炎の槍を受け弾き、そのまま〈竜殺し〉に向かって駆けた。
正確には駆けるというより、跳んだと言う方が正しかったかもしれない。大型の〈騎操兵〉は今まで大地を揺らしながら駆けていた速度とは比べ物にならぬ瞬発力で、一気に〈竜殺し〉との距離を詰めてきた。
(〈竜殺し〉、くるぞ!!)
(わかっている!)
〈竜殺し〉は〈シータ〉にそう答えると、大型の〈騎操兵〉の大剣をかわしてその右後方に回り込むと、両腕の掌の魔法陣に魔力を送り込んだ。
(後方から二機くるぞ!)
(ちっ!)
〈シータ〉の声と同時に、後方より迫る二機の〈騎操兵〉の〈魔導筒〉より放たれた魔力の塊が〈竜殺し〉に襲い掛かった。
〈竜殺し〉は〈魔導筒〉より放たれた魔力の塊をかわすと、大型の〈騎操兵〉の脇腹に放とうとした炎の槍を、後方よりせまる二機の〈騎操兵〉に向かって放った。
二機の〈騎操兵〉は、大型の〈騎操兵〉同様、突如今までとは桁違いに速い動きで炎の槍をかわすと、さらに〈竜殺し〉との距離を詰めながら〈魔導筒〉より魔力の塊を放ってきた。
〈竜殺し〉の両肩の魔法陣と両腕の術式が蒼く輝き、〈竜殺し〉の周囲に魔術防御陣を張り巡らせた。しかし、両肩に〈魔導筒〉を載せた〈騎操兵〉の放った魔力の塊は、その防御陣を貫き〈竜殺し〉に迫った。
両肩に〈魔導筒〉を載せた〈騎操兵〉の放った巨大な魔力の塊を間一髪でかわしながら、大地を隆起させて岩の盾を造りだし、今度は中型の〈騎操兵〉の〈魔導筒〉より放たれた魔力の塊を防いだ。巨大な岩石で造られた盾は、表面を幾分か削られながらも、高濃度、高密度の魔力の塊を弾いた様だった。
(簡易防御陣じゃ貫かれるか……。あの両肩の〈魔導筒〉はかなりの出力の様だな)
(それより、あの〈騎操兵〉の動きはなんだ!? 飛翔術か?)
巨体に似合わぬ〈騎操兵〉の機動力に、〈シータ〉が驚きの声を上げた。
(脚に飛翔術と重力制御術を併用した新術式を仕込んでいるのだろう。さすがはイディオタ様が見込んだだけはある。レオナールの才能は素晴らしいな)
(感心しとる場合じゃないぞ! ほれ、またくるぞ!!)
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