竜殺し
【竜殺し】
イディオタに山道の砦の守備を任された〈竜殺し〉は、要所に兵を配置して守りを固めた後、兵達に三交代で休息を取らせていた。太陽はもうすぐ天頂に達し様としていたが、今だ山道の砦は静寂に包まれていた。
(〈シータ〉、イディオタ様の戻りが遅いと思わないか?)
夜明け前に、山頂の城館から降りてきたイディオタが単身で敵将を討ちに出かけてから、かなりの時間が経っていた。
自室に戻って休息していた〈竜殺し〉だったが、イディオタの帰りが遅い事が気がかりで、気を落ち着けて休んではいられなかった。
(お主は心配性だな。イディオタ様に敵う者がおるわけもなかろう)
〈竜殺し〉と融合している〈賢者の石〉の〈シータ〉は、〈竜殺し〉の懸念を杞憂だと笑いながら答えた。
(しかし、イディオタ様自らが単身で出向かれたのが気に掛かる。いくら新兵器の威力が凄かろうが、近衛軍の将を討ち取る程度の事でご自身が出向かれる事もあるまい。〈銀の槍〉の手に余るなら、俺に命じてくだされば済むものを……)
(自分の力を過信するなよ。そういう事だから、私がお主にくっついているのだぞ)
(分かっている。お前と何年一緒だと思っているのだ。だが、今の俺でも……)
〈シータ〉に溜息交じりに答える〈竜殺し〉の言葉を、扉を叩く音が中断させた。
「エドワード様、宜しいでしょうか?」
〈竜殺し〉は〈シータ〉との話を中断し、扉を叩いた配下の兵に返事をした。
「入れ」
配下の兵は〈竜殺し〉の部屋に入ると、来訪者が来たとの報告を始めたが、その言葉は歯切れが悪かった。
「エドワード様、城門におかしな奴が来ておりまして……。それで、その……、何といいますか……」
「かまわん。その者が口にした言葉を、そのまま伝えよ」
静かだが威厳溢れる〈竜殺し〉の言葉に、伝令としてやって来た兵は言葉を失った。しかし、〈竜殺し〉の鋭い視線に絶えかねたのか、意を決した様子で一呼吸した伝令兵は、その音が部屋に響くのでは無いかと思わせる程喉を動かして唾を飲み込んだ後、一気に息を吐く様に言葉を発した。
「城門に来た者が、竜を斃したと噂の〈竜殺し〉殿に弟弟子が参ったと伝えてくれ、と申しております!」
「竜殺し」と言う言葉を聞いた瞬間、〈竜殺し〉の体から研ぎ澄まされた刃物の様な殺気が溢れ出した。その気に当てられた伝令兵の体は凍り付いたように固まった。だが、それも一瞬の事だった。
〈竜殺し〉はすぐに何事も無かったかの様に気を落ち着かせると、来訪者について伝令兵にさらに訪ねた。
「その者は、自分の事を弟弟子、と言ったのだな?」
「はい。ですが異国の者の様で、年も若く身なりも乞食の様ですし、何より見た事も無い者でしたので追い払おうと思いましたが、念の為ご指示を仰ごうとご報告に参りました」
(異国の者か……。〈片目〉の配下の者かもしれぬぞ……)
(うむ。俺が直に確かめよう)
〈シータ〉の言葉通り、王国軍の手の者の可能性もある為、〈竜殺し〉は自ら出向いて来訪者に会う事にした。
城壁の上から来訪者を見た〈竜殺し〉は、すぐさま城門を開けて来訪者を自室に通すように配下に指示すると、足早に自室へと戻った。
(〈シータ〉、あれは〈オメガ〉の波動か!?)
(ああ、私もそう感じた……)
(なぜ〈オメガ〉の波動が、あの若造から……)
四章後編がスタートです!
宜しくお願いします^^