レオナール
【レオナール】
近衛からジョルジュが試作機搭乗者として着任してから数ヶ月、〈騎操兵〉の実験は順調に進んでいた。
搭乗者であり軍人であるジョルジュからは、研究者達が気づかない視点から試作〈騎操兵〉における装備について有意義な意見が数多く述べられ、〈騎操兵〉はより実戦向けに改良が加えられていった。
細かな点で言えば、搭乗者の座る座席の安定性を腰紐等によって向上させたり、拡声器による会話手段以外に、機密性を持った暗号での通信や夜間での行動の為に照明器を取り付けたりなどであった。
その為に、兵器開発局の局員達は試作機の実験終了後も、夜遅くまで実験情報に基づいて試作機の改良などに追われる忙しい日々が続いていた。
この日も、レオナールは試作機の実験終了後に、深夜に自室で〈騎操兵〉の駆動及び装備品についての研究を続けていた。
(レオナール殿、ジョルジュ殿を試作機の搭乗者に選んで大成功でしたな)
レオナールは疲れを微塵も見せる事なく、〈ガンマ〉の言葉に答えた。
(ああ、本当に彼は期待以上にやってくれているよ。ただ、〈騎操兵〉の機動力が思った程発揮されていないんだ。何度も駆動系や制御石を点検したが、異常も無いしな……)
答えの見つからない作業に追われ没頭するレオナールに、〈ガンマ〉が休むように言葉をかけた。
(確かに私から見ても機動力、特に手足の動きが重い様に見受けられますね……。しかしレオナール殿、あまり根を詰め過ぎて倒れては実験が滞りますぞ。動きの悪い点も、連日の激しい実験によってジョルジュ殿に疲労が溜まっているのが原因かも知れません。今日はもうお休みになってはどうですか……)
レオナールは〈ガンマ〉の言葉に素直に応じた。
(そうですね。今日はこれで休むとしましょう。明日、ジョルジュ殿にも疲労が溜まっているかを確認して、場合によっては少し休日を取るのも良いかもしれませんね)
(そうですとも)
レオナールは机の上の書類を簡単に片づけると、部屋の隅に置かれた粗末な寝台の上に横になり、直ぐに寝息を立て始めた。
翌朝、試作機実験の前に、レオナールはジョルジュを自室に呼んだ。
「ジョルジュ殿、朝早くにお呼びたてしてすいません」
ジョルジュは軍人らしく、レオナールの机の前で気を付けの姿勢のまま、大きな声で答えた。
「いえ、実験で何か不具合がありましたでしょうか?」
机の前に微動だにさせずに直立するジョルジュの様は、一見疲労など無い様に見えたが、よく観察すると表情や瞳の奥に蓄積した疲労が見受けられた。
〈騎操兵〉の操縦は、肉体的疲労もさる事ながら精神的疲労が大きかった。更に精神的疲労は肉体的疲労よりも回復しにくく、やがては肉体にも影響を与えるのであった。それらを考えると、ジョルジュは連日の激しい実験にも倒れる事なく、よくやっていると言えた。
(レオナール殿、思ったより疲労が蓄積しているようですな)
(そうですね。やはり実験をしばし休止して、休みをとりましょう。その方が効率も良いでしょう)
「ジョルジュ殿には疲労が溜まっている様なので、実験を数日間休止し、休日にしようかと思いまして」
ジョルジュの疲労を実験者として冷静に分析し、レオナールは効率の良い実験計画の為に、ジョルジュに休日を与える事にした。
しかし、当のジョルジュは不満の様子であった。
「私の操縦に何か不備がありましたか?」
(ジョルジュ殿は自分の手腕を疑われたと思ったようですな……。ここは正直に駆動系の話をした方が、彼も安心して休めると思います)
(そうですね)
レオナールは、〈ガンマ〉の意見に従い、駆動系の動きの重さを伝え、ジョルジュの技術的問題ではなく、疲労による物ではないかと判断した為だと説明した。
すると、ジョルジュから意外な言葉が返ってきた。
「やはりそうですか……。私も〈騎操兵〉を動かしている時に、手足の動きに重さを感じていました。しかし、それは疲労などではありません!」
レオナールはジョルジュの言葉に反応した。
(彼は今手足の動きと言いましたね?)
(はい、確かにそう仰いました)
(おかしいな……)
レオナールが首を捻る様子に、目の前のジョルジュも、融合している〈賢者の石〉の〈ガンマ〉も疑問を覚え、同時に問いただした。
(なにがおかしいのですか?)
「何かおかしな事を言いましたでしょうか?」
レオナールは、声に出して二人の問いに答えた。
「〈騎操兵〉の操縦全てに重さを感じるのなら分かるのです。疲労によって精神感応力が低下し、制御力が落ちているからです。しかし、手足の動きだけ重く感じるのであれば、疲労が原因ではありません。ですが、〈騎操兵〉の駆動系部品は全て点検し異常もありません。ですから、不思議だなと思いまして……」
レオナールの言葉に、ジョルジュがより詳しく説明した。
「〈騎操兵〉を操縦する時の感覚は前に説明しましたよね?」
レオナールはジョルジュが初めて〈騎操兵〉に搭乗した時の言葉を思い出していた。
「たしか、頭から意識が抜けた後に、別の意識が重なる様に入ってきて、同化する感じだと言っていましたね」
レオナールの言葉に、ジョルジュは頷いて答えた。
「その通りです。巨人の頭の中に入るというか、巨人の頭の中が自分に入るというか、頭で同化する感じなのです。ですから、手足を動かす時には、頭から手足に別に命令を送る感覚なのです。それが何か二重に意識の伝達が行われている感じがして、重く感じるのです」
ジョルジュの言葉に、レオナールは重大な事に気がついた様であった。
「分かりました。やはり実験は暫く休止とします。ジョルジュ殿はその間に疲労を回復させてください」
ジョルジュは、動きの重さを己のせいにされたと思ったのか、レオナールの言葉に喰ってかかる様に怒鳴った。
「ですから疲労が原因ではなく、〈騎操兵〉の操作がそういった物だと言っているではありませんか! 私の疲労のせいではありません!」
その言葉に、レオナールは笑って答えた。
「はははは。これはすいません、説明不足でした。手足の動きの重さの原因は分かりました。貴方のおかげです。それを今より改修する為、〈騎操兵〉は暫く動かせませんので実験を休止にすると言ったのです。ですから、ゆっくり休んで下さい。これは局長命令です」
ジョルジュは自分の技術と働きが認められたのと、局長命令と言う言葉をだされ、素直に従った。
「はっ! では実験休止の間、休養させていただきます!」
「はい。では今日はこれで結構ですので、退がって休んで下さい。一週間は掛かると思うので、数日間であれば外出も認めます」
レオナールの言葉に、ジョルジュは敬礼をして退室した。
(レオナール殿、動きの重さの原因とは何ですか? ジョルジュ殿に問題がなければ、やはり〈騎操兵〉の駆動系に問題があるのですか?)
レオナールは〈ガンマ〉の言葉に、複雑な表情で答えた。
(問題はやはり〈騎操兵〉にありました。しかし、駆動系ではなく、制御系にあったのです)
(制御石の能力が低いと言う事ですか?)
(いえ、制御石の能力の低さは、ジョルジュ殿程の才能があれば別ですが、一般兵を実戦で搭乗者にするとなれば、あれが限界です。問題は制御石の位置というか、制御方法だったのです)
(どう言う事ですか?)
レオナールは外で待機する部下に、〈騎操兵〉の研究員を全員集合させるように命じた。
(それは皆が集まったら説明しましょう。さあ、今から忙しくなりますよ!)
暫くして、〈騎操兵〉の研究員が全員レオナールの自室に集合した。
「皆さん、これより一時〈騎操兵〉の実験を休止し、制御系の大幅な改修を行います。まずは……」
レオナールより、各部門の研究員に細かに改修内容が説明され、研究員達は忙しく走り回り始めた。
新たな作業の用意をする何人かの研究員の会話が、レオナールに聞こえた。
「これでまた数日間は徹夜だな……」
「いつも通りの事じゃないか」
「たしかに……」
(改修完了後には、研究員にも休養を与える必要があるようですね)
レオナールの言葉に、〈ガンマ〉が笑って答えた。
(貴方が異常だとやっと気づかれた様ですね。良かった)
(…………)
十日後、〈騎操兵〉の実験が再開された。
「ジョルジュ殿、操縦方法は今までと変わりありません。ただ、操縦席の手摺と足置き、それと背中の部分に制御補助石を嵌め込みました。それにより同調時の感覚が変わってはいると思います。精神的疲労度も上昇しているかもしれませんので、異変があれば直ぐに知らせて下さい」
レオナールはジョルジュに〈騎操兵〉改修後の説明を簡単にすると、周囲の局員達にも実験開始の合図をした。
改修後の〈騎操兵〉の動きは見違えるように良くなっていた。特に手足の動きや各動作への移行が、自然な動きへと変わっていた。
レオナールは〈騎操兵〉と操縦者の意識が同調する様子をジョルジュから聞いた時、頭脳だけの同調であると言う事に気づき、両手足及び胴体を含む体全体での意識の同調をするべく、制御石から培養した制御補助石を製造し、それを操縦席の左右の手摺や足元の足置きと、胴体部となる操縦席の背中部分に嵌め込んだのだった。
これにより、操縦者の意識が〈騎操兵〉の体全体と同調し、己の手足の如く〈騎操兵〉を動かせる様になった。
更に実験の結果から分かった事だが、精神感応による制御を合計五つの制御補助石が補う事で、精神的疲労度も大幅に減少する事となった。
実験は大成功であった。
その後、更に近衛より数名の試験搭乗者が派遣され、〈騎操兵〉実験小隊が設立された。そして、その後各装備等の実験も完了し、遂に〈騎操兵〉は完成した。
読んで下さって有難うございます!!